第15話 特進科+狡賢さ=危険物



 ◇ ◇ 



 三つの背中が見えなくなるまで見送った都と橘は、それぞれおもむろにスマホを取り出し、画面をタップした。


「はい、終了〜」


 互いにスマホを見せあえば、どちらも細かな波形と時間と、三角の再生ボタンが表示された似たような画面になっていた。

 そう、それはどこからどう見ても録音アプリだ。

 二人はこの一部始終を音声データとして記録していたのだった。


「チョロいねぇ。あまりにもチョロい馬鹿共だこと」


「あいつら詰めが甘すぎだろ」


 しっかり録音できていることを確認してからデータを保存し、自宅のPCにも送っておく。

 玲からもメッセージが届いていたのでついでに『大丈夫』と返信もしておいた。


「あんな口約束だけで納得するのもどうかと思うが、もし最初から約束を反故にする気だったとしても甘いな」


「世の中怖い人がいっぱいなんだからもっと用心深く生きないと。あーあ、なんかあいつらの将来が心配になってきたわ」


 録音アプリを起動していたのは、万が一の時のための保険としてだ。


 今回はあっさりと監視カメラのある場所に誘導されてくれたが、毎回毎回こちらが一方的な被害者であることを証明できるものがあるとは限らない。

 だからこちらも打てる手は打っておくのだ。

 橘がいるから大丈夫という確信はあっても慢心はしない。


「私たちが優しい人間でよかったと泣いて感謝して欲しいものだね。もしも悪い人間だったら即刻教師に垂れ込んであらゆる手であいつらを悪者にしたかもしれないのに…」


「音声データを二重で保存してるやつを優しいとは言わないだろ」


「わざわざカメラに撮らせるために静観決め込んでたやつに言われたくないんですけどー」


 互いに大事な証拠データを懐に仕舞う。

 これを使うつもりは今のところない。ないが、もしも不良たちが今回の約束を反故にしようものなら、こちらとしてもこれを持ち出さざるを得ない。

 彼らがそこまで馬鹿でないことを祈るばかりだ。



 人の気配が一段と減った校舎を出た都と橘は並んで帰路につく。

 外はすっかり夜の気配に包まれていた。


「お前、詐欺師とかになれば?」


「なんで詐欺師で荒稼ぎしなきゃなんないんだよ。私はもっとホワイトな職種で荒稼ぎするって決めてるから」


「どっちみち荒稼ぎはすんのな」


「まあ王子(笑)に就職希望の橘からしたらどれもグレーゾーンの職種に見えるかもしれないけど」


「王子に就職希望ってなんだ。(笑)つければなんでもまかり通ると思うなよ」


「ていうかおい。ナチュラルに私を犯罪者にしようとすんな」


「何個前の会話してんだ」


 途中のコンビニで買ったアイスを齧りながら橘に肘鉄をお見舞いする。


 都が食べているのはバニラアイスをチョコレートでコーティングした某高級棒つきアイスだ。日々がっぽがっぽとポケットマネーを稼ぎ続けていても、こういうところにささやかな幸せを感じる。

 ちなみに橘はガリガリ食べるタイプの氷菓を齧っていた。わんぱく男児が描かれているアレだ。なかなかに挑発的な味を出してくるアレ。


「さすがに今回ばかりはあいつらに同情するな」


「……ん? ああ、あの馬鹿共のこと?」


「見事に自滅してて見てて笑えたけど。誰から見ても破格の条件、どちらにとっても平等にメリットのある話、だったか?」


「ふはっ、まさにその通りでしょうがよ」


 にんまり三日月を象る口元を隠すことなく都は笑う。

 橘も呆れた顔を装いつつもくいっと口角を上げた。


「平等にメリットのある話どころか、実際俺たちにしかメリットのない話だっただろ」


「そうとも言うね」


 少し考えればわかることだ。

 普通に、多少の主観的判断が混ざったとしても、あの場で、あれしきのことで、退学処分などあり得ない。


 向こうが先に手を出してきたとは言っても、実際に触れられたのだってたかだか胸ぐらを掴まれた時くらいだ。その程度で加害者を退学にしていては、今この学園に不良など生息していないだろう。

 彼らの日頃の行いなどを加味したとしてもせいぜい厳重注意くらいで済むはずだ。故に、今回の一部始終を教師に知られたところで彼らの負う痛みなど高が知れている。


「それなのに何を勘違いしちゃったのか……勝手に問題を深刻視してくれんだもん。嗤うほかないっての」


「監視カメラに撮られてるという事実と、お前が持ち出した『退学』の一言が効いたな。そもそも冷静さなんてものを持ち合わせているのかはさておき、まさかあそこまで自滅するとは」


「ほんと、どこまでも馬鹿な奴らだよ」


 言われるがまま、ありもしない処罰に慌てふためき、脅え、本来ならば飲む必要のない条件を飲んでしまった。

 そして理不尽であって然るべき約束事をこうして音声データとして残されてしまった。みすみす敵に弱みを差し出したも同然だ。

 百害あって一利なしなのはどうみても彼らの方なのだ。


「あいつらこの事実に気づくのかねぇ」


「気づいたら気づいたで面倒だろ。もう追いかけられんの嫌だぞ。鬱陶しい」


「それは同感」


 あの時、もう少し彼らの頭が回っていれば結果は変わっていたのだろうか。

 否、例え反論できていたとしても、都の、あるいは橘の、あの手この手の口八丁によって結局は理不尽で得のない約束事を取り付けられていたことだろう。


 彼らが相手にしているのはそんな無駄にずる賢く無駄に頭の回る特進科の生徒なのだ。

 そのことに気づかない限り、到底彼らに勝機はない。


「さて、これでどこまで不良共を抑え込めるのやら」


「問題はあいつらの影響力がどこまであるのかだが…」


「まあ、そもそもお馬鹿さんたちに大層な期待はしてないから? せいぜい過激派数人の抑制になればって感じね」


「また他の奴らが仕掛けてくるようならその時考えればいい。手はいくらでもあるからな」

 

「あ、そういえば武藤が新しい兵器を試作中だとかなんとか言ってたっけ」


「……絶対技術の活かしどころ間違ってんだろ。工業科の知識をどこで使ってんだよ」


「本人が楽しそうなんだからいいんじゃない? 問題ごとはなるべく穏便には済ませたいが……そうだな。性能には興味があるし、適当な外敵にでも試し撃ちさせてみるか」


 果たして都と橘が所属する部活はなんであったか。

 

 その部は学園内では決して広く知られているわけではなくとも、ごく一部の、血の気の多い生徒たちにとっては馴染みのある存在となっていた。

 ただ、その者たちが『天文部』を名乗っていることなど彼らの頭からはすっかり抜け落ちているのも確かであった。


 

 ◇ ◇ ◇ 



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