第14話 脅しているのか、脅されているのか



「さて、私が言いたいこと、わかるわよね?」


 制服の乱れを整えながら、挑発するように都は小首を傾げてみせる。


「私たちのこと、何も考えずに追ってきたのかしら?」


「え、は? …なんで、……」


「挟み込んだまでは良かったけれど、それ以上の思考は回っていなかったようね。残念だわ。周りを見てみなさいな」


「……ここ、もしかして…」


「……特進科棟…!」


「の、入り口ね。大正解」


 本校舎の方で始めた鬼ごっこのはずが、今いるのは特進科棟へ続く渡り廊下の入り口。

 もう少し歩けば警備員室もある。この時間ならば特進科棟を巡回中なのでそこにはいないだろうけれど。


「私たちを追いかけることに随分必死になっていたようね。知らなかったかしら? 他の学科と違って、特進科と芸能科の棟にはいくつもの監視カメラが設置されているのよ」


 本校舎の方にも各所に監視カメラはあるが、この二つの学科に関してはその量が違う。

 在籍しているのが令息令嬢や著名人が多いこともあってか、セキュリティという面では学園側も徹底しているのだった。


「残念ながらそこのカメラは常時作動中。無抵抗な私の胸ぐらを掴んで恐喝していたところもしっかり記録されていることでしょうね。不良同士の喧嘩ならばいざ知らず、私たちは特進科。そもそもあんたたちと喧嘩する気もないただの生徒。さて、この場合のあんたたちの処罰は? 訓告か停学か。はたまた退学処分なんてのもあるのかしらね?」


「……くそッ…!!」


「あらあら、その顔。日常的な喧嘩や一般人との鬼ごっこは平気でも、やっぱり退学は嫌なのかしら? それとも別の理由でもあって?」


 怒りや興奮に染まっていた彼らの顔から血の気が引いていく。


 不良は不良でも、やはり退学は避けたいようだ。

 彼らがどんな将来図を描いているのかは知らないし興味もないが、自らの履歴書は綺麗に仕上げておきたいのか。

 『退学なんてヘッチャラだぜへへへ』タイプの不良でなくて良かった。扱いやすい。


「おい、どうするよ…!」


「カメラに撮られちまったんだ! センコーにバレんのも時間の問題だ!!」


「クソッ、せっかく久宝さんへの手土産にしようと思ってたのになんでこんなっ……!」


「いっそのことアイツら沈めてカメラも壊しちまうか? データごと消せばバレねえだろ!」


「…で、でもよ、もし全部バレたらっ…」


「んなのやってみなきゃわかんねえだろ!」


 どうするどうするとない頭を必死に動かして、冷静さを欠いた彼らの思考はあらぬ方向へと飛躍していく。

 例えカメラを壊したとしても、そのデータは大元のコンピュータに記録されているのだから一切が無駄な行為だ。馬鹿でも少し考えればわかること。

 だがそんなことにも頭が回らない彼らはやはり馬鹿。憐れに思えてならない。

 

 このまま放置しておけば勝手に破滅の道に進んでくれそうだが、都もそこまで鬼ではない。

 一緒に鬼ごっこをした仲だ。落ちどころはすでに決めてある。


「さて、そこで提案よ。あんたたちの処罰がなくなる方法があるのだけれど…」


「………!!」


「………!!」


「………!!」


 話の途中でぐりんっとこちらに向けられた三つの視線。

 まるで縋るような、叱られそうな子供が助けを求めるような顔。


(……どうしようもない馬鹿共だな。そんな顔するくらいなら初めっからしなきゃいいのに。無様なその顔を写真に収めて晒してやろうかしら…)


 先ほどまでの威勢はどこへやら。

 すっかり大人しくなった三人に都は微笑んだ。


「いい? まず第一に、加害者はあんたたちで、被害者は私たち。その事実は絶対に変わらない。そこの認識は履き違えるんじゃないわよ。でもだからって、別に私たちも被害者ぶるつもりはないわ」


「……どういう意味だよ?」


「私たちは被害届も出さないし、誰かに言いふらすつもりもない。つまりはこの一件、無かったことにしてあげてもいいってこと」


 自分達はただ、放課後の校舎で鬼ごっこをしていただけ。

 ややハッスルしすぎて過激な発言も飛び出したが、あくまでも友人・・とのあそびの範疇。


 それが第三者から見た真相となる。


「……けどよ、もしセンコーにカメラの映像見られたらどうすんだよ……途中で人にも見られたんだぞ!?」


「そんなものはどうとでもなるわ。当事者たちが、しかも被害者側が知らぬ存ぜぬを貫くのだから、先生たちだってそれ以上事を荒立てるなんてことしないしさせない。どう?」


「………」


 やや考え込む不良たち。

 

 退学は嫌らしい彼らにとっては願ってもない展開だろう。

 ただ、被害者側からの提案というのが彼らの首肯に待ったをかける。


 散々追いかけ回された都と橘にとっては百害あって一理なしも同然。なのになぜそんな提案をするのか。

 うまい話には裏がある。それくらいは知っているらしい彼らに、やれやれ仕方ないと、納得しやすいよう条件を提示してあげる。


「私たちは聖人君子じゃないもの。もちろん条件はある。それさえ飲んでくれれば無かったことにしてあげる」


 ごくりと息を飲んで次ぐ言葉を待つ不良たち。

 その様子に満足げに笑みを溢した都は言葉を続ける。


「条件は今後一切の不干渉。私たち天文部に絡むな。付け回すな。近づくな。対象はお前たち三人とそのお仲間。溜まった鬱憤は不良同士で解消すればいい」


「…………」


「誰から見ても破格の条件。どちらにとっても平等にメリットのある話。乗らないなんて選択肢、ある?」


 元々友人でもなんでもなかったのだから、今後一切関わらないと誓うくらい簡単だ。

 たったそれだけでこの一件をなかったことにしてあげると言っているのだ。我ながら仏のように優しくて泣けてくる。


「気が長い方じゃないの。頷くなり首を振るなりしてもらえるかしら?」


 深く考える時間を与えず、返事を催促する。

 いくら時間を与えたところで彼らがどこまで考え及ぶかは知らないが、こちらとしても早々に話をつけたいのだ。なぜならお腹が空いたから。早く帰って虎之助をもふもふしたいから。


 

 不良たちはそれぞれ顔を見合わせて、それから嫌そうに、不服そうに、それでも渋々頷いた。


「……わかった、条件を飲むぜ。俺たちは今後お前らに絡まねえと約束する」


「俺たち”は”? ”お前ら”って誰のこと? やり直し」


「………俺たちと、よく連んでる仲間たちは、今後一切お前ら天文部に絡まねえと約束する」


「そう。あんたたちは?」


「…も、もちろん俺もっ!」


「約束する…!」


 さっきまで見下しまくっていた相手にいいように言わせられ、彼らは屈辱に震えながらも条件を飲んだ。


「よくできました。交渉成立ね」


 そうとくればこれ以上不良たちと話すことはない。


「そろそろ巡回も来るだろうし、今日はこれで解散ってことで。ああ、もしも約束を破った時は───わかってるよな?」


 不良たちの顔をそれぞれ見て、都はにっこりと唇に弧を描いた。

 口元くらいしか見えずとも彼らからしてみればさぞ悪魔のような笑みに見えたことだろう。三人は若干顔を青ざめながらも首振り人形のようにコクコクと勢いよく頷いた。


「わ、わかった、わかったから…!」


「お前らも約束破んなよっ」


「…じゃあな!」


 不良たちはそれぞれ捨て台詞を残して廊下の向こうへと走り去っていった。

 その後ろ姿にはすでに不良の迫力なんてものはなく、脱兎の如く敵から逃げ去る草食動物にしか見えなかった。


 これにて『ドキドキ☆不良どもとの放課後鬼ごっこ』終了。

 


 ◇ ◇ 


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