第12話 馬鹿な不良は果たしてモテるのか
完全なる独断と偏見により「ああ、こいつら馬鹿だ」と瞬時に思ってしまった顔を三つ確認したところで、都と橘は駆け出した。
「…っ待てやゴラァァ!!」
「逃げ切れると思ってんのかァ!!」
背後から飛ぶ怒声。
追いかけてくる足音は喧しいの一言に尽きる。
「……今日は厄日ね。ひとまず逃げるに限る」
「だな」
遭遇してしまったのは学園に生息する野生の不良たちだった。
緑、ピンク、赤となんともカラフルな髪を乱しながら追いかけてくる様は軽くホラーだ。
直線だとこちらの姿を捉えられるので、なるべく曲がり角や階段を利用して複雑な経路を選びながらとにかく走る。
「…ったく、クソ面倒くさいな! あいつらってこの前部室に乗り込んできた不良共だっけ?」
「ああ、返り討ちにあってお前が大爆笑してたヤツらだな」
たしか三下じみた台詞を吐いた挙句、夏目の攻撃を顔面に食らって無様に逃げ去った輩たちだ。
最初に見た時から噛ませ犬感が半端ないと密かに都の中で笑いの種にされていた哀れな不良たちでもある。
「…ぶはっ、やば……思い出したら笑いがっ…!!」
「笑ってる場合か」
階段を駆け下り、目の前の角を曲がる。
今が部活終了後だというのが悔やまれる。とにかく人がいない。生徒はもうほとんど帰っているだろうし、教師の多くも職員室にいるか帰り支度を済ませている頃だろう。
誰かいればあの不良たちの抑止力にもなるかもしれないが、この状況ではそれも望めない。
「あの馬鹿共でも人目のない時間を狙うって頭はあったのかしら」
「馬鹿がそんなことまで考えるか? 誰かの入れ知恵だろ」
彼らが本当に馬鹿かどうかは知らないが、二人の間ではすでに『あの三人組=馬鹿』の等式は確定事項なのであった。
静かな廊下にはこちらの姿を見失ったであろう彼らの声と足音が微かに響いていた。
あともう少し。撒ける。
そうして次の角を曲がった時、ドンッ、と体に強い衝撃が走った。
「わっ…!」
「おわ…!」
誰かにぶつかった。
そう理解したときには勢いのままに体が後方に投げ出されていた。
ああ、これは全身打撲確定コースだなと他人事のように数秒後の自分を憂う都だったが、倒れる前に前方から腕を引かれ、何が何やら気づけば人の体温に包まれていた。
「おい、大丈夫か!?」
心配そうに都の顔を覗き込んできたのは見知らぬ男だった。
おそらく今しがた曲がり角でぶつかってしまった相手だろう。都の腕を咄嗟に掴んで助けてくれたようだ。
「ええ、ありがと……う」
礼を言いながら顔を上げて、思わず言葉が止まった。
その理由は都を助けてくれた男、ではなく、その後ろでやや驚いたようにこちらを見ていた人物と目が合い、同じく驚いたから。
(……おお、まさか学校で遇うとはな…)
ダークブラウンの地毛を染めて若干色を変えたアッシュブラウンの髪。国宝級だなんだと誉めそやされるよく見慣れた顔。生まれてこの方、たぶん誰よりも同じ時間を過ごしてきた存在。
学校では互いに意図して関わりを避けてきた双子の片割れ、雨宮玲がいた。
「本当に大丈夫か! 怪我は?」
「……ありがとう大丈夫よ。あなたこそ怪我はない?」
「え、あ、俺は全然大丈夫!」
「そう、よかった」
ぶつかってしまった男は間違いなくイケメンに分類される顔。玲と一緒にいることから考えてもおそらく芸能科の生徒だ。
商売道具に傷をつけたとなっては申し訳ないどころではない。
もう一度礼を言って支えてくれた男から離れる。
その際ちらりと見た相手方には、玲と助けてくれた男の他にあと二人いた。顔面偏差値の高さから考えても全員芸能科なのだろう。
「……お前、前見て走れよ」
「見てただろうがよ。曲がった先に人がいるなんて思わなかったんだから仕方ないでしょう」
ぶつかった拍子に落ちてしまった鞄を橘から受け取る。
心外なことに心底呆れた顔をされたが、こっちは武術の達人でもなんでもないので人の気配なんてわからない。ましてや逃げることに半分意識を持っていかれていたのだからなおさら無理だ。
そうこうしている間にも背後から足音は迫ってくる。
「見つけたぞコラァ!」
「テメェら逃げてんじゃねえぞ!!」
カラフル頭の不良三人組に見つかってしまったようだ。
「……チッ、鬱陶しい。いい加減諦めたらどうかしら。人もいることだし、今日は引いたほうが身のためじゃない?」
「るっせぇブス。今さら怖気付いたところで遅ェんだよ」
「ギャハハハ! んだよ、ビビってんのか?」
「あーあー物騒ですこと。野蛮な男はモテなくてよ? ねぇ橘」
「ああ、可哀想に」
「なっ…!」
「…っ、テメェら…!!」
「ナメてんのか…!」
目を伏せてなんとも痛ましそうな顔をつくる橘。
普通の男ならまだしも、正真正銘ガチでモテるイケメンにそんな憐れんだ目を向けられては彼らのプライドもズタズタだろう。
三人組が怒り心頭に発してプルプル震えているうちに置いてきぼりの通りすがり四人組に声をかける。
「ワケのわからないことに巻き込んでしまってごめんなさい。私たちのことは気にしなくていい。誰かに知らせる必要もないから」
「え、でも教師くらいには…」
「大事にはしたくないし本当に気にしなくていいわ。ああ、それと、ぶつかって悪かったわね。助けてくれてありがとう」
「お、おう!」
不良三人組とは距離にして5メートルほど。
上手く校舎の構造を利用すればまた引き離すことも可能だろう。
「…い、いい加減にしろよテメェら……! …俺は、俺はなっ、別に女なんて興味ねえんだよォォ!!!」
「ふは、あははははっ! モテない男の負け惜しみは愉快だねぇ!」
「んだと、……待てやッ!!」
そうして二対三の鬼ごっこは第二ラウンドを迎えたのだった。
* * *
「なんだったんだ……?」
高笑いしながら前を行く二人とそれを追う三人の背中を見送った
女子生徒と曲がり角でぶつかってからその後ろ姿を見送るまでのほんの数十秒、結局は何も理解が追いつかないまま、気づけばすべて過ぎ去っていた。
「……え、マジでなに?」
「いやー、この学園に不良がいることは知ってたけど修羅場ってるところは初めて見たな。追いかけられてたほう、ありゃ不良じゃねえだろ」
同じく一部始終を見ていた
髪と眼鏡であまり顔が見えなかった地味めな女と、芸能科でもなかなかお目にかかれない端正な男。並べば異色というか違和感のある二人は見るからに不良ではない。
ただ、女のほうはなかなかに見た目と中身が乖離していたが。
「なんかヤバそうな雰囲気だったけど……マジで誰にも言わなくていいのか? 暴力沙汰とかになってたら危なくね?」
「それはまあ確かに……」
危険な香りを放つ案件を目撃してしまい、どうしたものかと頭を悩ませる進藤と小柳だったが。
「別にいいんじゃねぇの? 大事にはしたくないって言ってたんだし」
五人が走り去っていった廊下の先を見ていた雨宮がそう言った。
その視線もすぐに外れ、携帯を取り出してなにやら操作し始める。
そんな何気ない仕草ひとつとってもなんと様になっていることか。
同性でさえ思わず見惚れてしまうのだから、異性が彼にとことん夢中になるのも頷ける。
「だな。学校にはまだ教師も警備員も残ってることだし、騒ぎになりゃ駆けつけてくれんだろ」
「んー……まあ本人がいいって言ってたんだからいいか。早く綿やんのとこ行って俺たちも帰らねえとな。音楽室にいんのかな…?」
芸能科の生徒が絶大な信頼を寄せる音楽教師の姿を思い浮かべた進藤は、そういえば、とふと疑問が過ぎった。
(……あの子、仮にも国宝級イケメンって言われる現役モデルが
そう思い彼らの顔を盗み見た進藤は、やはり同性ながら見惚れてしまうなと、それぞれの容姿の良さを再認識したのだった。
トーク画面を閉じてスマホをしまった玲は、内心大きな溜め息を吐いていた。
(とりあえずこれでいいか。なにもしてくれるなって顔に書いてあったし……てかミヤのやつ、不良ども煽りまくってなにやってんの? 喧嘩できねぇくせに)
すれ違い様に送られた片割れの視線の意をやはり正確に受け取っていた玲。
それでも万が一のためにと『なんかあったら連絡しろ』とメッセージだけは入れておいた。
あとは自分でなんとかするだろうと放置し、隣へと視線をやった。
「なに、
「なにって?」
「さっきからずっと俺のこと見てんだろ」
「ああ、ごめん。無意識だった」
そう言ってにこりと笑みを浮かべるのは、数多の女性を虜にする男。
玲の友人兼仕事仲間である彼は聡い。そして心のうちの読めなさには定評がある。
(ミヤとの関係に勘づいたか? 別にそこまでして隠したいわけじゃねぇからいいんだけどな)
玲も都も自分からは打ち明けないだけで、それぞれが双子の片割れだということを必死に隠しているわけではなかった。
バレた時は校内でもそれなりに騒がれるだろうし、一般人である都の方が不利益は大きいかもしれないが、そうなればその時考えれいいというのが互いの一致した見解だった。
(一応状況だけあいつに伝えとけばいいだろ……あ、虎之助に缶詰買って帰るか)
先のことよりも今は今晩の虎之助の食事だ。
そろそろ虎之助のご飯がなくなると言っていた都の言葉を思い出し、帰りにホームセンターに寄ることにした。
* * *
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