第4話 ゴリラ襲来




 天文部とはなんだろう。


 例えば天文に関する勉強をして知識をつけたり、実際に星空を見て天体観測を行なったり、時にはプラネタリウムなどに足を運んでみたり。

 そういった活動をする部活動のことを一般的には『天文部』というのではないだろうか。



 否、八代学園天文部は言う。


 我々が天文部を名乗り活動をした時点で、実際の活動内容はどうであれ、その組織は紛れもなく『天文部』になるのだと。




 

「はい、じゃあ今日も天文部の活動を始めまーす」



 いつもの時間、いつもの部室にて。

 いつもの天文部員が集まっていた。


 この部活の特徴は良く言えば自由、悪く言えば適当なところだろうか。

 そのときの気分によって週三日程度の頻度で活動する部員たち。今日はその変動的な活動日だった。


 それともうひとつ特徴があるとするならば、それは他の部活動に比べて部員が圧倒的に少ないことだろう。


 この学園では学科によって何かと制約が多いが、部活動は学科に関係なく生徒が自由に所属を選択できるため、どの学科でも何かしらの部活に所属している生徒は多かった。

 八代学園は多くの生徒を抱えているだけあって、サッカー部や野球部をはじめとしたメジャーな体育会系、吹奏楽部や美術部などの文化系は部員が多い傾向にある。学園全体でも部活動に力を入れているためか、強豪校として名が知られている部活も多い。


 そんな中で天文部はというと、その生徒総数にはまったく比例せず、部員の数も両手の指で事足りる程度だった。

 まだ三年が引退するような時期でもないというのに天文部に三年生はいない。

 部長、副部長含め、そのほとんどが二年生で構成されていた。


 それもそのはず。

 なぜなら八代学園天文部は昨年部活動として認められたばかり、つまり現二年生の部員たちが立ち上げた部活動なのだから。




「雨宮、これどうですか? 前回の反省点も踏まえて改良してみましたが、僕としてはかなりいいものができたと思います」


「ふむふむ、このボディはかっこいいな。して、その性能は?」


「威力をそのままに軽量化に成功しました。また、飛距離も伸ばしてみたのでより遠距離からの攻撃も可能です。夏目の要望にも応え、水以外の液体物質を入れても正常に機能するよう調整も加えました」


「さすが武藤。いい仕事をするね」


「ふふ、ぜひ使い心地を試してみたいわ」


「お褒めに預かり光栄です」


「もう! 都ちゃんも紗夜ちゃんもこれ以上武藤くんを褒めないでよっ。危ないものばっかり作るんだから……」


「まあまあ落ち着きなさい花染。お前がいるだけでこの部活の平穏指数は爆上がりなんだからいいじゃない」


「意味わかんないよぉ、もう…」


 かといって、その活動内容までもが天文部とは限らない。


 天文部らしく、山や河川敷に行って星を観測することもある。だがその割合は全体を通しても二割程度のものだ。

 実のところ、この部活は天文部は天文部でも星(外敵)を天体観測(偵察または排除)する部活と化しているのが現実だった。


「……ほんと、いつからこんな勇猛果敢な部活になったんだ…」


 部員たちの様子を傍目にひとり回顧する橘であったが、この男もまたなんだかんだ言いながらも毎回それなりに現状を楽しむ猛者なのだった。



 現在部室に集まっているこの五人は活動がある日は必ず姿を見せる部員だ。

 他にもあと数名の精鋭とかよわい部員がいるのだが、彼らは今日は来ていない。

 精鋭が何をやっているのかはさておき、かよわい部員たちには今日の活動はやや刺激が強いかもしれないと判断してのことだった。


 今日は金曜日。

 となるとほぼ高確率でヤツら・・・が来るからだ。




 遠くの方から足音が聞こえてきたかと思うと、勢いよく部室の扉が開かれた。



 バンッ!!!



「たのもぉぉぉっ!!!」



 あまりの勢いに一度開いた扉が閉まりかける。


 それを驚くべき反射神経で阻止した男はズカズカと部室内に入り込み、都の前の机をこれまた勢いよく叩いた。

 その音に花染がビクリと肩を揺らしたところもしっかり確認する。


「よぉ! 今日こそ決着つけてやるぜ!!」


 こんなにも近距離にいるのになぜそんなに声を張り上げるのか。

 一般的な人間には到底ゴリラの思考は読み取れない。


「ごきげんよう先輩。あいっかわらず暑苦しいですね。定期的に天文部を訪ねていらっしゃいますけど随分とお暇なようで。いつも喧嘩腰のくせに実は我々のこと好きなんですか? なんのギャップを狙っているんですか? 言っておきますけど私たちに需要はないですよ」


「……ッ俺だってんなギャップお前らに食わせるぐらいなら彼女に食わせるわっ!!」


「おやおや彼女がいらっしゃるなんてなんと悲しい妄想を……脳神経外科でも紹介しましょうか? あぁ、でもまずは眼科の方が…」


「テメッ、俺を怒らせてそんなに楽しいかっ!!」


「どうやら精神も不安定なようですね。夏目、彼に精神科への手配をして差し上げて」


「もう済んでるわ」


「では先輩、どうぞお引き取りください」


 手のひらを扉の方に向けて目の前のゴリラに退出を促す。


(果たして人間の言葉は理解できているのか……もし精神科をグズるようならバナナを与えて動物園にでも連れて行ってやればいい。そこでメスゴリラとウホウホすれば少しは大人しくなるだろう。ああ、なんて厄日。この学園はいつからゴリラの入学を認めたことやら……)


 そんなことを考えていれば、強い力で胸ぐらを掴まれた。

 目の前にはビキビキと青筋を立てる般若のような顔がある。思ったよりも近い距離に遠慮なく眉根を寄せた。


「申し訳ないんですけれどゴリラは恋愛対象外なんです。恋もときめきも生まれないので早く離してくれません? バナナあげますから」


「……誰がゴリラじゃボケェェ!! テメェはいちいち煽らねえと会話もできねえのかッ! ああ゛!!」


 怒り狂った男にガクガクと揺さぶられ脳まで揺れた。

 ああ、なんと野蛮な。力で訴えてくるとはやはり脳筋ゴリラだったか。


 力では到底敵わない相手にすでに諦めの境地に達していた都だったが。



「離せ、脳筋野郎」



 そろそろ気分が悪くなりそうだと感じていた手前、耳に届いた低い声とともに揺れが止まり、喉元の苦しさからも解放された。


「…ッ、けほ、けほ…」


 流れ込んできた空気に何度か咽せながらも、ゴリラの蛮行を止めてくれた人物を見上げる。


 その涼しげな目と視線が合えばやれやれと溜め息が落とされた。

 言いたいところは『相手は野生のゴリラなんだから気をつけろ』か『誰彼構わず挨拶がわりに煽りから入るのヤメロ』か。きっと後者の割合強めの両方だ。


 筋肉で武装された太い腕を掴んで男を止めた橘は、そのまま腕を捻り上げて関節を極めようとする。

 しかしその前に腕を取り返した男はすかさず橘から距離を取った。


「テメッ、橘! お前はすっこんでろ!」


「うちの部長にあんま手荒なことしないでくださいよ」


 両者の身長にあまり大差はないがまるで違う体格をものともしない橘は、その気怠げな見た目と雰囲気のわりに実はかなり腕っ節が強い。

 それを昨年の経験から知っていた男は警戒を顕にする。

 都からすればウホウホと胸を叩いて威嚇するゴリラにしか見えないが。


「早乙女部長、そろそろ落ち着いてください」


 今にも飛びかかろうとしていた男を、今度はその後ろから現れた男が止めた。

 素早く腹に一発入れて体勢を崩し、腕を後ろに引いて立ち位置を入れ替えた。

 筋肉に阻まれることも織り込み済みで力を加減したであろう一連の動きにさすがの一言だ。なんとも手慣れている。


「毎度悪いな雨宮。どうしても乗り込まないと気が済まないって言うから」 

 

「いいや助かった。それにしてもお前も大変だねぇ」


「そろそろうちも『天文部に喧嘩売る部』とかに改名した方がいいかもな」


「ネーミングセンスゼロだな」


「…おいコラ桐野ォ! テメェはどっち側の人間だゴラァァ!!」


 恫喝のような怒声を向けられてもなおへらりと笑う桐野は、共に乗り込んできた仲間たちにテキパキと指示を出し、瞬く間に室内には天文部員とゴリラと桐野だけになった。



 そこら辺から椅子を引っ張ってきた二人は机を挟んで都の前に座る。

 居座るつもりの彼らに都は隠しもせずに深い溜め息を吐いた。


「それで、今回はどのようなご用件で? 冒険部さん」


 普通科三年、早乙女さおとめ剛士つよし

 普通科二年、桐野きりの颯斗はやと


 彼らは八代学園きっての謎部活・冒険部の部長と副部長である。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る