第2話 食堂にて、現在集団発狂中



 八代学園にはいくつかのルールがある。


 例えば、『髪色髪型着崩しは自由だが必ず校章の入ったものを身に付けなければならない』とか。

 例えば、『数度にわたり校則違反を犯した者は一ヶ月担任と交換日記の刑に処する』とか。


 他にも色々あるが、その中でも特に生徒が気にしていることといえば。


 『特進科棟、芸能科棟への無用な立ち入り禁止』、である。



 八代学園には普通科、国際科、特進科、工業科、芸能科、美容科などなど、多種多様な学科が存在する。

 その中でも特進科と芸能科はそれぞれに棟が分けられ、部活動を除けば他の学科生徒との交流が特に少ないことが特徴である。


 理由としては、芸能科には現役で活躍している人気生徒が多く、特進科には各業界に影響力を持つ家の令息令嬢が在籍しているため、追っかけや授業妨害、盗難、そのほかプライベートや安全性も考慮し、他学科の生徒の立ち入りは制限されていた。

 もちろんまったく禁止というわけではないためそれぞれの棟は渡り廊下で繋がっており、各棟の警備員の許可を取れば入ることが可能だ。


 そんな多様な学生が在籍する八代学園だからこそのルールがある中で、全学科生徒共通の施設も複数存在していた。


 本館一階の食堂もそのうちのひとつだった。

 



 生徒総数に合わせて広々とした食堂は吹き抜け二階建て構造となっている。

 レストランばりの高級感漂う内装はさすが金持ち私立としか言いようがない。


 十分な席数が用意されており、すべての学生が食堂を利用するというわけでもないので、席の確保はそれほど困難ではない。

 それでも昼時ともなれば大半の席は埋まる。

 芸能科、特進科生徒との交流を持てる数少ない場であるというのも賑わいを見せる理由のひとつなのだろう。


「それでさぁ、特進科にも顔のいいやつは結構いるわけじゃん? ていうかまず男女問わずこの学園の顔面偏差値の高さにあたしはビビったね。そりゃまー普通科とかには普通の高校生がいっぱいいるわけだけど、特進科と芸能科ってやっぱ贔屓目なしにも異常じゃん? ここは二次元の世界かー!!って今でも叫びたくなるしね」


 メニューとしては、一般人も多く通っているため庶民的でお手頃価格なものから、横文字でセレブなものまで幅広い。


 味に関してはもう何も言うまい。

 これまで幾度となく食堂を利用してきたが、不味いものなど食べたことがなかった。


「たしかにイケメン×平凡もウマいよ。あ、平凡×イケメンでも可。でもさぁ、あたし的にはイケメン×イケメンが至高だと思うわけよ。萌の供給と目の保養で一石二鳥! ついでに空気も華やかでコスパ最強!! グヘヘへへ……」


 今日は和食の気分だったので本日の和定食にした。

 メインはサクサクの天ぷらだ。そこにほかほかの白米とわかめと揚げの味噌汁、青菜のおひたし、ゆず大根の漬物。

 これぞ日本食。文句なしに美味い。


「だからやっぱもうちょい他学科との関わりが欲しいわけよ。特に芸能科とか芸能科とか芸能科とか………ってちょっと都ー、聞いてるー?」


「聞いてる聞いてる」


 BGMと化していた声を聞き流していれば、向かいに座る少女がぷくぅ、と頬を膨らませた。

 そんなことしてもただのイタイぶりっ子だぞと言ってやりたいところだが、残念ながら彼女は俗にいう美少女。そんな仕草も様になってしまっていた。


「それでさ、都はどう思う?」


「どう思うって…」


 サンドイッチを食べながら意見を求めてくる彼女は特進科二年、あさひ汐恩しおんだ。

 都のクラスメイト兼友人で、その逞しい想像力を日々せっせと漫画に起こす漫研部の精鋭だ。

 ついでにご飯よりパン派だと言っていたのをたった今思い出した。


「私は顔とかどうでもいいわ。ただ、強いていうならプライド高くて高飛車で男に抱かれることを心底嫌う受けがぐっちゃぐちゃに掘られてる作品が読みたい」


「ははっ、いいねぇ!! さっすが都。今度そういうどぎついの描くからもらってよ!!」


「是非!!」


 ガシッと二人は熱い握手を交わした。

 そしてこの場が食堂だということも忘れ、己の欲望に忠実な掛け算をひたすら議論し合うのだった。


 そう、すでにお分かりかもしれないが、彼女たちは腐っていた。

 旭は真性として、都は一種の文芸ジャンルとして、それぞれ腐っていた。




 食堂の空気が騒がしくなったのは、それから間もなくのことだった。


 うおー!、だか、きゃー!、だかわからない黄色い悲鳴が食堂を包む。

 一気に色めき立った食堂に無意識に眉を寄せた都だが、向かいに座る旭が一番興奮しているのを見て、今度はくっきりと眉間に皺を寄せた。


「ちょっ、ちょちょ、ちょちょちょちょっと!!?」


 バグった旭に激しく肩を揺さぶられ、反射的に手を払い除けた。


「うるさい」


「そんなこと言ってる場合じゃないよ!! ちょっとあれ!! レイとあおいじゃんっ!!」


「……………」


「え、まさか都知らないの? 二人とも御尊顔が国宝級って超人気のメンズモデルだよ?! 何度雑誌の表紙を飾る姿を目にしたことかっ!! この学校の芸能科に通ってることは知ってたけど、二人とも多忙だしあんまり共通スペースに来ないから生で見れるのは超レアなんだよっ!!!」


 鼻息荒くそう解説する旭に都は完全に引いていた。

 このはしゃぎっぷり、妄想の糧以前に旭は彼らの相当なファンなのかもしれない。

 

 よく見れば、ぽっと頬を染めて旭と同じような現象に陥っている生徒たちがなんと多いことか。集団発狂を起こしかけている。軽く恐怖だ。



 心臓あたりを抑えて遠目にいるであろう彼らの一挙手一投足を目に焼き付けていた旭だったが、彼らが二階部分に上がったことでようやく落ち着きを取り戻していた。


「はぁ、はぁ……突然の襲来……ほんっと心臓に悪い……あー御尊顔ッ、……ぅう、尊っ……!!!」


 否、たいして落ち着いてはいなかった。


「ほんっとうるさい。少しは落ち着けよ」


「そういう都こそなんでそんな落ち着いてられんの?!」


「逆になんで人の顔ひとつでそんな興奮できんの? 意味がわからない」 


「薄々思ってたけどあんたは聖人かなんかですか?」


 こっちの方が意味わからんわ……とでもいいたげな顔でぶつくさ文句を言っていたが、至って冷静な都を前に少しは落ち着きを取り戻したらしい。

 残りのサンドイッチを口に放り込み、食後のプリンまで楽しんでいた。


「そういえば遠目からだったけど碧はカツ定でレイは和定だったような……都、それ美味しかった?」


「そこまで確認してるお前が怖いわ。味は言わずもがな」


「ふむふむ、なるほど……ありがとうございます」


 どんな小さなネタでも逃さず拾っていくその精神、本当に逞しいと思った都であった。 


 

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