八代学園の変わり者たち

夏風邪

第一章

第1話 八代学園天文部




 私立八代やしろ学園。


 高等学校としてはさまざまな分野に精通した多様な学科を設け、国内でも指折りの進学校として名を馳せるここには、一般人から有名企業の子息子女、芸能界に身を置く者など、幅広い業界の生徒が在籍する。

 生徒総数ざっと2000人を抱えるこの学校は所謂マンモス校であり、思春期真っ只中の少年少女たちにとっての青春の場でもある部活動は、体育会系文化系問わずそれはもう多種多様に揃っていた。


 その中で、活動実態が謎だとまことしやかに噂されている『天文部』もまた、そんな愉快な部活のひとつだった───。







 プルルルル、プルルルル、プルル……。



「はい、もしもし」


『こちら【シリアルキラー】。予定通り”星”が三人部室へ向かいました。間もなくたどり着くと思われます。残りは部室付近の廊下に潜伏中です』


「オッケー。部室の方は【鋼鉄の処女アイアンメイデン】が迎え撃つ準備ができてるから問題ないわ。お前は引き続き天体観測を続けてくれ」


『了解しました』



 一度通話を切ったみやこは今度は別の番号に電話をかけた。



『…はい、こちら【戦闘民族】です』


「部室付近に”暗黒物質”が浮遊しているらしい。速やかに排除してくれ。たぶん【シリアルキラー】から位置情報がいくと思うから」


『え、えぇー……私もやるの? というか暇なら手伝ってほしいな…』


「私は”星”たちの哀れな末路を見るためにモニターの前で待機中。つまり無理」


『私もその役がよかったよぉ……』


「まあまあいいだろ。ストレス発散だと思ってひと思いにやっちゃいなさいな」


『……はぁ、わかったよ』


 深い溜め息を最後に切れた携帯を机に置き、血走った目でモニターの画面を食い入るように見つめた。


 そこに映るはとある教室。

 机と椅子がいくつか置かれ、ホワイトボードやその他物品が並ぶ八代学園の一室だ。

 その内装がやや華美でハイグレードでさえなければ普通の教室と変わらない。


 入り口の扉がわずかに開いたかと思うと、その隙間から除く人影がいくつか。

 キョロキョロと周りを見回し、次の瞬間にはバンッと勢いよく扉が開かれた。



『天文部オラァァァァ!!!』


『覚悟オオォォォォォッ!!!』


『今日こそ死ねェェェェ!!!』



 ドタバタと騒々しく入ってきたかと思えば何やら騒ぎ立てる三人の男たち。

 吐かれたセリフが安っぽすぎて修羅場の雰囲気すら作れない。


「笑止。話にならないわね。…【鋼鉄の処女アイアンメイデン】、ぶちのめして差し上げて」


『ええ、了解よ』


 インカムからの返事の直後、モニターの中で動く影がひとつ。

 現れたそれに男たちが気づいた頃にはその影───八代学園の制服を着た女子生徒が、両手に抱えた大きな水鉄砲を男たちに向けていた。



『ごきげんよう。そしてさようなら』


『……え、はっ、なん、ギャァァァァァァっ!!!』


『……お前だれ、冷てええええ!!』


『…つか痛っ!! ギャァァ!! やめろォォっっ!!!!』 



 断末魔のような叫び声がインカムとモニターから二重で聞こえてきた。

 その必死な叫びがいかにあの水鉄砲が強力なものなのかを物語っていた。



『ッ、悪かった!! もうしねえから!!』


『もうやめでぐれよぉ!!!』


『……こんのッ、覚えてろオオオォォォォ!!!!!』



 お手本のような捨て台詞まで残して一目散に部室から出ていった三人組。

 その哀れで惨めな後ろ姿までもをしっかりモニター越しに網膜に焼き付け。

 そして込み上げてくるものといえば。



「……ふっ、ふふ、ふははははっ!!!」



 そう、笑いである。



「あははははははっ!! ザマァ、まじザマァっ!!! 無様だなぁ不良くんたちよォ!! アッハハハハハハ……ッ、…ゲホッ、ゲホッ、ちょ、くるしっ……ふははは……!!」


「大喜びかよ。少しは落ち着け」


「…ふふ、だって、あはははッ…」


 ダルそうな面倒そうな声に諌められた。

 無造作に伸ばした前髪と大きな眼鏡であまり顔が見えない女がこんな大笑いしていればさぞ不気味に映ることだろう。


「…はぁ…はぁ、ふぅー……」


 呼吸困難に陥りかけたところを救ってくれた声の持ち主を見やれば、それはもうアホでも見るような目で見下ろされていた。


「心外だな。アレを笑わずしてどうしろと? ……ふは、思い出しただけでも笑いがっ…」


 いまだ噴き出す都を放って手早くモニターや無線関係を片付けた男は、都の背を押して室内から出て施錠した。


「さっすが。証拠隠蔽の手つきがもはやプロだな」


「誰のせいだと?」


「さてね」


 ピロンと鳴った携帯を見れば、『排除完了』の旨のメッセージが二件。

 都は満足げに目を細めた。


「これにて天体観測終了だ」


 そこにいたという証拠を一切片付けた二人(実質一人)は、そのまま部屋を後にした。


 



 水浸しになった床にせっせとモップをかける。

 正直面倒ではあるがあの爆笑ネタの対価だと思えばなんてことはない。


「それにしても今回も雑魚だったなー……もっと骨のあるやつはいないものか」


「ああ、都。あとで私にもさっきの映像ちょうだいな。俯瞰の映像が観たいわ」


「お疲れ。武藤に全員分刷らせたから存分に眺めるといい」


「ありがとう」


 つい先ほどまで聖母のような微笑みで水鉄砲をぶちかましていた夏目なつめ紗夜さよ(コードネーム:【鋼鉄の処女アイアンメイデン】)は、人の苦しむ映像が収められたディスクを変わらぬ微笑みで受け取った。

 その容姿と優しげな雰囲気から一部の界隈からは聖母だマリアだと言われているとかいないとか。

 実際人生何周目かと尋ねたくなるほど悟りを開き気味の彼女だが、その実なかなかのサディズムを聖母の微笑みで覆い隠しているだけの天文部副部長である。


「ところであの水鉄砲の使い心地はどうでした? 僕なりに攻撃力が上がるよう改良してみましたが」


「殺傷力は十分だけれど、片手で持つなら少し重い気がするわ。もう少し軽量化できないかしら?」


「そうですね……無駄な装備もいくつかありますし、それを取り除けば威力をそのままに軽量化できるかもしれません」


「それと、もし可能なら水の代わりに蛍光塗料とか異臭物質とかを放ちたいのだけれど、可能かしら?」


「諸々込みで改良を加えるとなると、やはり少々予算が……」


 そこでチラリと都を窺うのは眼鏡の青年、武藤むとうはじめだ。

 一見真面目な優等生風だが、彼の脳内で描かれる幾重もの電子回路と設計図により、無数の兵器が天文部に生み出されていた。

 まさに【シリアルキラー】の名に恥じぬ働きっぷりである。


「ちょっと二人とも! それはもう過剰防衛なんじゃないかな…?」


 天文部唯一の良心と言っても過言ではない花染はなぞめ佑宇ゆうは必死に彼らの策略を止めようとする。

 人と争うような過激なことは好まず、どちらかというとお絵描きや手芸をしている方が性に合っている彼女はブ……決して眉目麗しいわけではないが、いつだってこの部の良心だ。


 ただ、そんな彼女がなぜ【戦闘民族】などというトチ狂ったコードネームが付けられているのか。今はそっとしておこう。


「安心しなさい、花染。これは過剰防衛なんかじゃない。私たちが自分の身を守るための正当な自衛よ」


「でも、都ちゃん……」


「今回のは私たちが悪い? いいや違う。今回もあの馬鹿どもの自業自得だ。安全と自由を掲げて生きるということはつまり、その下には必ず犠牲となった者たちがいるということ。平等を謳うこの世界だって、今まで淘汰されてきた数多の犠牲者があったからこその結果。だから大丈夫。私たちが安全に生活するためには多少の犠牲はつきものよ」


「………お前、ほんと…」


 息をするようにしれっと洗脳を仕掛ける都に、どこからともなく吐かれた溜め息。

 缶コーヒー片手に一歩引いたところから様子を見ていたたちばな琳太郎りんたろうは今日もクールを極めている。

 ともすれば雑誌の1ページを飾れるほどのイケメン具合を惜しげもなく晒す彼だが、なぜだか天文部精鋭のひとりである。ちなみにコードネームは【オオクニヌシ】だ。



 全員の視線が集まった都はふむ、と頷き。

 そして武藤に向かってゴーサインを出した


「二度と天文部様に歯向かおうなんて愚かな考えに至らないよう徹底的にやりなさい。大丈夫、部費を切り崩すことくらいわけないから!」


 グッと力強く親指を立てれば、愉快な精鋭たちの顔つきが戦闘モードになった。


 それに満足げに頷き、ニヤリと口端を吊り上げる様はまさしく天上天下唯我独尊の【女王陛下】そのもの。

 そんな彼女こそがこのアグレッシブ天文部の部長、雨宮あめみやみやこその人だ。


「さて、じゃあ次回の天体観測に向けてミーティングでもしようか」


「「「おー!!」」」


「……はぁ…」



 こうして、八代学園天文部は今日も愉快に活動中なのである───。

 


 

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