30

 試合は一方的な展開に――なることはなく、一進一退の白熱した攻防が展開されることとなった。


 相手が強豪校のレギュラー5人に対し、こちらが俺と中島と岸谷が経験者、それ以外のメンバーは、山本とバドミントン部の齋藤という、未経験だが運動神経の良い奴を選出していた。


 一筋縄ではいかないとは思っていたが、とはいえ相手チームには顔見知りが何人かいることもあり、まあ余裕だろうと思っていたが……どう転ぶか分からなくなってきたな。その場のノリで行動する俺の愛嬌がここでは裏目に出てしまった。


「笠井、そっちいったぞ!」


 岸谷のフォローが聞こえる。


 キーパーからパスを受ける形で、カジがドリブルを始める。山本のチェックを瞬でかわし、その後ろでカバーリングをする俺の前に立つ。半身の体勢になってプレッシャーをかける。が、一旦足の裏でボールを引いてかわされた。


 それから、左足で俺の斜め後方へと鋭いパスを出した。が、予測していた俺の足によって、ボールはインターセプトされた。


「マジかっ!」

「甘ェよ」


 中学時代、カジはテクニックがそこまででもなければ、フィジカルも特筆すべき部分はなかった。男子の平均身長くらいで中肉中背、足技も普通。しかし、視野の広さが彼の最大の武器だった。まるで空を飛ぶ鳥のようにコート全体が見えているかのようで、彼のスルーパスで決定機が生まれたことも数えきれないほどあった。


 だからこそ、パスコースが読みやすいという弱点もある。カジが選びそうなパスコースを予め予測しておけば、今のようなプレーも可能というわけだ。


 俺はスティールしたボールを、ツータッチ目で岸谷へと送る。俺がディフェンスに入った瞬間、ただ一人ゴール前へと走り出していたのだ。


 ボールをトラップした岸谷がそのままゴールへ――行く前に、里崎が鋭いスライディングタックルでカットインする。


「おわぁっ!」


 一回転でんぐり返しをする岸谷。スライディングの体勢からすぐさま立ち上がった里崎が、サイドへとボールを供給する。


 ――とまあ、こんな風に息もつかせぬ攻防が繰り広げられている。


 かく言う俺もその一人なわけで、里崎たちという中学の知り合いがいることはデバフでしかないが、思ったよりも身体は動くし、ボールコントロールも冴えている。部活ではない遊びだからか、イップスも出ていない。


 かなりアツくなっているのが正直なところだ。俺以外の9人も例外はいないだろう。みんな笑顔を浮かべながらも、目がギラギラしている。


 そしてアツくなっているのは何も選手たちに限ったことではない。


「いったれー!」

「走れ男どもー!」


 平塚第一、藤沢桜華双方のガヤが、バーベキューの串なんかを手で振り回しながら、ヤジを飛ばしている。どうやら早くも両校、交友を深めているようで、普通に他校同士で固まって談笑したり、肩を組んで観戦したりしていた。


 そんな中でも際立つのが……


「岸谷戻れー! ディフェンス! ディフェンス! フリーにさせんな相手を!」


 手を筒の形にして口に当て、今まで聞いたこともないような怒鳴り声で指示を飛ばす鷹宮である。


「山本フラつくなー! 中島のカバー回れカバー! 死ぬ気で止めろー!」

「アァイ!!!」


 山本が半分ヤケになったように返事する。


 そのあまりにも鬼気迫る剣幕のせいで、普段周りに人の絶えない彼女の周囲には誰もいない。石川と池田でさえ、藤沢桜華のギャルっぽい女の子たちのシマへ遊びに行っていた。


 ……さて、怒声を飛ばしているのが鷹宮だけかと言えばそうではない。審判をしている橘さんも、ホイッスルを片手に仁王立ちしながら、藤沢桜華のメンバーにげきを飛ばしている。


「リク! マーク外すな! 笠井フリーなってる!」

「ハイ!」


 怒鳴られた奴は素直に返事をしてすぐさまプレーを修正する。それを見るだけでも、普段の力関係が察せられるというものだ。


 中島からパスが来た。


「行かせっかよ!」


 リクなる者が俺にアプローチを仕掛ける。シザースをかけたフェイント。しかし引っかからずに、ボールへ厳しくチェックをかけてくる。


 結構いいディフェンスするな、と素直に感心した。


「へへっ、マンツーマンには自信あんだよ」

「そうかよ」


 再びシザースフェイント。それにも引っかかるものかと、反応する素振りを見せない。戻す右足で再びまたぐをして――アウトサイドでボールを押し出し、すぐさま足首の柔軟性にものを言わせ、インサイドで斜め左前へボールを運び出す。


 シザースとエラシコの合わせ技だ。


「なっ……!?」


 全く反応できないリクを置き去りにする。カバーリングで一人が寄せてきたが、充分引きつけたところでフリーになった中島へとボールをパス。


 中島が砂地の枠内へシュートを打つ。


「っしゃあ!」


 ガッツポーズを決める中島。めちゃくちゃ様になってるな。普通なら鬱陶しいはずの汗も、イケメンっぷりに拍車をかけているように見えるな。


「キャー洋二くんスゴーイ!」

「カッコイイー!」


 黄色い声援を挙げる女性陣へのサービスも欠かさず、手を振って答える。それから俺の方へ寄ってきた。


「ナイアシ」

「おう」


 これで3対3の同点だ。まだ前半は5分くらい残っているはず……試合の行く末はまだまだ予想できない。


「あの女子たち、中島のことめちゃくちゃ応援してんな」

「ん? あぁ……知らねえ子もいるけど。多分藤沢桜華の子かな」

「えっ?」


 なんでほんの数十分で中島ファンクラブ・藤沢桜華出張支部ができてるんですかね? この調子だとカオルもそうなりかねないぞ。


 釈然としない気持ちで自陣に戻り、ポジションにつく。ホイッスルが鳴るまでの間、膝に手をついて呼吸を整えていると、ガヤの声が潮風に揺られながら聞こえてきた。


「あの人なんか上手くない? 文化系っぽいのに」

「あ~ね。笠井っていうんだけど。サッカー部じゃないよね?」

「中学ん時やってたらしいよ」


 女性陣からの俺に対する論評だった。陰キャっぽいは余計だろと思いながらも、悪くない評価なんじゃないのと鼻が鳴る。


「中島君も上手いけど……」

「あれ、なんかレベル違うくない?」

「ね。……もしかして、笠井ってすごいやつだったりして?」

「どうなんだろ? 私サッカー詳しくないし」

「でもなんかプロくない? 三苫とかあんな感じじゃん」


 全く気にも留めていなかった陰キャが実はすごい奴だった……そんなラノベみたいな展開に、身体をめぐる血が沸騰するような高揚感を覚えるが、


 ――てかさあ、結局アイツも口だけだったってことじゃん。


 あの時の記憶がフラッシュバックした。頭に水分をたっぷり含んだ笠雲かさぐもがかかったように、脳を締め付ける不快感。


 人間の性格は遺伝よりもむしろ後天的に、エピジェネティックに形成されると誰かが言っていたが、それを消し去ることは容易ではないらしい。


 俺は頭を振ってモヤモヤを取っ払い、目の前に集中力を戻した。


 リスタートを告げるホイッスルが鳴り、藤沢桜華がバックパス。ボールを持ったのは――里崎。中学までのプレースタイルはとにかくフィジカルにものを言わせるタイプだったが、この試合を通して、足技やロングフィードといったテクニックも身につけていることが分かった。


「オラオラオラァ!」


 山本が威勢よく声をあげて突っ込んでいくも、あっけなく突破された。ガヤの野球部が爆笑しながらヤジを飛ばす。


「馬鹿野郎山本! 死んででも止めろやー!」

「肉全部食っちまうぞー!」


 ボールを運ぶ里崎が左右を見る。両サイドにはそれぞれ一名ずつ展開している。こちらのチームも、中島と齋藤がマークについている。


 里崎が選んだのは……ドリブルによる中央突破。一気にスピードを上げ、いわゆるラン・ウィズ・ザ・ボールで運んでいく。


「させっかよ!」


 岸谷が身体を当てて妨害するが、流石里崎というべきか、まったく揺るぐ様子がない。アイツ、中学からフィジカルだけはすさまじいものがあったしな。


 むしろ、タックルをかけた岸谷が押し返されつつある。


「オラァッ!」

「ぅおわっ!?」


 案の定、岸谷は当たり負け、砂浜の上に転がされた。まるで横綱と素人のぶつかり稽古のようだ。


 岸谷を吹き飛ばした里崎はドリブルを小刻みなリズムに変え、――俺の前まで来た。そこでいったん全身を止める。状況から見て1対1のマッチアップだ。


 里崎がシュート――と見せかけてキックフェイント。しかし大味すぎて見せかけが甘い。里崎の右足が地面から離れている瞬間にボールへ足を出すが、なんと彼は軸足の左足で強引にそこから逃れた。


「……マジか」


 中学時代からは考えられない芸当である。


 里崎は体勢を整え、足裏でボールを前後左右に動かし、仕掛ける機会をうかがっている。右足でボールを後ろに下げ――たかと思うと、左足の後ろを通して左前へ押し出す。


 クライフターン!


 里崎が俺の肩に手をかけて強引に突破を図る。しかし、瞬時に身体を反転させて抜かせまいと食らいつく。


「行かせるかよっ!」


 里崎とボールの間に身体を入れたが、背中から伝わってくる、ブルドーザーのようなパワー。高校に上がってより一層体幹に磨きがかかっているな。


 敵ゴール側に向くために、こちらも左右へと背中で揺さぶりをかけるが、里崎もなかなかどうして食らいついてくる。厳しいチェックに耐えつつ、左へ抜けるフリをしてボールをまたぐ――ステップオーバー。元々中学時代、フェイントの精度にはかなりの自信があった。辞めてからも昔取った杵柄とやらで、なかなかどうして現役時代に比べてそん色のない完成度だと自負している。


 里崎も引っかかったが、普通のプレイヤーなら転倒してもおかしくないところを、なんと開いた両脚を踏ん張って対応してきた。マジかよ……内腿うちももにかかる負荷はとんでもないなんてもんじゃねえぞ。コイツ同じ人間なのか?


 だが股間がガラ空きだぜ!


 限界近くまで開脚した両脚の間を、ヒールでボールを通す。今度こそ勝った。確信して反転ダッシュするが、


「させっかぁ!!」


 なんと里崎は、全身をバネのようにしならせ、踏み込んでいた左脚を軸に身体を回転。そのままスライディングの姿勢に入り、ボールをライン外へ蹴り飛ばした。


 ラインアウト。同時に、前半終了のホイッスルが鳴る。


 同点での折り返し。選手たちがピッチの外へ戻っていく。


 里崎を見ると、立ち上がり、額から顎へ伝った汗を拭ってこちらを見てきた。


「……中学ん時みてえには、やられねえからな」

「みたいだな」


 呟くように返事をすると、里崎は「チッ」とデカい舌打ちをして、


「俺は、ゼッテーにテメーを超えるからな。笠井を超えて、藤沢桜華で結果を残す……そのために橘先輩のシゴキを耐えてきた。今日、たまたまこの海で会えてよかったぜ。しかもお前がこんな提案までするなんて……天が味方してる、ってのはこのことかと思ったよ。後半、目にもの見せてやる」

「俺を超えるってのは良くわかんねえけど……その日は今日じゃないってことは確かだな」

「……クソッ、言ってろ」


 ノリに乗ったつもりで答えたが、火に油を注ぐ結果に終わったようだった。

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