28

 里崎たちという思わぬ闖入者を迎えた俺たちは、ひとまず自分たちのベースキャンプへと戻った。


「今からアイツらと白黒つけてくるから」


 と面々へ宣言すると、謎の大盛り上がりを見せ始め、バーベキューしながら観戦しようという流れができあがった。


「お前どっち賭ける?」

「笠井達にこの牛串一本」


 しまいには公共の場所で違法賭博まで行われる始末。学び舎の友として恥ずかしい。


 卓球部の黒田くろだが、今しも網の上でジュージューと香ばしい音を立てている串を指さしながらそう言った。


「牛串一本なんてみみっちい真似してんじゃねえよボケが! 男なら黙って全財産賭けろ!」

「キレるとこそこじゃないでしょ」


 カオルがパラソルの下に置いたアウトドア椅子に腰かけ、海の家で鷹宮が買った缶ジュースをチビチビと飲んでいる。


「ねえ、あの人すごいカッコよくない?」

「ほんとだ。芸能人かな?」

「声かけてみる?」


 そんなカオルを見ている同年代くらいの女の子集団が、そんなことをこっちに聞こえるくらいの声で話し合っている。


 みんななかなかのルックスである。


 俺はたまたま足元に転がって来たビーチバレーボールを拾った。ちゃんとした革張りのものだ。


「あ、すいませーん!」


 大学生くらいの、明るい茶髪に染めた人の好さそうなニーチャンが、遠くから声をかけてくる。


 俺はそれをガン無視して大きく振りかぶり、カオルの顔面目掛けて全力投球した。


「死ねやァ――――――ッ!!」

「食らうと思ったかっ!?」


 俺からの攻撃を目ざとく察知したカオルは、カエル顔負けの跳躍力で椅子から飛びあがった。


 目標ターゲットを見失ったボールは、椅子のステンレス部分に当たって跳ねあがり、野球部の山本の顔面に激突する。


 山本が「グエーッ!」と声を上げて倒れた。面白いなアイツ。


 山本から跳ね返って来たボールを拾い、近くまで回収しに来ていた先ほどのニーチャンに渡す。


「すみません、手が滑りました」

「あ、ああ、はは……」


 ニーチャンはひきつった笑顔を浮かべて受け取り、そそくさと去っていった。


 さて、本題のビーチサッカー対決だが……周辺にあまり人がおらず、フィールドを広く使えそうだということで、試合形式はフットサルになぞらえて5対5の15分ハーフ。ゴールネットとサッカーボールが無いな、なんてことを思っていたら、ゴールは砂の上に描いた四角い枠内をボールが通過すれば一点、ボールは海の家で調達した硬めのビーチボールを使うことになった。


 素足でのライン引きをちょうど終えたところで、里崎のグループが、自分たちのパラソルや椅子を持ってこちらへやって来た。どうせこっちで試合するなら荷物ごと移動しようという相談になったらしい。


 というか人数多いな。15人はいるんじゃないか? どうやら、向こうもちょっとしたクラス会規模で海へ遊びに来ていたようだ。


「お邪魔しま~す」


 日焼けしたスポーツ系って感じのボブカットの女子がそう言って、クーラーボックスを地面へ落とした。鎖骨付近の日焼け跡と白い生身の肌の対比が眩しい。


「こっち空いてるからここ使っちゃって~」


 高村がそう言って、荷物持ちを誘導する。その中には里崎もおり、俺の姿を認めると立ち止まってギロリと睨んできたが、すぐ後ろにいた金髪のチャラそうな男に膝でケツを蹴られ、渋々高村の誘導についていった。


「お、アンタが噂の皇帝陛下?」


 横合いから声をかけられた。


 見ると、赤みがかった髪色の女性が立っていた。海だというのにバッチリと化粧を決めており、鷹宮とはベクトルの違う派手さだ。たとえるなら歌舞伎町とかにいそう。


 顔を見てから、視線を下にやると……デッッッッッッカ!!! とんでもないものをお持ちでいらっしゃる。


 ものすごい谷間に目を吸い込まれそうになりながら、俺は努めて平静を保った。


「そうだけど」

「ふう~ん、そういえば見たことある顔な気もするわねえ。わたし、たちばな藤沢桜華ふじさわおうか高校のサッカー部でマネージャーやってる」

「へえ」

「ちなみに高3ね」

「えっ、あ、マジ……ですか」


 何となく大人びてんなと思っていたら、普通に年上だった。中学時代でもあまり使わなかった敬語が思わず出てしまう。


 橘……さんは俺のことをジロジロと眺める。


「里崎から話聞いてたけど、するようには見えないわねえ」

「余計なお世話っスよ……」


 そんなこと、とは中学時代の暗黒歴史のことだろう。初対面の相手に失礼なことを言う人だな。見た目どおり物怖じしない性格ということなのだろうか。


 内心憤慨していると、橘さんは俺の顔のみならず、むき出しの上半身や下半身までもを観察し始めた。


 ちょ、ちょっと何よもう……結構情熱的じゃない……。


 未だかつてない熱烈な視線を浴びてタジタジになっている俺に構わず、橘さんは手を伸ばし、なんと俺の胸筋をペタペタと触ってきたではないか。


「ふ~ん……中学で辞めた割には筋肉ついてるのね。身体作ってた?」

「まあ、一応は……」

「流石元日本代表最有力候補ねえ。中学どころか高校でもそんなにストイックに打ち込める子、いないわよ」

「いやそんなこと……ありますかねえ!」


 これまで誰にも褒められたことのなかったことを褒められて有頂天になった。しかも、こんな美人に言われたものだから、鼻の下が伸びるどころの話ではない。メンダコのようにビロビロになっている。


 胸、腹、そして二の腕と、橘さんが次々と触っていったところで、横合いから不意に彼女の手首が掴まれた。


 チョットォ、今いいところだったじゃないのヨ……。


 誰の仕業かと思ったら、鷹宮だった。


「あの、先輩。ちょっと触りすぎじゃないですか?」

「いいじゃないの。笠井博人といえば中学時代有名だったし」

「だからって失礼じゃないですか? 初対面の、それも異性の身体を公衆の面前でベタベタと……セクハラですよ、それ」


 なぜか鷹宮が俺を守ろうとするムーブを見せる。彼女はなぜ俺なんかをかばおうとするのだろうか。


「あら、見た目によらずなのねえ」

「あ”?」


 久々に聞いた、鷹宮の極低温ボイスだった。


 俺の背筋は一瞬で伸びたが、橘さんは流石と言うべきか、効いた様子がない。それどころか、どこか面白がるように、俺の腕を抱き込んできた。


 必然的に密着する肌と肌。


 そして生乳なまちち


 ――生乳ッ!?


 思わず二度見すると、確かに俺の左腕に、全世界の男が羨望してやまぬであろう巨大な果実がと密着していた。水着からこぼれ落ちている部分が、柔らかすぎて俺の腕の形に沿うように変形している。


 生まれて初めて感じる家族以外のおっぱいの感触。夏の暑さに晒され、熱をもったは、熱帯の熟した果実が放つアルコールのように、俺を陶酔へといざなっていく。


 橘先輩が俺の耳元へと口を近づけ、ふうっと息を吐いた。


「ね、今からでもうちのサッカー部に来ない? いっぱい可愛がってあげるから」

「い、イキまひゅぅ……っっでえ!!!!」


 あねさん的なハスキーボイスに耳をとろかされ、そう答えていると、わき腹にものすごい激痛が走った。


「なに鼻の下伸ばしてんのよバカ! アホ! ボケ!」


 なおも生身のわき腹をつねあげる鷹宮。マジで痛い。親指と人差し指の腹で潰すようにしていたのが、徐々に爪を立てて腹肉に食い込ませていくようになった。


「ぁ、あの……だぢばなさん、ちょっと離れていただけるとぉ……グゲッ!」


 とどめと言わんばかりに手刀が喉に突き立てられ、俺は撃沈した。しかし熱砂が熱すぎてすぐに飛び起きた。


「アッチィ!」

「からかい甲斐があるわねえ」


 橘先輩が俺と鷹宮のやり取りを見て、口に手を当てて笑う。鷹宮がそんな彼女をキッと睨みつけ、


「笠井はあなたたちのチームになんか行きませんから」

「……ふ~ん、そう。分かった」


 橘先輩がそう言うのを聞いた鷹宮は、分かりやすく安堵する。しかし、続く言葉に彼女のみならず、俺まで絶句した。


「なら、このビーチサッカー対決で笠井くんチームが負けたら、ウチに来てもらうっていうのはどう?」

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