27
「天音、遅くない?」
池田が、普段の涼しげな表情をやや曇らせながら呟いたのが聞こえた。
「そういえばおせえな。いつまでジュース買ってんだ?」
岸谷が同意する。
確かにやたら帰ってくるのが遅い。
鷹宮は美人だ。そこら辺の色黒マッチョチャラ男にダルいナンパを仕掛けられていないとも限らない。
「探してくるわ」
中島がそう言って、岸谷へビーチバレーボールを預けた。それに坊主の山本が追随しようとするが、中島に押しとどめられた。
「人一人探すだけだろ。俺だけでいいわ」
「そうかあ? わぁーったよ」
「女子の手伝いでもしてやれ」
さてと、俺はバーベキューの仕込みでもするかな。
そう思って包丁を持つと、後ろから背中を小突かれた。
「っぶな! ――ってカオルかよ」
「なに自分は無関係ですみたいな顔してんのさ」
「実際無関係だしな。どうせその辺の岩陰で陰キャいじめてんだろ」
「ひねくれてるなあ」
カオルは苦笑いを浮かべる。
だって、俺が探しに行ったところで、意味ないだろ。と言う言葉が喉まで出かかった。また俺たちは元の木阿弥に戻ったわけだから。
「中島は一人でいいって言ってるけど、僕らも探しに行こうよ」
「……めんどい」
「とか言っちゃって、ほんとは心配なんでしょ? 野菜、切れてないよ」
手元を見ると、四等分するはずのキャベツが全然切れてなかった。
未練タラタラかよと二度目のツッコミを入れつつ、包丁を置く。
「行くか」
「珍しく素直だね」
「アホか。俺ァいつだって自分に正直だっつーの」
両手をポケットに突っ込み、砂浜のうえを歩く。波打ち際で遊んでいる子供が砂に手をつき、波が帰っていく時の感触に「おっひょお”お”ぉお”~」と変な震え声をあげ、近くに座っている母親に叱られていた。
幸い、鷹宮はすぐに見つかった。向こうから歩いてくる姿が見えたのだ。
しかし男が3人ほどついてきている。またナンパでもされたのだろうか。
助けるべきだろうか? と、そんな問いを自分に投げかけ、その行為自体に恥を覚えた。確かに俺は鷹宮と絶縁になったも同然だが、それが彼女を助けない理由にはならない。
親父から借りたサングラスをかけて歩み寄り、声をかける。
「うぃ~っす天音ちゃん、ソイツらお友達ぃ? なになに、俺のことハブにして水くせぇじゃ~ん」
名づけて「美人がいたから声をかけたら、連れの男がチャラくてウザい」作戦である。狙い通り、俺に肩を組まれた背の低い男は、
「え、い、いや~、どうなんすかねえ……」
と、明らかにへっぴり腰になっている。
俺は男に囲まれている鷹宮に改めて目を向けた。
「で、コイツらマジで誰? ナンパ?」
「いや、ナンパっていうか……」
鷹宮は所在なさげに視線をさ迷わせている。すると、
「よお、久しぶりだな。笠井」
「アァン?」
そこにいたのは筋肉質な男だった。
野性味の溢れるワイルドな顔つきで、荒っぽい男が好きなビキニのネーチャンたちからモテそうな、いわゆるチョイワル系。好戦的な目が俺のことを睨みつけている。
見たことあるな……というか知ってる奴じゃねえか。
「チッ……里崎じゃねえか」
「おーおー、人の顔見て舌打ちとは流石ッスね~、”皇帝陛下”はよお!」
「皇帝陛下ァ?」
いきなり謎の綽名で呼ばれて困惑する俺。
「そういや面と向かって言ったこと無かったっけな? 練習でも試合でも偉そうにふんぞり返って、反抗すれば容赦なくシゴキ加える傍若無人っぷり……誰が言い始めたかは知らねえが、テメエ以外全員知ってるよ」
「ふうん……」
完全な初耳だ。
にしても皇帝陛下ねえ……どっかのバレー系ジャンプ漫画の某山某雄みたいな綽名だな。
「皇帝陛下……悪くねえ二つ名だな」
「……お前、中学から思ってたけど、やっぱ変な奴だな」
里崎は理解できないとでも言うかのように首を振った。
とそこで、横からひょこっと3人目の男が顔を出した。
「おっすヒロ、久しぶり」
「――カジじゃねえか!」
中学時代の野暮ったい感じはどこへやら、今風に容姿を整えたカジもとい梶山を見て、懐かしさが湧く。
「お前、里崎と同じ高校行ったんだっけ?」
「そうそう、藤沢桜華。サッカー強いからさ。……ところで、そちらは友達?」
カジがカオルを指さして尋ねる。
「ヒロの高校の友達のカオルです。よろしくね」
「梶山で~っす。よろしくな。……にしてもあのヒロに友達がなあ」
「どういうことだよオイ」
「だってよお、サッカー辞めた後のヒロってば見てらんなかったからなあ。それなのにこうして友達つくって、しかも海に来ちまうなんて……ほんと立ち直れてよかったよ。良い友達できたんだなあって」
「あはは、それは僕が友達になったからじゃなくてゲームを」
「そうそうカオルが友達になってくれたからマジで助かったわほんとに」
「部活辞めて辛かったけどネトゲと出会って完全復活しました(^_^)v」などとはとても言えない。それを理由とするには、ネトゲで出会った嫁とリアル合体するくらいのサクセスストーリー付きじゃないと厳しいだろう。俺のメンタルを安く見られるのは非常に困る。
カオルにかけていたヘッドロックを解くと、不愉快そうな表情を浮かべた里崎が、
「お前、中学時代にあんなザマ晒しといて、まだ鷹宮とつるんでんのか?」
「アァ? んだよテメー藪から棒によ」
俺が顔を近づけてガンくれてやると、里崎も受けて立つと言わんばかりに目を合わせて睨みつけてくる。中学時代は俺よりも5センチくらい低かった奴の背丈だが、今はほぼ同じ目線だった。
里崎は続ける。
「別に? よくもまあ太平の世を練り歩くみてえな顔で生きてるなって思ってよ」
「……お前、そんなこと言うために来たのか?」
鷹宮に目を向けると、呆れたように首を横に振った。そして、俺の耳元へ口を近づけ、
「なんか、アタシのこと誘ってきたから断ったら、怒り始めたんだよね」
……ハハァン、繋がった気がするぞ?
コイツが中学の時から鷹宮に好意を持っていたのは知っていた。鷹宮は気づいていないようだったが。
別々の高校に入学してからもう会えないものと半ば諦めていたところを、偶然にも海で鉢合わせたものから、また昔日の淡い恋心を思い出し、アプローチをかけたのだろう。
それを無下にあしらわれてプライドが傷つき、あまつさえ俺と一緒に海に来ているなんて聞いたもんだから、俺に八つ当たりをしに来た。
そんなところだろう。
――ならば好都合っ!
俺は殊更馬鹿にしたような嘲笑を浮かべた。
「リョーヘーちゃんよォ~。だいちゅきな女の子にフラれちゃったからって、無関係の俺に八つ当たりでちゅか~? はじゅかちいでちゅね~。俺だったらお天道様どころかそこらへんのフナ虫にも顔向けできねぇなァ~?」
「っ……テンメェ……ッ!!!」
ブチギレた里崎が右ストレートをぶっ放してきたが、それを左手で受け止める。
「おいおい、こんなパブリックスペースで暴力たァ感心しねえなあ。俺らの間だろ? 決着のつけ方は一つしかねえよなぁ」
「んだと?」
里崎の力が緩んだので手を離す。
俺は右手の人差し指をたて、高々と叫んだ。
俺も里崎に思うところがないわけではない。この機会を利用して、多少はスカッとさせていただこうじゃないの。
「ビーチサッカーで勝負じゃオラアアァァァァァ!!!」
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