26
「やっぱ鷹宮か……久しぶり。髪、染めたんだな」
里崎は照れたように頭をかきながら言った。
「久しぶり。里崎は変わんないね」
「そうか? 背伸びたし筋肉もついたと思うんだけどなあ……」
里崎は自分の身体をペタペタ触って首をかしげているが、正直中学時代との違いはよく分からなかった。
「なあ
「ん? ああ。中学の同級生な」
「へえ~……」
彼の隣にいた小柄な男子がそう言って、アタシをジロジロ見てくる。今までに何回も経験した視線だけど、正直あまり慣れない。
「鷹宮は友達と海に来たのか?」
「うん、クラスメイトと。そっちも?」
「こっちもクラス会みたいなもんでよ」
「どうも」
と、女子二人が会釈してきたので返す。挨拶も終わったので飲み物のセレクションに戻ろうとするが、里崎たちは去ろうとしない。
「どうしたの?」
「いや……せっかくここで会ったんだしさ、ちょっとこっちに顔出していかね?
「はあ? めんどいんだけど」
「いいじゃねえかそんくらい。すぐ終わるしさ」
「いやダルいから」
誰が里崎と同じ高校に行ったかなんてもうあまり覚えていなし、そんなに仲良くしていた人間がいた記憶もない。顔を合わせたところでお互い「え、誰だっけ?」となるのがオチではないか。
そんなことを考えて固辞していると、女子の一人がこっちを睨んできた。
「ねえ、リョーヘイが頼んでるんだからさ、ちょっとは顔貸してくれてもいーんじゃないの?」
「は、なに?」
こっちは普通に見返しただけだったけど、その女子は「ひっ」と小さく漏らして里崎の後ろに隠れた。
「ちょ、ちょっと言っただけじゃん。なにマジギレしてんの……」
「なにあの顔……コワすぎ……」
別に、脅かしたつもりなんて全くなかったんだけど……。
里崎の後ろでブルブルしている女子二人の様子を見たら、断り続けるのも馬鹿らしくなってきた。
「はあ……いいよ。少しだけなら」
「マジ? 助かる」
気のせいか、小さくガッツポーズをした里崎に先導されて歩く。
アタシたちのパラソルからはだいぶ離れたところの一画まで行ったところで、里崎が集団に向かって手を挙げた。
「戻ったわ~」
「結構時間かかったなあ。トイレ?」
「ちげえよ。珍しい奴に遭ってさ」
「あぁ?」
里崎に声をかけていた男子が、後ろにいるアタシに目を止めると、眠たそうな目を開いた。
「……もしかして、鷹宮?」
「うん……」
「えー、うわあマジかあ。なんかめっちゃ久々」
男子は照れるように前髪をいじり始める。
対するアタシはといえば、この男子が誰なのか、必死に思い出しているところだった。ヤバい、全然記憶にない……仲良くない人にはあまり興味を持っていなかったのが災いした。
やっぱり来なければ良かったかな。
「あ、俺のこと誰だか分かんない?」
するとその男子からクリティカルな疑問が出てきたので、思わず「うっ」と低い声を出してしまった。
怒ったかな、と思ったが、男子は「俺イメチェンしたからなあ」とあっけらかんと言い、
「俺、
「ボランチ……あ、あぁ!」
思い出した。中学時代はスポーツ刈りだったのに、今風のセンターパートになっているから気づかなかった。
梶山はヒロと比較的仲の良い部員だったはず。
「なんか雰囲気変わったね」
「まあ、彼女から言われてな。伸ばしてみたんだ」
「へえ~、彼女できたんだ。すごいじゃん」
「そう言う鷹宮はどうなんだよ」
「アタシはいないよ」
「じゃなくて、ヒロと」
「は、はあ!?」
どうして今ヒロが出てくるのか。
梶山は心なしかニヤリと笑っている。
「高校上がってちゃんと仲直りできたのか?」
「……それは……」
アタシが微妙な顔をしたのを察したのか、
「あ、マジ? そっかあ……なんかすまん」
「いや、謝ることないし……」
梶山は人間関係について人よりも聡い部分がある。だから、自分にも他人にも厳しかった頃のヒロとも、上手くやっていた。そんなことを思い出した。
彼がヒロを支えていた部分が大いにあったんだろう。
「笠井――アイツサッカーやってんの?」
と、横合いから里崎が声をかけてくる。
「ううん、やってない」
「ふうん。……ま、あんなことしといて、今更どのツラさげてサッカーできんだって話だけどな」
粘ついた笑みを浮かべて喋る里崎を見て、思わず背筋がゾっとした。
「リョーヘイ、もう過ぎた話じゃねえか」
「過ぎた、で済む話じゃねえだろうがありゃあ。全く……あんなやつのせいで中学三年間棒に振っちまったこっちの身になれっての。なあ?」
近くにいた男子に同意を求めるように言うと、「あーアイツのこと? 確かに今でもイラつくことはあるよなあ」とうなずいた。彼も元四中のサッカー部だったらしい。
「鷹宮もムカつくよな? あんだけデカい態度とっといてさ、最後のPK外しやがって。俺らだけじゃない、先輩たちもどんな思いでシゴキを耐えてきたと思ってんだよ」
激高する里崎を見て、やっとアタシは思い出した。
『――ああ、アイツマジでウザかったわ。先輩方にも生意気な態度とってたしさ。なんか勘違いして熱血入っててぶっちゃけ寒かったわ』
里崎はヒロを信じて一生懸命に練習に打ち込んでいた。厳しいシゴキにも耐えていたのだ。だからこそ、ヒロがPKを外して負けたことに対する怒りや恨みは人一倍強いのだろう。
その感情を2年以上持ち続けていたことは流石に予想外だったけど。
「いやでも、ヒロにはヒロなりの理由があったんじゃないの?」
「あったとこで他人に無理くり押し付けてちゃ世話ねえって」
「……アタシのこと連れてきたのって、ヒロの陰口叩くためだったの?」
「いや……そうじゃねえっつうか」
声を低くして聞くと、里崎ははっきりしないことを言う。それを聞いているとつい苛立ちが募ってしまう。
「はっきり言えよ。もう戻っていい?」
「いや……あのさ、連絡先交換しね?」
「はあ?」
「ここで会ったのも何かの縁じゃん? 中学ん時鷹宮ラインやってなかっただろ? だからさ」
確かにアタシは中学時代、周りの人にラインやってないことをことあるごとに言い触らしていた。けどそれは、今の里崎みたいに連絡先を聞いてくる男子をあしらうための言い訳で、ライン自体は登録していた。
「意味なくない? 交換しても」
「そんなことねえって。サッカー部の集まりとかあるかもしれないだろ? その時連絡できないと呼べないじゃん」
「そんなん梶山経由で声かければいいじゃん。アタシとヒロに」
「っ……今笠井は関係ねえだろ」
里崎にとって笠井が地雷のような扱いになっていることはなんとなく察していた。だから半分は意図的にヒロの名前を出したところ、想定以上に効果があったようだ。里崎の顔が複雑に歪められている。いい気味だ。
「っ! もしかして……今日、アイツと来てんのか?」
ふと、里崎が何かに気づいたように、目を見開いた。
アイツとはヒロのことだろう。
「そうだけど、だったら何?」
「っ…………」
里崎は、自分の内面で何かと葛藤したように見えた。それから「ふう」とため息をつき、
「ちょうどいいわ。挨拶しに行くから、俺らもつれてけ」
「はあ? ダメに決まってんじゃん」
「――連れてけよ」
里崎が手を伸ばし、アタシの肩を掴んだ。
凛音や綾香とは違う、蛇を思わせるようなざらついた手のひらの感触。
本能的な恐怖を覚えた。男はヒロの手しか握ったことがなかったけど、それとは全然違う。
「っ、離せよ……!」
気丈に振り払おうとしたが、声が上ずった。それに気をよくしたのか、里崎は引きつった笑みを浮かべた。
「いいから連れてけよ。面倒なことになりたくないだろ?」
「……なにそれ、脅しのつもり?」
「声、弱くなってんぜ?」
言葉に詰まった。
悔しいが、アタシは里崎に対して本能的に恐怖を覚えていたのだ。
さっき偉そうに啖呵を切っておいて情けないことだが、男性に対して免疫のないことが災いしてしまった。
――助けて、ヒロ。
本能的に、そう思ってしまった。
「……こっち」
ああ。
やっぱり、アタシは何も変わってないんだ。
小さい頃の、身体が弱くて泣き虫で、どこに行ってもヒロに引っ付いていないとダメな、アタシのまま。
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