23
「……怖かったんだよ。こんなクソみたいな理由をお前に知られることが。こんな理由でサッカー辞めたなんて言ったら、どう思われちまうか。馬鹿にされるだけならいいけど……絶交されるんじゃないか、って気が気じゃなかった。14年間一緒にいても、別れは一瞬でやってくるかもしれない。昨日までなんだかんだでちょっとは雑談してたのに、今日からはもう口をきいてもらえなくなるかもしれない。そう思うとダメだった。……正直、サッカー部の奴らになんて思われるかなんて……それに比べればどうってことなかったよ」
言葉が喉に引っかかって、思うように出せなくなってきた。
鼻の奥が、蜂に刺されたかのように傷んだ。
こんな醜態を晒すつもりはなかったのだが。
「お前に縁切られて……もう二度と関われなくなると思うと、もう駄目だった。絶対にバレたくないって醜い考えが浮かんできて……ひた隠しにしてた。そしたら、お前の態度が変わり始めて、嫌われるようになった」
「……それは、アタシも悪かったと思ってる。サッカーやってるヒロが好きだったから、急に辞めちゃって、自分でもどうすればいいかわかんなかったんだと思う。キツイ言葉で発破かければ、きっとまたサッカーやってくれるって思って……。アタシの勝手なわがままで傷つけちゃって、ごめん」
と言って、殊勝に頭を下げる鷹宮。
そんな様を見て、俺たちは今まで平行線の人生を辿ってきてしまっていたんだな、と今更ながらに気づいた。一応は同じ中学を卒業して同じ高校に進学したというのに、これでも小さい頃は仲が良かったというのに、鷹宮は俺の気持ちを知らず、俺も鷹宮の気持ちが分からないのだった。
「……違ぇよ、鷹宮。全然、違う」
俺は無様な笑みを浮かべた。
「俺は――心の底で、安心してたんだよ。こんな俺でも、お前は見捨てないでいてくれるんだって……罵声を浴びせられようが、睨まれようが、縁は切らないでいてくれるんだって……。カッコよくなくても、ヒーローじゃなくなっても、兄貴みたいになれなくっても、お前はなんだかんだで俺の近くにいてくれるんだって、思っちまったんだよ。……お前は覚えてねえかもしれないけど、小学校6年生の時にさ。俺が初めてトレセンに選ばれたとき、言ってくれたんだよ。『すごいね、カッコイイね』って。俺はこんな性格だから、すぐに図に乗ったよ。サッカーやってる俺はカッコイイんだって。すごいんだって。……お前の隣にいても、恥ずかしくないんだって」
「……うん、覚えてる。いや、最初に言ったのがいつかは覚えてないけど、たぶん、アタシは事あるごとに言ってた。でも、なんでそんなことを」
「んなもん、好きだったからに決まってんだろうが」
「…………え?」
「あの時はまだ自覚してなかったけど、今思い返すと完全に好きだったんだよ、鷹宮のことが。だからカッコいいなんて言われるたびに有頂天になって、『サッカーやってれば俺は鷹宮の隣にいられる』なんてこと考えてた。……いつか俺が告白して鷹宮が受け入れてくれて、そんで結婚しちゃうかもなんて思ってたよ。だから、それができなくなった時、俺の初恋は終わったと思った。お前はどんどん綺麗になって、男子なら誰でも気を惹かれる学校一の美人になった。……俺はといえば、毎日をダラダラ惰性で生きてるモブAになった。終わったと思った。完全に。でも、鷹宮の寛容さに甘えて、今までズルズルこんな関係を続けてきた。罵倒されたり無視されたり、そんな扱いをされることに対して、表面上では不満げにしていても、心の底で安堵の息をついていた。……そんな卑怯者が……中2から今までの俺だよ」
言葉を切った時、鷹宮は顔をうつむけていた。
うつむけて、肩を震わせていた。
泣いているのだろうか。
「……どうして」
かすれた声が聞こえた。
「どうして、アタシのこと信じてくれなかったの」
「……ごめん」
「幼なじみじゃん……アタシたち。ずっと、一緒にいたじゃん。お互い思ってることとかぶつけ合って、喧嘩もしたことあったじゃん。隠し事なんてなかったじゃん。なんで……」
「全部、俺のくだらないプライドのせいだ。恋心なんて知られたくなかったけど、鷹宮にふさわしい奴になりたかった。でもなれなかった、それでいてお前は俺を見捨てないでいてくれた。罵倒しながらも、諦めないでいてくれた」
「……そう」
鷹宮はフラフラとその場から歩き出し、道路の塀に背中を預けるようにしてうずくまった。
「……ごめん。ちょっと、無理かも」
「……ああ」
俺は相槌を打った。
「みんなご飯行ったから、追いかけないといけないんだけど……」
「ああ。……俺は、帰るよ」
「……ごめん」
「鷹宮が謝ることねえよ」
俺は、うずくまる鷹宮の肩に手を置こうとして、やめた。そのまま背を向け、皆が向かったのとは反対方向へと踵を返し、歩き始めた。
清々しい気持ちだった。これまで抱えてきたものを一気に吐き出せたという実感があった。
しかし、やっぱりいい気分にはならなかった。
* * *
コンクリート塀のザラザラした感触が、ワイシャツを通して背中へと伝わってくる。
もう陽はすっかり沈み、夜の帳が辺り一帯を包み込み始めている。
星明かりを街灯の光が切り裂くように走る中、アタシは
ヒロから聞かされた話は、アタシの脳が処理するにはあまりにも情報量が多すぎた。
ヒロがサッカーを辞めたのは、部員たちがヒロをウザがっていたから。
アタシがキツイことをいくら言っても怒らなかったのは、アタシから見放されていないのだと歪んだ解釈をして、安堵していたから。
ヒロがサッカーを頑張っていたのは――アタシのことが、好きだったから。
すべてが初耳だった。怒るとか呆れるとか、そんな感情を覚えるレベルにすら至っていない。まずはその事実をしっかり自分の胸に落とし込まなければならない、と理性が言っている。
しかし。
「……ヒロ、アタシのこと好きだったんだ」
さっきからそれしか頭に浮かんでこない。過去形のような言い方だったけれど、そんな時代があったことに正直とても驚いた。
そして多分、嬉しい、と思ってしまった。両想いだったんだ、と。両想いのまま、終わってしまったんだ、と。
時間が巻き戻ってくれればいいのに、と思った。そしたら、アタシからでも告白して、付き合っていたのに。そしたら、こんな風にこじれて面倒くさくなったりしなかったのに。
サッカーやってなくても、きっと好きで入れたのに。
アタシたちは、中学2年生の時から、ボタンを掛け違えたみたいに、少しずつすれ違っていってしまったのだろうか。
それとも、ずっと前から?
ヒロの話を聞いて、アタシは悔しさを感じた。
一番近い距離に――それこそ、家族よりも近い距離にいながら、彼の挫折に気が付けず、あまつさえ絶望の淵にいた彼に対して、自分の感情のままにつれなく接してしまった悔しさ。ヒロは、それでもありがたかったなんて言ってたけど、アタシは自分のことが許せない。
できることなら、中学の頃にタイムスリップして、――背も伸びて、病気もしなくなって、男子たちからチヤホヤされるくらいのルックスに成長して、馬鹿みたいに天狗になっていた自分を殴りたい。
本気で。
グーで。
「はあ~あ。どうしよ、アタシ。もう逆転の芽ないじゃん」
アタシの初恋って、気が付いたら
「あ……」
涙が出てくる。拭っても拭っても、責め苛むように涙があふれてきた。
それを止める術を、アタシは持っていなかった。
その日、アタシはデュナミスオンラインにログインした。
地蔵さんは、オフライン状態だった。
それが、海に行く日まで続いた。
アタシとヒロは、その間一度も、口をきかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます