20
「っしゃオラアアァァァ!!」
マウンテンゴリラのような雄たけびを上げて拳を握り締める山本。それから、握り締めた拳を俺に突き出してくる。
「ナイッシュー」
「ウェ~イ」
俺が拳を突き出して応えると、今度はナオヤに向かって同じように拳を突き出した。「え、えっと、ナ~イス」「サンキュー」と、陽キャと陰キャの異文化コミュニケーションが3秒程度で終わる。
「張り切ってるね~、山本」
「アイツ、勝負事好きだからな。中学ん時から」
山本は観戦中の女性陣にも高々とアピールするが、向こうは向こうでおしゃべりに夢中らしく、誰もコッチを見ていない。
……いや、正確には一人だけいた。
ベンチに監督のようにどっかりと座り込んで腕を組み、目に妙な光を帯びた鷹宮だけはガールズトークに加わらず、ずっと試合を観ている。
というか俺の動きを見ている。一挙手一投足を見逃さないとでも言わんばかりに。
やりづれえ……。見世物小屋の猿になった気分だ。
「まだ1点取られただけだし、頑張ろうよ、中島」
「……ああ」
「それな~。カオルいいこと言うじゃん!」
そして、中島がドリブルを始め、再び試合が始まる。
* * *
数年ぶりにヒロがサッカーしている姿を見ている。
やっぱり良いなあって思う。しっくりくるというか、本来あるべき姿っていうか。それはアタシの勝手な願望に過ぎないんだけど、サッカーやってるヒロはやっぱりカッコイイ。
中島がドリブルを始めたところに、ヒロが立ちふさがる。
「ヨウジいっけえー!」
同じクラスの水橋が中島に声援を送るが、アタシにはこのマッチアップの結果は目に見えていた。
中島がパスを出すそぶりをする。ヒロもそちらへ身体を入れるように動く。
が、フェイント。中島が素早く切り返して逆をついた。
完全に抜き去ったように見えたが、ヒロがものすごい反応速度で対応し、中島からボールを奪った。そしてスペースへキラーパスを出すと、運動神経抜群の山本が反応してまたゴールネットが揺れる。
「ウッヒョオオオオオオオ!!!」
山本のバカみたいな雄たけびが響き渡る。
さっきまで興味無さそうにスマホをいじって駄弁っていた凛音と綾香も試合にくぎ付けになっている。もちろん、山本のゴールに目を奪われているからじゃない。
「……笠井、上手くない?」
普段クールな綾香が漏らしたその言葉に、少なくない驚きの感情が含まれており、思わず優越感に浸ってしまう。
そうだ、ヒロはすごいんたぞ、と。
「あ~、ね。笠井って中学まで部活やってたからさ」
と、中学が同じ凛音がフォローを入れる。
「え、マジ? あんな上手いんだったら高校でもやってるもんじゃねーの?」
「ウチもそこ謎なんよね~。あ、天音は何か知らないの?」
「え?」
思わぬキラーパスに一瞬動揺してしまう。
凛音には、アタシとヒロが幼なじみであることは知られているけど、なるべく他の人には言わないようにお願いしている。もしかしてそれを忘れてしまっているだろうか。
しかし、その心配は杞憂だった。
「や、天音もオナチューじゃん? なんか聞いてないの?」
「ああ、天音も四中だったんだっけ」
「……うん、そうだけど」
でも。
「――アタシも、知らない」
これは本当のことだった。ヒロがなんでサッカー部を辞めたのか、アタシは知らない。
幼なじみなのに。
家族と同じくらい近い距離にいたのに。
それが未だに歯がゆかった。
「天音も知らないんだ。なんでだろ」
「さーねー。笠井、その辺あんま喋んなさそーだしさ。……でもでもぉ、サッカーやってる笠井って、なんかカッコよくなーい?」
「あ~、ね。分かるわ。いつもフラフラしてて意味わかんねー奴だと思ってたけど、こうビッとしてるとこ見ると、ギャップ萌え的な?」
「え~そーぉ?」
凛音と綾香がヒロの話題で盛り上がっていると、キョーカが甘ったるい声を出しながら会話に混ざってきた。
「確かにサッカーはうまいけどさ~、イマイチ顔がパっとしなくね?」
「キョーカ面食いだもんね~」
と凛音が言う。
「でも顔イマイチでもよくね? むしろ彼氏にするなら安心感あるわ」
「いやいや、ナシでしょあれは。どーせ性格もキモくてウジウジしてて陰気くさいんじゃないのぉ? あ、そうそう、この前ヨージと買い物してたらさぁ」
「――それは言い過ぎでしょ」
気が付くと、私はそう言ってキョーカをにらんでいた。
「え? な……なに急に?」
「笠井は確かに陰気でパッとしないけどさ、そこまで言うことなくない?」
「う、でも――」
「それともなに?
「は、はぁ!? 何よそれ! あたしだって――」
「はいはいはいはいストーップ」
アタシとキョーカがヒートアップしかけたところに、凛音が割って入る。
「二人とも今は落ち着いて。喧嘩なら後でしな? ね?」
「別に喧嘩ってわけじゃ……」
「フン」
キョーカは不機嫌そうに鼻を鳴らしてスマホをいじり始める。
「……ごめん」
蚊の鳴くような声で謝ると、「いーよいーよ」と凛音はニコッと笑った。そしてアタシの耳元へ顔を近づけてきた。
「大好きな幼なじみが悪いように言われるの、やだもんね?」
「――ッ! そ、そんなんじゃないから! 違うから!」
「天音、顔赤いよ? 大丈夫? 今日暑いし」
100%善意の綾香の言葉に、余計に顔が火照ってしまい、ペットボトルの飲料をぐいっと飲む。
コートでは岸谷がシュートを決めてガッツポーズをしている。中島と吉崎がそこに駆け寄っていってハイタッチをしている。すごく楽しそう。
ヒロはというと、山本と一緒に「ムッキャーーー!!」とか叫んで地団太を踏んでいる。
変わらないなあ、ああいう負けず嫌いなところ。最近はちょっとスレてるところが目立ってきてるけど、根っこの子供っぽいところは変わってない。
そうだ。ヒロは変わってない。今日サッカーやってるとこを見て強く感じさせられる。
――アタシだけ変わっちゃったのかなあ。
こっちだけが変わってしまったのか。思春期を経て、自分に対する認識と、相手との距離感の測り方に難しさを覚えたのは、アタシだけなんだろうか。
そんなことを考えて、ふと寂しくなった。
……テントンテン、とアラームが鳴った。
「あ、終わりだ」
綾香がスマホを見て、「はーい試合しゅうりょー!」と、コートの男子たちに向かって叫びかける。
* * *
「っかあ~疲れた~。んで何対何よ?」
スクールバッグから取り出したタオルで汗を拭く山本に、池田が「6対5で中島チームの勝ち」と言った。
「マジかよ! 俺めっちゃ決めたのにぃ~!」
「山本攻撃ばっか参加しててディフェンスサボりまくってたじゃん」
「てかヒロめっちゃサッカーうまくね!? やってたん?」
と、山本が悔しがりながらこちらへ話しかけてくる。さっきの試合を通じて気に入られたのか、「ヒロ」というニックネームで呼ばれたな。ドキッとしたけど、陽キャはこうやって仲良くなっていくんだろうな。
「ああ、まあ。やってたよ、中学まで」
「へえ~、なんかもったいねえなあ。続けりゃよかったのに」
「マジそれな」
岸谷が山本に同意する。
「いろいろあんだよ、俺にも」
「んなこと言ってもなあ……うちのサッカー部今部員募集中でよ、途中入部でも大歓迎だからさ、な? 見学でもいいから来てくれや!」
そう言って肩を組んでくる岸谷。汗まみれでワイシャツもビッチョリしてるし、正直言ってかなりウザったい。
「ええ~でもぉ~、ウチサッカーはもうやらないってゆーかぁ~?」
「洋二からも何か言ってくれよ!」
そう言われ、制汗シートで身体を拭っていた中島がこっちを見る。
「ああ、そうそう。その件で笠井に一つ聞きたいことあったんだわ」
「んだよ」
「お前、神奈川四中の元10番だろ?」
「……だったらなんだよ」
思ったより低い声が、自分の口から出る。しかし中島は全く怯まなかった。
「驚いたよ。『消えたエース』がまさかこんな高校にいたなんてな」
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