19
「夏休みだぁ―――――――!!」
テンションの高い岸谷の雄たけびが教室にこだまし、「岸谷うっさい」というツッコミが女子の誰かから巻き上がると、クスクスと笑う声がそこかしこから聞こえてきた。
担任の
「テンション高いねえ、岸谷」
「ああ、でも気持ちわかるわ。夏休みだもん」
ナオヤが同調するように言う。俺も赤べこのように頷き、
「まあな、サマーバケーションだもんな。俺だってここが学校でさえ無ければ、今すぐ奇声あげながら走り回りたいくらいだわ」
「それもそれでどうかと思うけど……あ、ねえ、二人はさ、この後予定ある?」
「俺は特にないけど。ヒロは?」
「強いて言えばゲームかなあ」
「暇ってことだね。じゃあさ、どっか遊びに行こうよ。ボーリングでもカラオケでも」
「お、いいねえ行くか」
「どっちでもいいぜ。両方やるか」
夏休み前最終登校日というどことなく特別感のある日、きっと他のクラスメイトたちも打ち上げなんかに興じるのだろう。
俺の目は無意識に、教室内でひときわ輝きを放っている集団へと向いた。
「ねね、この後どこいこっか」
陽気なブラジル人留学生・RIO改め石川が、一同を見回してそう言う。
「んー、ファミレスで軽くご飯食べる?」と池田。
「それもいーけどさー、なんか遊んでこーよ」
「じゃあボーリングとか行く?」
と、この間水着ショップで鉢合わせた水橋の提案に対する賛成の票が集まった。あの集団はボーリングへ行くようだ。
「なあ、ボーリングやめてカラオケだけにしようや」
「だね。鉢合わせるのも気まずいし」
と、俺と同じく話を盗み聞きしていたらしいカオルがうなずく。
「カオルも向こう混ざっていいんだぜ?」
カオルは交友関係が広い。それを考慮したのだが、カオルはにっこりと笑い、
「いいよ。ヒロとナオヤといた方が楽しいと思うし」
「おお……ナオヤ、どう思う?」
「爽やかすぎて殺したい」
「だよな」
「いいこと言ったと思うんだけどなあ」
***
カラオケで喉が擦り切れるくらい歌い、店を出るともう午後6時を回っていた。
「まだ明るいから5時くらいだと思ってたけど、もうこんな時間かよ」
「もう夏だしね」
時計を見ながらぶつくさ言うナオヤに、カオルが相槌をうつ。
「どうする? もう帰る?」
「まあ……歩くか」
カラオケ屋の出入り口は緩く傾斜のついた坂に面している。
「どっち行く? 上り? 下り?」
「人生どこまでも上がってくっきゃねえだろ」
「いや、俺は大人の階段のぼるくらいなら一生17歳でいたいわ」
多数決の結果、下り坂の方を歩いていくことになった。車道沿いにプランターが並べられている道路が、なんだか明日からの夏休みを予感させるようだった。
3人ともこのあたりの土地勘はない。
コンビニや看板の古びた酒屋、駅の入り口なんかが並んでいるのを見ながらしばらく歩いていると、建物が開け、対面の道路側に広い公園が現れた。
広い芝生に点々と伸びた木。
その間を通る散歩道が、俺たちが歩いている道路から枝分かれするように伸びていた。
「こんなとこに公園あったんだ」
「広いな」
「広いねえ」
「ちょっと見てくか」
ジョギング中の男女や、部活終わりらしい中高生と時折すれ違う。
「さっきから気になってたんだけどさ、ここってサッカーコートあるんだね」
「……ああ」
カオルの言う通り、公園の中央部らしき場所に、小学生向けの小さめのサッカーコートがあり、散歩道は、それを取り巻くようにぐるりと回っていた。他にもバスケのコートやテニス場なんかもあって、総合運動公園的な場所なのかな、と適当に見当をつけながらぶらぶらする。
「誰かやってるみたいだね」
「だな。……ってかあれ、ウチの生徒じゃね?」
とナオヤ。
「え、ほんと? ……ほんとだ。というか、中島じゃないあれ?」
そんな馬鹿な、と思いながら二人の視線の先を追うと、ゆっくりと傾く太陽の下、ところどころに芝の剥がれたコートの上を、制服姿のまま走り回る破天荒男どもがいる。
散歩道からコートへと入ると、そのうちの一人は確かに中島だった。というか残りもどっかで見たことのある顔だった。
俺たちが近づくと、そのうちの一人――岸谷がこちらに気が付き、
「あれ、カオルじゃね!?」
とよく通る声で言い、走り寄ってくる。
「や、
「どしたん、こんなとこ来て」
「そこのカラオケ屋にいてさ。まだ明るいし、散歩してた」
「っかあ~青春だね~!」
わざとらしく顔に手を当てて天を仰ぐ岸谷。
「優成たちこそ、ここで何やってるの?」
「ああ、俺らもボーリング行った帰りなんだけどさ。ここたまにみんなで来てんのよ。道具借りて遊べっから。で、明日から夏休みだから、せっかくだし行くべってなって」
「そーそー、ウチらもなんか付き合わされちゃってさ」
ん? ……気のせいか女性の声がしたな。
空耳かなと思っていると、俺たちの立っている反対側の方から、見覚えのある黒ギャルが歩いてきた。
「あれ、石川たちも来てたんだ」
「うん、コイツらに連れまわされてさー」
と言って呆れたように笑いながら岸谷の肩に手をかける。それを見た陰キャの俺は、イマドキの若い男女ってこんな簡単にスキンシップしちゃうんだとタジタジになった。
――待てよ。
石川と中島がいるということは、だ。魚のいる場所にホオジロザメがいるのと同じ道理で、この場にはアイツがいるのではないか。
「ねえ、もう帰りたいんだけど」
バリバリ聞いた覚えのあるアルトが聞こえてきた。
言うまでもなく鷹宮の声だった。
「あれ、吉崎じゃん」
彼女の隣に立っている池田が無感動に言うと、鷹宮もそれを認めて少し驚いたように目を開いたが、隣で幽霊のように立っている俺を横目で見ると、わざとらしく目を背けた。
「てか、もうこんな時間じゃん。どうする?」
とスマホを見ていた石川が言った。
「え、マジ? ……うっわーもうこんな時間かよ! 洋二~飯でも食い行く?」
岸谷に言われた中島は、しかし返事をしない。
さっきからずっと一点を見つめたまま微動だにしない。
というか俺をじっと見つめ続けている。
なぜ彼は俺にガンを飛ばし続けているのだろうか。俺のことが好きなのだろうか。ならば俺はちゃんとお断りすべきなのだろうか?
「なあ、洋二~」
「――いいこと思いついた」
中島が呟く。
「アァン? んだよいいことって――」
「笠井。混ざれよ、俺らに」
「は?」
「一緒にサッカーやろうぜ」
中島が、足元で転がしていたサッカーボールをリフトアップで浮かせ、それから蹴ったボールがちょうど胸へ飛んできたのでキャッチした。
それは白と黒の六角形で模様づけられた、よくある五号球だった。ところどころ皮が剥げ、中のゴムがたんこぶのようにはみ出ているのが痛々しい。
「……なに? 大空翼クンの物真似かよ?」
「たまたまここで合流したのも何かの縁で、明日から夏休みだから、俺らもしばらく顔合わせねえ。それじゃ寂しいだろ?」
と言って、中島はニヤリと笑った。
しかしその手には乗らない。
「じゃあさ、今からクラブでも行かねえ? んで朝までパーリナイしてさ、サイコーのロンバケキメちゃおうぜ」
「俺たち高校生だろ。もっと健全にスポーツしようぜ」
「……」
中島はなおも薄笑いを崩さない。
「……お前」
「まあいんじゃね~? もうワンゲームくらいやろうや」
「だな。やろうぜ」
「うん。僕らも混ざるよ」
カオルもストレッチを始めてしまったし、ナオヤはナオヤで「ここで参加せずに帰ったら夏休み明け最速でいじめの標的になる……」とか呟いて、リュックサックをコートそばのベンチに置きやがる。
俺だけが断れる雰囲気でも無くなってしまった。
「……分かったよ。やりゃあいんだろやりゃあ」
俺が手に持っていたボールを中島へ投げ返すと、彼は華麗に太ももで受け止め、足の甲で勢いを殺し、空から降って来た女の子のようにふわりとボールを着地させた。
「そうこなくっちゃな。あと、ボール君は手で触られるのを嫌がるから、気をつけろよ」
「うるせえよ」
チーム分けの結果、俺と野球部の山本とナオヤ、中島とカオルと岸谷というメンバーに分かれた。顔面偏差値では圧倒的に負けているので、逆に絶対に負けてたまるかとプライドが燃え上がり始めている。
3人対3人で、時間は5分。シュートはガンバのガチャピンみたいなコロコロシュートのみが認められて、負けた方が勝った方にこの後の夕飯を奢るという内容である。
小学生用のゴールを動かし、狭いコートを作った後、荷物を置いて準備していると、何やらそわそわしている鷹宮が話しかけてきた。
「ねえ」
「……んだよ」
「ちゃんとやってよね」
「なんでお前がそんなこと言ってくんだよ。彼女か?」
「彼女じゃないし。……仮にも幼なじみがダサいとこ見せんのは嫌なの」
「そんな重大なモンじゃねえだろ。遊びじゃん、あ・そ・び。イチイチアツくなってる方がダセエって」
「そんなこと言ってる方がダサいって知ってて言ってんの?」
コイツわざわざ俺に喧嘩売りに来たのかよ?
「お前わざわざ煽りに来たの?」
「いや、そんなわけじゃないんだけど……ただ、ほんとにちゃんとやってって言いに来ただけでさ……」
俺が売り言葉に買い言葉で返してみると、思いのほかダメージを受けたらしい鷹宮から、しおらしい言葉が返ってきた。
そんな態度にちょっとギョッとして、オタクだけにオタオタしていると、「おーい準備できたぜー」と、ラインカーでフィールドラインを引いていた山本が呼びかけてきたので、何も声をかけずに俺はそちらへ向かった。
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