15

「って、鷹宮と中島じゃねえか。何してんだよこんなところで」

「……それはこっちのセリフだ。と言いたいとこだけど、悪かったな。試着室の前で騒いで」


 意外にも、中島が素直に謝る。続けて隣に立っていたキョーカが「誰だコイツ」と言わんばかりの表情を浮かべながらも頭を下げる。


 一方で鷹宮は、憮然とした目線をこちらに浴びせ続けており、この辺はクラスの女王らしい貫禄があるなと変に感心した。


「ふん、まあ良い。散れ! 下郎どもが!」

「え、コイツヨウジ君の知り合いなの……?」

「ああ、うん。クラスメイト」


 キョーカなる者が俺を見てドン引きしながら中島に問い、一方の中島は表情を変えずに俺を知り合いだと肯定してくれた。


 ……コイツ、いい奴だな。主に白昼堂々訳の分からないことを喚き散らす海パン野郎を表情一つ変えずに知り合いだと言うあたりが。


 こっちとしてはドン引きさせ、早々にここから退散させる目論見だったのでアテが外れたが、アドリブで何とかする戦略に方針を切り替える。


 キョーカはしげしげと俺を眺め、


「こんなヤツ、ヨウジ君と天音っちのクラスにいたっけ?」


 と、的確に俺の急所を攻撃する一撃を放つ。


 いや「こんなヤツ」って……。


 それに対して鷹宮が苦々しく、


「……まあ、いるけど」

「ああ。あんま水橋と喋ってないもんな、笠井」


 中島から名前ではなく苗字で呼ばれ、水橋キョーカが苦々しげな表情を一瞬浮かべるのを見逃さず、ひそかに心の中で「ざまあみろ」とほくそ笑んだ。


「そうだな。水橋さん、俺も実は夏休みの海水浴にお呼ばれしてるからさ。よろしくな」

「ふーん。ま、よろしくね」

「鷹宮と中島たちも水着買いに来たんだろ? 俺ももうこれにするし、帰るわ」

「ああ。じゃあまた学校で」


 と、別れの挨拶を告げて試着室へ引っ込もうとすると、


「待てよ」


 中島が声をかけてきた。


「なんだよ」

「いや……お前らさ、ほんとに偶然ここで会ったのか?」

「そう言ってるだろ。なんだ、俺と鷹宮がデキてると思ってんのか?」

「それは……いや……」


 中島の言葉が濁る。


 コイツもしかして、鷹宮のことが好きなのか? それで俺と鷹宮が陰でコソコソイチャコラしてるのではないかと勘繰ってるんじゃなかろうか。


 イケメンのくせに純情なんだな。


 俺は中島の肩に手を置いた。


「安心しろ。俺と鷹宮の間には何もない。いや、憎しみはあるのか……」

「……そうかよ」


 中島はきまり悪げに吐き捨てると、「行こうぜ」と言って水橋を連れて店を出て行った。


 やれやれとばかりに、今度こそ試着室へ引っ込もうとすると、今度は鷹宮に肩をガッシリ掴まれた。


「……なんだよ」


 いい加減このセクシー大爆発な恰好から着替えさせてくれと思いながら振り返ると、鷹宮は憮然とした面持ちで俺の顔をにらんでいた。


「……なに、あの言い方」

「どの言い方だよ」

「アタシたちの間には何もないってやつ」

「いや、実際そうだろ。壁はあったけど」


 そう言うと、肩を掴む鷹宮の力が強まった。


「……幼なじみじゃん、アタシたち」

「それはそうだけどさ。お前がクラスの奴らには言わないでくれって言ったじゃねえか」

「それは――そうだけど……」


 なおも釈然としない顔の鷹宮。クラスメイトの手前とはいえ、冷たいともとれる言動をした俺に不満を抱いているのだろうか。


 感情が豊かすぎる。


 なんで教室ではクールビューティーぶってるのだろうか。


 とにかく試着室へ引っ込み、元の服に着替え、水着の会計を済ませてくる。


「待たせた」

「ん、全然」

「なんか飯食ってく?」

「ちょっと早いし、その前に笠井の服見に行こうよ」

「げっ……」


 まだその約束有効だったのかよ。正直水着買ったしこれ以上の被服に関する支出は勘弁願いたい。


「ちょっと今月キツくてさ……また後にしね?」

「ダメ。夏休みに着る服一着だけは情けないし」

「いや別にこの一着しか服持ってないわけじゃなくて――」

「他の? アタシの記憶だとアンタが着てたのって髑髏マークのついた黒Tシャツとかやけにダメージ入ったジーンズとか、全部クソダサい服だったと思うんだけど」

「ぐっ……テメエ言ってはならねえことを……!」

「いくら単なるクラスメイトと遊ぶからってダサい服着てくのはどうかと思うし、ここで買おうよ。どうせ今買わないと二度と買わないでしょ?」


 ぐうの音も出なかった。


 このモール内で買おうとするとまた中島たちや他の知り合いに鉢合わせかねないということで、イヤイヤ言いながら鷹宮に引っ張られつつ、別のビルに飛び込む。そこでメンズ向けのアパレルショップに入り、鷹宮の着せ替え人形になる時間が始まった。




* * *




 夏服も調達し、昼飯も食い終わったところで、ショッピングはお開きとなった。


 俺と鷹宮は二人で帰りの電車に乗っていた。


「ねえ、ほんとに帰るの? まだ2時だよ」

「ちょっと……もう……限界……」


 そう。俺は3、4時間のショッピングを経て、満身創痍になっていたのである。


 運動部を辞めてからこの方、デュナオンにハマってすっかりインドアな生活を送っていたとはいえ、流石に自分の体力の無さには驚いたし悲しくなった。これからはランニングを欠かさずこなす所存である。


 一方の鷹宮は未だ余裕綽綽といった風情で、背筋を伸ばして吊革につかまりつつ、もう片方の手でスマホを操作している。その挙措きょそには一片の隙さえも見当たらず、車内の男女問わず誰もが彼女に見とれているほどだった。


 頭を項垂れて座っていると、つむじの部分をツンツンとつつかれる。


「んだよ」

「せっかくの機会だしさ、次の駅で降りてクレープでも食べようよ。ここ有名店なんだって」


 言いながら、鷹宮がスマホの画面をこちらに向ける。


 どれどれと眺めてみると、華やかな色彩のクレープが陳列されたショーウィンドウが表示されており、疲労の極みにあって脳が糖分を欲している現状では流石に魅力を感じざるを得なかった。


「うまそ~……いや、でもなあ。どうせ並ぶんだろ? その間に倒れそうだしやっぱまた今度にし」

「ダメ。そんなこと言ってたら二度と行かないだろうし。からさ、ね?」

「行く!」


 他人の金で飯を食うことに至上の喜びを見出す俺は、頭を空っぽにして頷いてしまった。






 有名なクレープ屋があるくらいだからさぞ栄えたところなんだろうと思いながらプラットホームに降り立ったが、予想に反し、住宅街が広がるばかりで人通りは少ない。


 屋根の上を飛ぶカラスの姿が、侘しさを添えていた。


「なあ、こんなとこにインスタ映えするクレープ屋なんかあんの?」

「うん。すぐそこだから行こ」


 鷹宮の後ろから広い通りをブラブラついていくと、ものの5分と経たず、若い男女が群れている一軒の店が見えてきた。周囲に店らしい店はないし、おそらくあれが目当てのクレープ屋だろう。


「並んでんなあ」

「まあお昼すぎだからね。みんなおやつ目当てで来てるんじゃない?」


 炎天下の下、建物から伸びるわずかな影に身を隠せるようにポジショニングしながら、長蛇の列に並ぶ。俺たちが並んだ後もどこかから客がポップする。


 前に並んでいる女子グループを見ると、やはり顔や首筋に汗が流れるらしく、しきりにぬぐいながら「暑いね~」などと漏らしていた。


 こんなに消耗してまでコイツらは甘いものを食べたいのか? 普通にコンビニでアイスでも買えばいいんじゃないのか? 頭がおかしいのか?


 たかりに来た自分を棚に上げてそんなことを考えながら、消化されていく列をぼんやりと眺める。


「ねえねえ、ここってバナナクレープがオススメらしいよ」


 鷹宮がウキウキしながら言う。


「バナナかあ。久しく食してないな」

「え、そうなの? 昔は馬鹿みたいに食べてたのに」

「そんなこと覚えてたのか……」


 俺でさえ忘れていた記憶である。もしかしてなんていう綽名あだなを陰で囁かれていたのだろうか。


「なんかもっと甘ぇやつねえの? チョコとかさ」

「うーん……ショコラとかストロベリークリームとかならあるよ」


 画像を見ると、これでもかとばかりにチョコやらクリームやらを入れまくった、見るからに甘ったるい商品だった。普段の俺なら絶対に食べないような部類だが、疲れて糖分を欲している今の俺には、タラバガニよりも美味そうに映った。


「いいなあこれ。俺これにしようかな」

「うっそ、マジ……?」


 鷹宮がドン引きしていたが、気にしないことにする。






 しばらく並んで買ったクレープの味は、大々的に美味なりと評するほどではなかったが、疲れた体には麻薬のように染み渡り、幸福度を底上げしてくれた。


「あ~……うめえ」


 仕事終わりにビールを飲むサラリーマンのようなことを言い、店から少し歩いたところにあった公園のベンチから、渺茫びょうぼうたる青空を見上げる。


 俺の横には、鷹宮が座り、売上ナンバーワンというバナナクレープをちびちびと口に運んでいる。


 こんなシーンでも絵になるのか、公園に遊びに来ていた子供たちが、憧れを含む輝いた視線をチラチラと彼女に向けている。


「おいしいこれ。アイスも入っててめっちゃおいしい」


 そう言って満足げに微笑み、こちらを見た彼女は、年相応の表情だった。急に照れくさくなり、俺は大口でチョコレートアイスを頬張った。


「これ食ったら帰るか」

「うん。付き合ってくれてありがとね、今日は」

「おっ……なんかそう素直にお礼されると照れるからやめてくれよ」

「じゃあなんて言えばいいの?」

「そりゃあ学校にいる時みたいに『ほんとはアンタなんかと出かけたくなかったけど、感謝しなさいよ』とかいう感じでさ」

「ねえ。アンタの中でアタシってどういうキャラ付けなの?」


 鷹宮は不満そうにつぶやいたのち、ふと、


「あ、笠井のそれちょっと食べさせて」


 と、蠱惑こわく的な提案をしてきた。


 これは俗に言う「食べさせあいっこ」というやつだろうか?


「ああ。ほら」


 俺が差し出したクレープを「あむっ」と狂言役者みたいな声を立てて鷹宮が頬張る。


「めっちゃ甘いね。でも、おいしい」

「だろ? 疲れた時はこういうのがいいんだよ」

「でも甘すぎてアタシは食べきれないかなあ。……はい、どーぞ」


 と、鷹宮がバナナクレープを差し出してくる。


「え、いいの?」

「うん。アタシだけってのも不公平だし」


 ジャイアニズムを存分に発揮しちゃうタイプな人の言葉とは思えない。


 それでは遠慮なくということで、鷹宮が口をつけていた部分を避けるようにして、バナナの乗ったクリームの部分をかじる。


 久々にバナナを食べたけど、しつこくない甘さで普通にうまいな。


「どう?」

「美味いな、普通に」


 と言って鷹宮の方を見ると、思いのほか顔が近くに迫っていた。


 彼女の整った顔を眺めると、唇にグロスが塗られていることや、頬にファンデーションが乗っていることなんかに今更のように気が付き、鷹宮は鷹宮で今日の買い物のために、いろいろ準備してきたんだなと思い至った。


「……なんか悪いな」


 鷹宮の方へ前傾姿勢になっていた身体を戻して呟く。


「何が?」

「今日の買い物、楽しみにしてたんだろ? すぐ帰りたいとか言っちまってさ」

「そんなこと気にしてたの?」


 鷹宮は驚いたようにちょっと目を開き、


「アンタのことだから全く気にしてないと思ってた」

「いや、俺だってそういう最低限の道徳感情はあってだな……」

「ふ~ん。じゃあさ、今度ご飯でも食べに行こうよ。二人で」

「まあ、それくらいならいつでも付き合うぜ」


 むしろ男にとってはご褒美ではないだろうか? 鷹宮みたいな美人とデートできるなんて。言わねえけど。


「あとさ、今日デュナオンログインする?」

「え? ああ、すると思うけど」

「じゃあ、コンテンツ一緒に行こうよ。ボイチャ繋げて」

「ああ……え? いやあ~」


 急にゲームで通話しようとか言われても、ネ……。


 現に今こうして顔つき合わせて喋ってるじゃねーかというツッコミもあるだろうが、通話は通話で声だけの気恥ずかしさもあったりするから、あまり気が進まない。俺がエンドコンテンツすらチャットオンリーでプレイしていた理由でもある。


「ダメ?」

「ちょっとそれは勘弁つうか……」

「じゃあ今から映画観に行こ。それから夕飯食べてカラオケ」


 前門の虎、後門の狼とはこのことだろう。


 呻吟しんぎんした挙句、俺はデュナオンでVCボイス・チャットをつなげる方で妥協することを余儀なくされた。

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