14

「え、俺?」


 自分で自分を指さすと、鷹宮はこくんとうなずいた。


「いやいいよ俺は。水着持ってるし」

「それっていつ買ったやつ?」

「え~っと……中3くらい?」

「2年も前のやつじゃん! どうせダサいに決まってるでしょそんなの!」

「失礼だな! あの水着のどこがダセエんだよ言ってみろや!」


 俺は脳裏に、紅蓮の炎が漆黒の夜空を背景に燃え上がる中、翼をはためかせたドラゴンが、悪夢のような大口を開けて飛ぶ柄の海パンを思い浮かべる。


 ……控えめに言ってめちゃくちゃダサいな。過去に戻って殴りたいレベルだ。


 何が最悪かって、友達同士の悪ふざけで買ったとかじゃなくて、一人でカタログを見て、「これめっちゃカッコいいな」と思って買ったことである。


 だが、たとえ過去とはいえ自分を他人に批判されるのは癪なので、決してその事実は認めない。


「ダサいよアレは! 龍のイラストも色使いも何もかも小学生っぽいんだって!」

「このガキャァ……! 言わせておけば図に乗りやがって……!」


 本来ならここで赤子のように暴れだすべきところだが、アパレルショップの多く入っているショッピングモールという場所柄、オシャレな服に身を包んだ男女が行き交う中で発狂するのも本意ではない。


 ここはさっさと離れるべきだなと思ったものの、鷹宮は鷹宮で頑として譲らず、どうしても俺に水着を買わせたいようだった。


「ね、これとかどう? ちょっと着てみてよ」

「はあ? やだよ。なんで俺が見世物なんかに」

「アタシにだけ恥ずかしい思いさせようったって、そうはいかないから」

「いや意味わかんねえから」

「いいから早く」


 め、目がマジだ……!


 その押しの強さに鬼気迫るものを感じた俺は是非もなく折れ、鷹宮の言う通り、彼女の差し出した海パンを持って試着室へ入った。


 しかしなあ、水着なんて久々だ。


 中学時代の体育では夏の間水泳をしていたが、高校に上がってからはそういうこともなくなった。一応校舎に隣接する形でプールは併設されているが、専ら水泳部が使っているだけで、関係者以外は立ち入り禁止になっている。


 入学当初はその理不尽さに愕然とし、誰かが言ってたような、真夜中のプールに忍び込んで泳いで、めちゃくちゃに気持ちよくなれないという絶望に苛まれると同時に、男女水泳部が水着姿で夜な夜な淫らな饗宴を開いているから立ち入り禁止にしているんじゃないかと疑ったものだった。


 妙な感慨に耽りながら水着に着替えてカーテンを開ける段になったが、ふと思いとどまる。


 なんか……上裸じょうらってめっちゃ恥ずかしいな。


 人前で服を脱ぐ機会なんて多くはない。それに俺は帰宅部の引きこもりである。現役時代はそこそこ見れる身体かもしれなかったが、今はどうだろうか。鷹宮に幻滅されないだろうか(幻滅される余地がまだ残っているのかという問題は別として)。


 そう思うと、今日のへそ出しノースリーブといい、オフ会の時のオフショルダートップスといい、鷹宮はよくも人前で肌を出せるなと、改めて感心してしまう。日頃の努力を怠らないがゆえの自信なのだろう。


 まあ、こんな狭いとこで、ウジウジ悩んでいたってしょうがない。漢たるもの文字通り裸一貫で事に臨むべし、だ。


 もう一度鏡に映った自分を振り返るが、それほど悲惨な様相を呈しているわけじゃない、と思う。むしろ学校以外では常に家に引きこもっている半ニートにしては上出来の部類に入るのではないだろうか。


 大丈夫だ、と自分を奮い立たせつつ、再びカーテンに手をかける。


 そっと、外が見えるくらいまで開き、近くに鷹宮以外の人間がうろついていないかをうかがう。


 そこで目に飛び込んできたのは、何故か男女二人組に絡まれている鷹宮の姿だった。


 女の方は見覚えがないが、男の方は見たことのある顔だ。というか、サッカー部のイケメン中島だ。


 オイオイ、マジかよ。こんなとこで偶然ばったり遭遇することなんてあるのか? 水着売り場だぞここは。ひょっとして彼らも海に行くメンバーだから、水着を新調しに来たのだろうか。


「こんなとこで会うなんてマジ奇遇じゃーん! あ、もしかして天音っちも気合入れて水着買う感じなの? もしかして面子に好きな人いる系? ウッソ超ヤバー! てか私服めっちゃオシャレじゃん! モデルさんみたい!」

「あ、はは、ありがとう……」


 女子の方はコギャルというか、今時の女子っぽい感じで、オーバーサイズの七分丈みたいなのを上に着つつ、下は黒のショートパンツといういで立ちである。よく見ると指にはギラつくネイルが施されているし、顔もバッチリ気合の入ったメイクで彩られている。中島と二人で出かけられるということで、気合をブリバリに入れた服装にしてきたのだろうか。


 そしてものすごいマシンガントークである。鷹宮はタジタジとなりつつ、


「キョーカも水着買いに来たの?」

「うんそー。アタシ最後買ったの去年でさー、ちょっと体型変わった的な? あモチロン太ったってわけじゃなくてね!? ちょっと成長期でマジ卍だからさー」

「そっか。キョーカ、背伸びたもんね」

「まーねー! 天音っちには負けるけどさ!」


 そう言って、たははーとキョーカなる者は笑った。続いて、隣にいる中島が、


「で、鷹宮は一人? それとも誰かと来てんの?」


 と、核心的な質問を放った。


「あ~、えっと……」


 鷹宮は困ったように笑い、目を中空に彷徨さまよわせる。


 この場合、現在半裸の俺はどうすべきだろうか。鷹宮は明らかに進退に窮しているといった風情であるが、ここで俺が出たところでどうなるというのか。不審にキョドる人物が一人増えるだけではないか。


 そう思って俺は覗き魔根性よろしく、カーテンの隙間から、なおやり取りをうかがう。


「うん、一人で来てるんだ。で、今ちょうど買えたからこれから帰るとこ」

「え、マジ? どんなの買ったの? てかてか、着て見せてよアタシらに!」


 あろうことか、キョーカちゃんは破廉恥極まりない提案をしたうえ、「ね、中島も見たいよね?」とイケメン中島にご機嫌うかがいする始末である。


 中島は急に青春真っ盛りなイベントに出くわしたためか多少戸惑っていたが、


「……まあ、キョーカも言ってるし」


 と、あろうことか女子の言い出しに便乗しやがった。


 控えめに言ってムッツリドスケベ野郎だなコイツ。紳士の風上にも置けねえ(自分のことは棚にあげつつ)。


 当の鷹宮はいよいよ窮したと見えて、


「あ、う~、でも……」


 と、しどろもどろになっているのに加え、よく見ると切れ長の目がうっすらと潤んでいた。


 それを見ると、いてもたってもいられなくなった。


 気が付くと俺の右手はカーテンを勢いよく吹き飛ばし、そして気が付くと海パン一丁で3人の前に飛び出していた。


 中島とキョーカは俺という予期せぬ闖入者を見て驚愕や訝しみの表情を浮かべており、鷹宮は「なんで今出てきたんだ」という叱責が今にも飛び出そうなところを、かろうじて抑え込んでいるようだった。


 俺は一拍おくと3を一斉に相手取り、


「てめえら人様が試着してる前でペチャクチャ喋ってんじゃねえ! 迷惑だろうが!」


 と怒鳴った。


 そう。


 俺は他人のフリをして試着室から飛び出て怒鳴ったところ、偶然にもクラスメイトだった体を装うことにしたのである。

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