13

 土曜日、約束の15分前に待ち合わせ場所である駅前に到着した俺は、両手をポケットに突っ込んで肩を小刻みに左右に揺らしながら、落ち着かない気持ちで鷹宮の到着を待っていた。


 思えばこれが、高校生活に入ってから2回目の彼女とのお出かけである。


 それも1回目は互いが互いの正体を知らずに約束し、惨憺たる内容に終わったものだから、実質これが最初の、幼なじみ同士としての旧交を温める交わりであると言っても過言ではない。


 休日の昼前ということもあって、駅前は乗車する客と降車する客でごった替えしており、人の途切れる隙間がない。


 改札の前でネットサーフィンをしていると、


「ごめん、待った?」


 と、うつむけた顔のやや下側から、鈴を転がすような声が聞こえてきた。


 鷹宮は、先日のオフ会のギャルギャルしい恰好から一変して、ホワイトのノースリーブの上からジャケットを肩掛けしており、下はデニムの七分丈を合わせた、かなりアダルティなファッションだった。


 彼女の上背との相乗効果で、モデル顔負けのまとまり感である。周囲を行き交う男女がチラチラとこちらを見ていることからも明らかだった。


 ちょっと待ってくれ、俺こんなイケてる女の子と今から買い物行くの? 釣り合ってなさすぎるだろ。


 思わずそう考えてしまった。


「いや、5分前だからな。待ってねえよ」

「よかった。てか、この前と全く同じ服じゃん」

「仕方ねえだろ。これしかまともな服持ってねえんだから」


 お望みなら髑髏の柄に「abandon all hope,ye who enter here.」とデカデカとプリントされた漆黒の長袖を着てきてもいいんだが。


 鷹宮は怪訝そうな顔を浮かべ、


「そっか。じゃ、アタシの用が済んだら、笠井の服買おっか」

「え、いやいいって別に」

「ダメ。海行く時どうすんの」

「海パンの上にジャージ羽織るからいんだよ」

「それやっていいの小学生までだから」


 と、そんなこんなで押し切られてしまう。


「でさ、今日何買いに行くんだよ」

「行けば分かるから。じゃ、ついてきて」




* * *




 鷹宮の言われるがままに電車で3駅ほど通過した後、駅前に設置されたドデカいショッピングモールに入った。


 他のビルが書店やら映画やらフードコートやらを抱き込んでいる一方、当のビルはファッションや化粧品店が専らテナントに入っているようだった。


 すなわち、俺にとっては全く縁のない場所である。


 一体何を買うのだろうかと訝しみながら鷹宮の後に続いていくと、彼女は、エスカレーターを乗り継いで5階へ上がり、またフロアを真っすぐ歩いて右へ折れ曲がったところにある店に入った。


 店頭には「スギヤマ・ビーチショップ」という看板が掲げられており、店内には種々雑多、色とりどりの水着が展示されている。


「ちょっっっっと待て」


 入口付近で鷹宮を静止すると、彼女は振り返って、


「どうしたの?」

「今日の買い物って、水着か?」

「うん。夏休みに海行く時の」

「なんで俺を連れてきた?」

「それは……だって、一人で買いに来るのもなんか変じゃん。自分に似合う水着とか、自分で分かんないし」

「なら石川とか池田とか連れてくればよかっただろ」

「二人はダメだったからさ。笠井なら暇だろうし」

「……」


 確かに暇ではあった。


 石川と池田がダメでも他の女子がいくらでもいるだろうがとか、男にしても普段仲良くしてる中島とか茶髪チャラ男の岸谷とかいるだろうがとか、色々反論は思い浮かんできた。


 しかし、彼らを差し置いて俺に声をかけてくれたことに対する嬉しさを感じているのも事実だった。


「ったく……しょうがねえな」


 と、やれやれ系主人公ばりに頭を掻きながら、観念してショップへ入店した。


 けど、鷹宮の水着選びか。


 長身に大人びた美貌、プロポーション抜群の彼女であればどんな水着を着ても似合うだろう。


 鷹宮の場合、むしろアダルトな黒ビキニを王道と据え置き、清楚さを感じさせるワンピースもギャップ萌えで捨てがたく、セパレートタイプのパレオもまたエキゾチックで鼻血モノに違いない。


 むしろマイクロビキニもいけるのでは?


 リクエストしたら着てくれねーかなと思っていると、二つの水着を手に持った鷹宮が、


「どっちがいいかな?」


 と声をかけてきた。


 右手には黒いビキニタイプ、左手には白いワンピースタイプの水着がぶら下がっている。


「さあ……どっちでも似合うと思うが」

「あのさあ、この場合『どっちでもいい』が一番禁句なんだけど。どっちでも良ければ聞かないし」

「あ、はい」


 説教に恥辱を覚えつつ、俺はここで敢えて攻めに出ることにする。


「なら試着すればいんじゃね?」

「ああ、まあ……うん。そうだね」


 鷹宮は歯切れ悪そうに答える。


「なんだよ。不服か?」

「ううん、そうじゃなくてさ……恥ずかしーじゃん」

「恥ずかしさならこの前のオフ会で泣きじゃくった時の方が恥ずかしいいいいたいたいたいいたい」

「その出来事は忘れろ……!」

「わがりまじだ……」


 鷹宮はアイアンクローから俺を解放すると、「じゃ、じゃあ着てくるから。どっか行かないでよね?」と言い残し、試着室の桃色のカーテンの向こうへ姿を消した。


 俺以外にも何組か客がいて、だいたいが女性だけの連れだけど、中にはカップルらしき男女の姿もある。


 彼女の方が彼氏の腕に抱きつきながら、「これ似合うかな?」とか「これちょっと攻めすぎかな」とかワイワイはしゃぎながら選んでいる。


 はたから見ると俺と鷹宮もあれらと同類なのだろうか? そう考えるとなんか気恥ずかしくなってくるな。


 謎の羞恥心に悶々としていると、目の前のカーテンが音も無くゆっくりと開いた。


「ど、どう……?」


 正直に言って、見とれてしまった。


 鷹宮が纏っているのは、右手に持っていた黒いビキニタイプだった。コイツ案外着やせするタイプなんだなとか、肌めっちゃ白いなとか、そんなとりとめもない感想が次々と頭に浮かんでは消えていく。


 長く伸びた白くほっそりした腕と脚。肩から腰にかけて緩やかに引き締まっていく肉とは裏腹に、しっかりと存在感を主張している胸部(a.k.aおっぱい)。


 黒い水着と白い肌が暴力的な対照性を発揮しており、顔を見ると恥ずかしそうに顔を赤くしている彼女と目が合って、理性がどうにかなりそうだった。


「……いいな」


 やっと絞り出したのがこれだけか、と自分を叱咤する一方、鷹宮は心なしか口角を上げ、


「そ、そっか。ならこれにしようかな」

「いや、もう片方も着てから決めよう」


 そこでようやく正常な思考能力を取り戻した俺は、そう注文する。ここで退いては男がすたる。白いワンピースも一緒にゴチになってこそ本懐を遂げられるというものだろう。


「で、でも正直思ったより恥ずかしいしさ……」

「どうせ海に着てくんだろ? 恥ずかしがる必要なんてない」

「……分かった」


 小声で言うと、再び鷹宮は奥へ引っ込んだ。


 カーテンの奥からかすかに聞こえてくる衣のこすれる音に卑猥な妄想をたくましくしている間に、ワンピースの水着を着た鷹宮がカーテンを開けた。


 今度は鷹宮の肌の色とワンピースの白色が、彼女の身体の上で見事に一体化していた。普段はクール系ギャルの鷹宮がこうした清楚な服を着ているというギャップにも萌えが見いだされる。


「……いいな」

「どっちもそれじゃん。ほんとはどうでもいいんじゃないの?」


 早くも人前に水着姿を晒すことに慣れたのか、あきれ顔で鷹宮が言う。


「笠井はどっちがいいの?」

「う~~~~~ん……強いて言えば黒いビキニの方かなあ」


 非常に悩ましいといった感じで言ったが、嘘である。普通に黒ビキニの方がエロくて即決だった。


 鷹宮はそれを聞いて、


「そっか。じゃこっちにしよ」


 と言い、着替えて出てくると、ワンピースの方は元の陳列棚に戻した。


「いいのかよ? 俺の一存で決めて」

「だってそのために笠井呼んだんだし」

「……そうか」


 水着リクエストってめっちゃ彼氏みたいだな、というむずがゆさを噛みしめていると、


「次は笠井の水着選びだね」


 と鷹宮が言った。

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