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 俺と鷹宮が出会ったのは幼稚園の頃だった。


 今でこそあんなナリをしていてイケイケ感全開のギャルだが、幼い頃は身体が弱く、背も低く、引っ込み思案な性格で、その時から人形みたいな可愛らしい容姿をしていたから、『深窓の令嬢』だとか『どこかのお姫様』とか言われて大人たちにはチヤホヤされていたものの、読書や折り紙などの室内でかつ一人で遊べるものを好んでいたから、友達は多い方ではなかった。


 そんな彼女と俺が関係を持つようになったのは、家が近いからという、ただそれだけの理由であった。


 何も劇的なことなどなく、凪の海面に小さな――小さな小魚が跳ねた波紋のように、俺の日常に起こったことだった。


 鷹宮の両親は共働きで帰ってくる時間が遅いうえ、一人っ子ときたものだから、愛する娘を心配した鷹宮夫妻は、自分たちが留守の間は俺たちの家にあずかってもらうことにしたのである。


 うちは母さんがパートタイマーで、夕方には帰って来られるということもあるし、子供たちに遊び相手もできるということで、両親は喜んで承諾した。それから鷹宮は、平日の幼稚園が終わった後は、うちに来て夕飯を食うようになった。


 初めて鷹宮がやって来た日の食卓は、今でも覚えている。なぜなら終始ぎこちない空気が流れていたからだ。


 当時は俺も姉ちゃんも子供らしく物おじせず、親戚の知らない爺さんにもグイグイ声をかけていけるくらいのコミュニケーション強者だったが、鷹宮の人見知りは俺たちを軽々と凌駕していたため、何を話しかけても彼女は顔を赤面させたかと思うと、「あ」とか「う」とかいう、たった一文字だけの返事しか返さなかった。


 母親が迎えに来た途端脱兎のごとく玄関へ駆け出した鷹宮の背中を見ながら、俺は齢4歳にして人間関係の難しさを思い知らされ、人間関係の難しさに途方に暮れていた。


「なあ、姉ちゃん」

「なに?」


 当時幼稚園年長さんの姉ちゃんは、甘口のカレーを貪り食う手を止めて顔を上げる。口の周りが米とカレールーでカールおじさんみたいだった。


「俺、アイツとなかよくできるのかな?」

「さあ。わたしもあの子にがて」

「ねえちゃんがさじをなげるほどとは……さてはアイツ、人間じゃないのか?」

「人間だとは思うけど。あのね、アンタはしらないかもだけど、ああいう子って昔辛い目に遭って、それからひとみしりになっちゃうんだって、このまえよんだ本にかいてたよ」

「へえ~」


 別に鷹宮は過去に辛い目に遭っておらず、元からあのような性格だったということは後に知ったのであるが、その時の俺は逆に「やっぱ年長さんってすげえな~」と感心していた。そして、「辛いことがあったなら何かしら助けてあげたい」とヒーローじみたことを思い立ち、その日から鬱陶しいくらいに鷹宮に絡みに行くようになったのである。


 そうして嫌がる鷹宮を無理やり外に連れ出して鬼ごっこをしたり、ドッジボールをしたりしているうちに、彼女もだんだん社交的になった。もちろん俺だけに心を開くとかではなくて、一緒に遊んだ園児たちとも徐々に仲良くなっていった。


 そんな鷹宮と俺は同じ小学校・中学校に進学したわけだが、鷹宮の美貌は成長するにつれてますます磨きがかかっていった。中学校に入学した時には既に大人顔負けのスタイルになっていたし、性格もますます明るくなっていった。彼女の成長を間近で見ていた俺も驚いたくらいである。


 鷹宮の周りには男女問わず多くの人間が集まってきた。


 俺は俺で小学生の時に始めたサッカーに熱中し、友達もそこそこできた。


 だから、自然と俺たちは一緒にいる時間が少なくなった。


 それでも彼女が夕飯を俺の家で食べる習慣は変わらず続いていたし、お互いが暇な時には一緒に遊んだりもした。姉ちゃんが積極的に参加したこともあり、男女特有の気まずさもそれほど感じなかった。


 けど、それは俺だけだったのだろう。


 中学2年生になってしばらくすると、彼女は明らかに俺を避けるようになった。夕飯に来た時も姉ちゃんとは喋っても、俺のことは意識的に避けた。


 俺も俺で自分のことを無視する異性に対して話しかけるのはダサいとか思って、他の友達とばかり遊ぶようになった。


 そうして、桜が散り、蝉が死に、緑が褪せ、雪の中に動植物が眠る季節を巡るうちに、俺たちは疎遠になった。しかしそれは、思春期に入って男女の性差を意識するようになる人類にとっては、ある意味必然的な結末だったのだろう。


 高校生になった今、彼女が何故俺の事を露骨に嫌うようになったのかは、分からないままだ。


 ―― そうして、ある時期を境に、彼女の俺に対する当たりが激化した。

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