今日も放課後になるや否や、爆速で帰ってネトゲをする。


 とはならなかった。


 なぜならば、今週末に控えたオフ会に着ていくための服を買わねばならなかったからだ。


 仮にバカでかい髑髏が前面を占有したシャツを着ていった暁には、俺のデュナオン内でのあだ名は『暗黒騎士の地蔵』から『暗黒歴史の地蔵』となることだろう。いつしか俺はいたたまれなくなってフェードアウトし、隠し撮りされたリアル写真が、ネットの海を漂い続けるというわけだ。


 とはいっても、俺は自分で服を買ったことがない。母さんとおばあちゃんが買ってくるものを着まわしている。だから自分のセンスに自信がない。


 ゆえに、コーディネーターが必要となる。


 俺は男女ともに認めるイケメンキャラであるカオルを有償召喚して決戦に備えることにした。


 代償は、この右腕――に握りしめた500円。思い切り力を込めて生暖かくすれば受け取り拒否されるだろうと思ったが、そんなことはなかった。


「へへ、つべこべ言わずさっさと出せばいいんだよ出せば」


 悪人のようなセリフを言いながら財布にしまったカオル。


「じゃあ行こっか」

「頼んだぜ」

「にしても、ヒロがオシャレに目覚めるなんてねえ……昔はサッカーバカだったし、今はただのバカだし」

「いろいろあんだよ、俺にも」

「女なの?」

「女だったらいいなあ~!」


 男だと思っていたフレンドが実は女でした……男なら誰もが憧れるシチュエーションだろう。


「どういうことなんだか……ほら、着いたよ」

「え、ここ?」


 俺たちが来ていたのは駅前にある巨大ショッピングモールだ。『地域経済の破壊者』などと呼ばれて地元のおっちゃんたちには恐れられているが、若い世代にとっては貴重な遊び場である。


 その3階に衣料品のテナントが入居しているのだが、俺たちが立ち止まったのは、今までここを通るたびに、「俺には一生縁のない場所なのだろう」とフェミニンな男性店員を見ながらぼんやりと思っていたアパレルショップだった。


「ちょっ、ここはオイラみたいな新米冒険者には無理でヤンスよ!」

「何言ってんのほら」


 ついていくと、男性店員からの「いらっしゃいませ」という歓迎のあいさつが聞こえてくる。カオルは躊躇なく店内の一角に行って、シャツやら何やらを漁り始めた。


「ヒロはどういう感じで決めるつもり?」

「え?」

「いや、だからデート用の服買うんでしょ? 相手にどういう印象与えたいの?」

「え~っと……まあ~~~~~、無難な感じかなあ」


 どうせ相手は男なので決めすぎる必要もないが、「僕見た目にもそこそこ気使っちゃう系のゲーマーなんです」アピールはしておきたいというのが本音だ。


「じゃあテキトーに無地かな。これ着てみて」


 そう言って無造作に白無地の半そでを渡してくる。


「ご試着されますか?」


 忍者のように、いつの間にかそばに来ていた店員が笑顔で話しかけてくる。


「あ、はい」

「こちらへどうぞ~」


 通された真っ白い試着室でワイシャツを脱いだ俺は、まだ汗ばんでいる肌着の上に無垢なるトップスを着る。


 鏡を見て一番最初に思ったのは不安だった。


 あまりにも何も描かれていなかった。髑髏や英語でゴチャゴチャしているのも論外だが、逆にこれはこれで不自然ではないだろうか。俺は服装を自己主張の一環であると理解しているが、これでは個性もクソもない。


 己の美意識への挑戦状を叩きつけられた俺はカーテンを開け、カオルの前へ歩み出る。


「どう?」

「これから……この真っ白なキャンバスに、僕らはどんな夢を描けるのだろうか?」

「何言ってんの。で、サイズは?」

「少し大きいと思うんだが」


 半そでの割には袖の部分がかなり長い気がする。肘がすっかり覆われていて、七分くらいはありそうだ。


「それでいいんだよ。今の流行りはそういう着こなしだから」

「そうなの?」

「そうだよ。で、はいこれ次」


 続いてブラックのジャケットを渡される。


 言われるがままに羽織り、鏡をみる。


「ん……?」


 かすかな変化だった。


 だが、スルーするには大きすぎる変化だ。ジャケットがインナーの袖を上手い具合に覆っていて不自然さがない。なんというか、清潔感が感じられる。


「なんか……いい……!」


 カーテンを開けた時、俺は確かな自信を持っていた。


「お~、いいじゃん。やっぱヒロは上背があるから何でも似合うね」

「カオル……俺、モデルとかスカウトされちまうかも」

「次はパンツかな」

「え? 勝負下着?」

「ズボンね」


 そう言ってカオルが渡してきたのは、これもまた黒無地のスキニーだった。今までだぼだぼのズボンしか履いてこなかった俺にとってははじめましてのフレンズということになる。


 しかし、直感的に俺は感じた。


 これはイケるぞ、と。


 すぐにカーテンを閉めてズボンを履き替えると、思った通り鏡には一人のイケメンがしていた。服装は十分清潔で女性にモテそうなのだが、猫背になってて顔に覇気がないことが残念だ。


 カーテンを開ける。


「お~、いいね。これなら第一印象も完璧だよ」

「背が高いから映えますね~お客様は」

「カオル……」


 お世辞を言う店員を横目に俺はカオルに近づき、ひしと抱きしめた。カオルは身長が俺よりも低いので、俺に抱きしめられてジタバタしている。


「俺、間違ってた! 身だしなみに気を遣ってなかったことが!」

「……! ……!」

「だがらっ! もう一回……仲間に入れでぐんねえがなあっ!」

「……離せやあっ!」


 カオルに思い切り突き飛ばされて試着室へとシュートされる。


「死ぬかと思ったわ!」

「すまん、悪ノリが過ぎた」


 カーテンを閉め、身に着けていたトップスとスキニーを脱ぎ、元の学生の姿に戻る。トップスはカオルの汗と涙と鼻水でほんのり湿っているような気がする。


「店員さん、これ買います」

「ありがとうございます~!」


 レジへと導かれ、表示された金額に目をむいた俺は、ここ数年で貯めていたお年玉を根こそぎ持っていかれた。

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