「今日はサンキューな、カオル」


 服屋を出た俺たちは、解散するでもなくその辺をぶらついている。


 時刻はまだ17時。高校生が帰るには少々早い時間帯だ。本屋で参考書を冷かしたり、CDショップで冷かしたりしながら、自然と足はフードコートへ向いていた。


「カオルは何食う?」

「唐揚げラーメン」

「カロリーの化け物かよ」


 相変わらず食欲が旺盛だなと思いながら、俺はたこ焼き屋を目指して全速前進する。タコの焼ける匂いとソースの香ばしさが空腹感を誘発して今にも叫びだしちまいそうだ。


 プレーンの一番安い8個入りを買って席を探していると、番号札を持って席でそわそわするカオルを視界にとらえた。


「たこ焼き?」

「ああ」

「僕もそれにすればよかったかなあ」


 そうやって他愛もない会話をカオルと繰り広げていると、ふと、視界の隅に、な明るい茶髪が見えた。


「げっ……」


 鷹宮だ。


 制服姿でもまるで女優のようなオーラを出しながら、彼女は悠々と闊歩している。他の客たちも心なしか彼女の歩く道を塞がないよう、道を譲っているように思えた。


 まるで女王のような華麗なるオーラをバチバチにまき散らしながら、彼女は女子二人を侍らせてフードコートに入ってきた。


「どうしたの? ……お、鷹宮だ」

「会いたくない奴に会っちまったなあ」

「まあ、ここってうちの高校の生徒も普通に使ってるしね」

『番号札123番の方ー、番号札123番の方ー、お待たせ致しましたー』

「お、唐揚げラーメンできたっぽい」

「え、は、ちょっ」


 最悪のタイミングでカオルが離席し、取り残された俺はおろおろと辺りを見回す。


 鷹宮はお友達二人とアイスクリームを買っているところだった。楽しいんだか分からない表情を浮かべて財布をまさぐっており、両脇をはさむギャル系女子とクール系女子が楽しそうに話している中、時折相槌をうっては笑うが、その笑顔がまた極めて魅力的で、気を抜くと時間が流れることも忘れて見入ってしまいそうだった。


 アイスクリームを買い終わった彼女は、お友達二人を待っていた。やがて二人がアイスを買い終えると、席を探すべく視線をうろちょろさせる。


 そうなると当然俺の姿も目に入ってくるわけで、俺が必死に昔姉ちゃんにバカ受けした変顔を浮かべてやり過ごそうとしていたにも関わらず、彼女は目ざとく俺に目を止めると、子犬なら殺せそうな視線で睨みつけてきた。


「どったの天音? あ、笠井じゃん」

「笠井です」

「ほんとだ、笠井」

「笠井です」


 最初に声をかけてきたのは黒ギャル系の石川で、次に声をかけたのはクール系の池田だ。彼女たち二人は鷹宮と仲が良く、学校ではいつも一緒にいる。そして、反応からも分かる通り、二人の俺に対する接し方は極めてフラットだ。


「鷹宮もこんにちは」


 この流れでいけるかと思って鷹宮にもご機嫌伺いをしたところ、完全無視を決め込まれた。


 これである。取り付く島もない。


 最悪なことに、隣のテーブル以外に三人で座れる場所がなかったので、彼女たちは俺たちの隣の一画に腰を据えた。石川はトリプルのコーンで、他二人はダブルのカップだった。


「お待たせ~。ってかあれ、鷹宮たちじゃん?」


 妙なタイミングでカオルが帰ってきた。気軽に「よっ」と手を挙げると、三人とも軽く手を挙げて応えた。もちろん鷹宮も。改めて俺に対する辛辣さが浮き彫りになるな……。


 カオルが置いた盆の上には脂ぎった湯気の立つ醤油ラーメンが乗っており、さらにこれでもかとばかりに茶色い唐揚げが山盛りに盛られている。


「なんだこれ、大食いチャレンジ?」

「これだけの量で800円。食わない理由がない」


 フードファイトに入るカオルを見ながら隣で交わされる会話に耳を傾ける。主に石川が話題を提供し、池田がそれに返し、鷹宮はというと泰然自若としている。まるで将軍の御前で議論をする家臣たちと将軍本人のようだ。


「前々からだけど、天音って笠井にだけはミョーに当たり強いよねー」


 そんな中、石川がさりげなくクリティカルな質問を投げかけてくれたので、心の中でナイスと叫びながら親指を立てる。


「そう?」

「そうだよ! 天音ってクールだけど人を毛嫌いするタイプじゃないじゃん。なんで笠井にだけあんな当たりキツイの?」

「あ、それは私も思ってた。笠井にだけはなんか厳しいなあと思って」


 アルトな声で池田が同調する。


 にしても俺、そんな目立つくらい嫌われてるのか……。


 一方の鷹宮はというと、きまり悪そうな顔をして目をそらし、いじっていたスマホからも指を離した。


 俺は息をひそめて事の成り行きを見守る。


「なんか鷹宮たち、シリアスな空気になってる?」


 カオルは唐揚げを食べ終えたあたりで箸を置き、横目で彼女たちの様子をうかがう。コイツに関しては今回は完全な部外者である。


「……どうでもいいでしょ」

「えーでも気になるくない? ね? 笠井」

「え?」


 食っていたたこ焼きに口内を焼かれる地獄に悶絶していると、石川からパスが飛んできた。


「ああ、まあ」

「ほら!」

「……知りたいの?」


 意外なことに、鷹宮は真剣な表情で俺を見て、真剣な言葉を繰り出した。今までは不快そうな表情を浮かべて辛辣な言葉を浴びせかけてくるだけだったから、俺は少し面食らってしまう。


「……正直、知りたい。なんで俺がここまで嫌われてるのか」


 あくまでに気障きざに、絞り出すように空気中に漂い出た俺の言葉は、鷹宮の目を見開かせ、苦痛に歪むような表情にさせた後、怒りの色を帯びさせた。


 俺は素直に驚いた。


 というのも、今まで彼女が俺に見せる表情といえば道端で死にかけのセミを見たような不快げな顔だけだったので、こうして真正面から感情をぶつけられるのは、久々だったからだ。


 ――なんだ。お前、そんな顔もできんじゃん(笑)。


 なんて言って顎クイでもすれば彼女は落ちるだろうか。そんな馬鹿なことを考えていると、


「……やっぱ無理」


 と言うなり、鷹宮は俺から目線を外して手元のスマホへと移してしまう。その反応を見るに、やはりそれなりの謂れというのがあるのだろうか。となると、中学からそれを放置したままにしていたのは、致命的だったかもしれない。俺たちの間にできた傷が、長年の化膿を経て取り返しのつかない痕跡になろうとしているのかもしれない。


 せいぜい「顔がキモいから」というくらいで毛嫌いされているものだと思っていた。そうであればそれはもう鷹宮の好みの問題だから俺も気にすることはないのだ。


 しかし、である。


 そうではなくて、俺が何かしらの、彼女にとって許しがたい行為を犯したことにより、鷹宮からこれだけ嫌われてるのだとすると、……俺はそれに知らんぷりを決め込んで生きていられるほど鉄面皮ではない。それどころか、毎日寝る前、ベッドの中でその日の会話を振り返り、「あの発言大丈夫だったかな……」と反省会をしきりに開いている俺だ。多分、これから一生、脳みその奥底に米粒のように張り付く気がする。


 そして、自覚のない罪を人は償えないことを考えると、鷹宮がその原因を教えてくれないのはやや不公平感がないわけでもない。犯罪者も刑罰を受けて過ちを悔い改めるチャンスをもらえるのだから、せめて俺にもそういう機会をいただきたい。


「いや、あのさ、お前が俺のことマジで嫌いなのは分かったからさ、原因教えてくんね? 何やらかしたの俺。3億円事件?」

「……」


 完全無視だった。もはや彼女の目はスマホに注がれ、彼女の耳と口は石川と池田に割かれており、俺は彼女の世界から追い出されてしまったようだ。


「取り付く島もなかりけり、か」

ふぁにひゃったんはほうね、ひほなにやったんだろうね、ヒロ?」


 ラーメンをズルズルズっと吸い込んでいるカオルが聞いてくる。


「分かんねえんだよなあ。今の会話聞いたろ?」

「ずるっ……うまっ、このチャーシュー……でもやっぱり意外だよね」

「唐揚げにチャーシュー……」

「鷹宮、たまにサッカー部の練習見てるんだよ。で、下心みえみえの部員に話しかけられても、普通に会話してるよ」

「マジ?」


 ここでも俺にだけ厳しい説が補強される事実が出てきた。


「てか、なんで鷹宮がサッカー部の練習見てるんだよ。マネージャーだったっけ」

「さあ。なんでだろうね? やっぱり、ヒロがサッカー部だったからじゃないの?」

「…………んなわけねえだろ」


 なんとなく、だが。


 俺と彼女の確執は、中学時代に根を張ってるのではないかと思った。

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