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通学路はいつも憂鬱な気分で歩いている。
なんの店かも分からないどデカい緑色の建物も、昨日の雨でぬかるんだ歩道も、やたら近い距離にある他企業のコンビニも、生まれてから今まで代わり映えの無いものであり、それがまるで俺の人生を予言しているかのようで気が滅入るのだ。
時折学校近くにラーメン屋が出店すると際限なくはしゃぐのだが。最近は家系ばっかだからたまにはあっさりしたものが食べたい。
「学校でネトゲできりゃなあ」
「相変わらず意味不明なこと言ってるなあ、ヒロは」
そう言って隣で呆れたように笑うのは、
「意味不明なもんかよ。最近は福利厚生がしっかりしてる企業を若者が選好する傾向にあってだな、学校でもそんくらいのサービスは提供して然るべきだと思うワケ」
「熱心だよねえ。最近は僕とも全然遊んでくれなくなったし。というか今も凄い目してるし」
わざとらしく悲しむそぶりを見せるが、絵になっているのが小憎らしいところだ。むごたらしく死なねえかなあと思うものの、まあ足の小指をタンスの角にぶつけるくらいで許してやろうかなと思う。
「俺の目、そんなヤバい?」
「うん。このまま電車乗ったら痴漢冤罪RTA世界記録達成ってレベルで」
「マジで?」
世の中の理不尽さを嘆かわしいぜ。
雨上がりの道路は地面から立ち込める蒸し暑さで、水たまりは宝箱のように、青い空と白い雲とギラつく梅雨明けの太陽を収めていた。
垂れ目整形でもしてみようかと思っていると、ふいに後頭部に軽い衝撃が走った。
「うおっと」
「朝から何うつむいてんのよ、ヒロ」
姉ちゃんだった。半ば力ずくで俺から所有権を奪ったシルバーのママチャリにまたがっている。
「この衝撃の軽さ……昨日は置き勉してきたってわけか」
「宿題出なかったのよ。カオルもおはよっ」
「え、あ、はい! おはようございます!」
「うんうん、いい返事だ少年。その意気その意気」
軽くカオルの額にデコピンをかますと、チャリを発進させた姉ちゃんの姿が嵐のように見えなくなっていく。
カオルはといえば、額のあたりをさすりながら、顔をほんのり紅潮させて姉ちゃんの行った方を眺めていた。
「お前、ほんと分かりやすいよな」
「……うるさいな」
バツが悪そうにつぶやくと、大股でカオルが歩き始める。
* * *
教室は16番乗りくらいだった。
せっかくだからカオルに競り勝とうと小走りで教室へ走ったのだが、NBA顔負けのディフェンスを見せたカオルによってそれは阻止された。
まだ梅雨明けということもあって空調が稼働しておらず、教室内は蒸し暑い。
そして、さっき走ってきたから汗が出る。一限目の数学で提出するプリントをカバンから出して机に置いたら、いつの間にか肘にくっついていた。
「あちー」
「ほんと暑いねえ」
カオルはさっき俺とデッドヒートを繰り広げたとは思えない涼しげな顔だ。汗一つかいていない。
「いつも思うんだけど、お前のそれって仕様なの?」
「なんのこと?」
「いや……」
イケメンはすべてがイケメンであるが故のイケメンなのだ。
観念した俺はラノベを取り出して読み始める。カオルはカオルで、俺の前の席に腰掛け、話しかけに来た女子への応対で忙しい。
何分経っただろうか。
「おっす、ヒロ」
「お、ナオヤか」
友人の
「早いな、今日は」
「課題やんねーとさ。ヒロはやったん?」
「やった」
「マジ?」
ナオヤのけだるげな瞳が
「……見るか?」
「助かる!」
「昼飯」
「焼きそばパンでどうだ」
「ふん……いちごミルクもつけな」
「仰せのままに!」
俺が仰々しく差し出したプリントをひったくると、そこからもうがむしゃらでシャーペンを動かし始める。
話し相手(見込み)を失った俺は再び手持ち無沙汰になった。ラノベをもう一度開く気にもなれない。
寝ようかな。
蒸し暑い教室内で座ったまま寝ることは至難の業だが、これもまた一興だろう。
朝早くからドップラーしている救急車のサイレンを子守唄替わりに、腕に顔をうずめようとした刹那、教室入り口の方がにわかに騒がしくなった。
殺人事件でも発生したかと顔を勢いよく上げると、目立つ髪色の女子グループがずかずかと入場した。
(なんだ、
俺の目は女子グループの中心に立つ姿をとらえる。
女子の中では背が高いのでよく見えるのだ。
明るい茶色に染められたロングヘアも、切れ長で冷淡な印象を与える目も、抜けるように白い肌も。
そしてイケてる女子らしくボタンの開けられたワイシャツから見える胸元も、短く折ったスカートからモデル顔負けに伸びた脚も。
大人びた彼女の制服姿というのはそれだけで男子生徒には毒だった。俺も俺で無意識のうちに視線が吸い寄せられてしまっている。
目が合った。
彼女は虫けらを見るような顔を浮かべて、
「キモ」
とだけ、言った。
通り魔のような言葉の暴力を振るわれたが、いつものことなのでもはや俺の感情はさほど動かない。
「……川の向こうに、死んだひいじいちゃんが手を振ってる姿が見える」
「暴言吐かれたくらいで死にかけるのも珍しいよね」
死にかけのセミのようにうごめく俺を見て笑いながらカオルが言う。続けて、
「それにしても、鷹宮ってヒロにだけ当たり強いよね。なんでなの?」
「あ、それは俺も思った」
なおも阿修羅のように数学の宿題を写し続けながら、ナオヤが顔を上げた。
「う~ん……」
理由らしい理由はないが。
「……なんでだろうな」
俺は頬杖をついて、これ以上何も聞いてくれるなよとばかりに窓の外を見る。梅雨明けの快晴は寝坊した眼球のように白々としていた。
「オイ、隠すことねえだろ」
「そうだよ、僕たち親友でしょ?」
俺が遠い目をして窓を見つめているにも関わらず、ナオヤとカオルはさらに質問攻めをしてきやがる。
「ええいやかましい! 妾の言うことが聞けぬと申すか!」
と宮廷のじゃじゃ馬姫君っぽく言うと、二人はしぶしぶ引き下がった。やれやれ、イエロージャーナリストどもめ。
さりげなく鷹宮の方を見やる。彼女は教室中央あたりの自席に陣取り、見目麗しい男女グループの中心にいて何やらお喋りに花を咲かせている。
ふと、彼女がこちらを見る。
目が合った。
「チッ!」
するとなんと、彼女は舌打ちを一発かましたではないか。
俺は恐怖に震える身体を必死に沈め、彼女から視線をそむけた。
「天音、なんかイラつくことでもあったの?」
彼女と仲の良い
「ね、いきなり舌打ちしてさ」
黒ギャルの
「いや、なんでもない。ちょっと嫌なこと思い出しただけだから」
「ふーん、ならいいけどさ」
「悩みあったら相談乗るからね」
と、優しく声掛けする池田と石川だが、まさか俺と目が合っただけで舌打ちが出たとは想像だにしていないだろう。
(しかし、なあ……)
なぜここまで関係がこじれてしまったのだろうか、と思う。
俺たちは、これでも昔は仲の良かった、幼なじみなのに。
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