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話の区切り上、今話短いです。
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ひと悶着あった後で落ち着きたいと思い、本校舎から少し離れた場所にある自販機へと俺は足を運んだ。旧校舎へと繋がる大きい渡り廊下を渡ったところに設置されているのだが、他の自販機よりも値段が10円安い。
100円を投入して黒い缶のパッケージのボタンを押すと、黒ギャルの石川が声をかけてきた。
「何してんの?」
石川はアニメのヒロインみたいに両手を後ろで組みながら、上目遣いにこちらを見上げてきた。そのあざとさに思わず告白しそうになるのをこらえ、
「見りゃ分かんだろ。コーヒー買ってたんだよ」
「笠井ってブラック飲めるんだ」
「アァン? まぁナ」
「ウチも飲もっかな~」
石川はそう言って、俺と同じ缶コーヒーを押した。プルタブを開けて口をつけたところで、
「うへぇ~、にっがぁ。ウチには早かったなこりゃ」
と言って顔をしかめ、ぼーっと眺めていた俺へ飲みかけのスチール缶を手渡した。
「これ、あげる」
「え?」
え、ギャルってこーゆーこと平気でするんだと思って、渡されたブツをしげしげと眺める。気のせいか、飲み口の部分が妖しい光沢を帯びているような気がしてドキドキするな。
「笠井、間接キス意識してる?」
「ば、ばばばばばバッカオメー! こんなの日常茶飯事だっつーの!」
と言ってコーヒーをガブリと飲む。ところで、俺が買った缶ってどっちだったっけ?
自然と、石川と並んで教室の方へ歩き出す。
横に並んで改めて分かったことだが、彼女は俺の肩くらいまでの小柄な背丈で、歩行もゆっくりだった。鷹宮とは色々と違うんだな、と俺は無意識に比較した。
スマホを見ると、朝のホームルームまではまだ時間がある。
俺は廊下の途中で立ち止まった。
「どしたの?」
石川が不思議そうに見てくる。
スチール缶を指で叩く。乾いた音が小気味よく鳴る。昼の放送で流されているバンドのドラム音に接続し、ベースのピロピロ音へ変わり、またスチール缶へと戻って来た。
ちょうどいい機会だから、聞いてみようと思った。
「石川ってさ、鷹宮とは中学からつるんでたよな?」
「うん、そだよ」
「結構長いんだな。5年くらいか」
「だから天音のことなら何でも知ってるよん? 天音と笠井が幼なじみってことも」
「え、マジで?」
「うん」
いえい、とピースする石川を見て、あっなんかギャルっぽいなと思った。
―― 俺と鷹宮が幼なじみであることを知っている彼女であれば、鷹宮が俺を嫌いになったきっかけみたいなのも知っているのではないだろうか。
なんというか、からめ手みたいで気が引ける面はある。
なんとなく気恥ずかしくなって、窓の外を見やった。日常のルーティーンに倦んだ太陽がげんなりと浮かんでいる。窓越しに太陽の輪郭を見て、目を閉じると、まばゆい光の中に誰かの顔が浮かんだ気がした。
「……アイツとはさ、中学入りたての頃まではまあ、それまでと同じとはいかなくても、普通の友達みたいな距離感で付き合えてたんだよ」
「うんうん」
「でもしばらくすると俺のこと無視するようになってきて、と思ったらキモいとか死ねとか暴言吐かれるようになったんだけど。これってやっぱ反抗期なのかな?」
「どうだろうね~」
石川も俺の隣に立って、窓枠に両肘をかけ、頬杖をつく形で外を眺めた。
鷹宮とは系統の違う、日焼けしてはいるものの、幼くて可愛らしい顔立ち。人懐っこそうな印象を相手に与える。
なるほど男女問わず友人が多いのにもうなずけるし、性格もちゃんとフレンドリーなのがすごいと思った。
「てかさ、笠井から見て天音ってどうなの?」
「どうなのって……どうなの?」
「ほら、好きとか付き合いたいとか、綺麗だとかかわいいとか」
「そりゃもちろんめちゃくちゃ綺麗とは思ってるけど」
「じゃあ好きなの? どうなの!?」
急に目を輝かせながらグイグイくる。シトラスの空気にビターで刺すような匂いが混ざっているが、後者は彼女が口をつけたブラックコーヒーのものだろう。
「好きって言われると……別にって感じだな」
「ええ~なんでえ~!? 天音あんなにかわいいのに!」
「なんでっつわれても……中学からアイツと疎遠になってたから、全然喋ってもねえし、それで好きになる方が難しいだろ」
「でも天音かわいいよ!? 一目惚れしない!?」
「小さい頃はよく一緒に遊んだからなあ。今更一目惚れもないだろ。その時から妹的存在だったし」
「い、妹……」
姉ちゃんも俺も、当時は妹ができたみたいだって喜んでたなあ。
石川はつまらなそうに口をとがらせ、「つまんな~」とぶつくさ言っている。
まあ、仮に俺が鷹宮のことが好きだったとしても、絶対に言わないけどな。
陽キャにとって陰キャの恋バナというのは酒の肴のようなもので、放課後に俺抜きで開催されるカラオケやらボーリングやらの親睦会で、「そういや笠井って○○のこと好きらしいよ」と話題に挙げられ、「え、誰それ?」「あ~いつも隅っこでニヤニヤ笑ってるやつだろ? ウケる」「てかアーシらで応援したげない!? ウッソまぢ卍」となり、なんやかんやで俺は翌朝路地裏で冷たくなっているところを発見されるに違いない。
「だからまあ、恋愛がどうとか異性としてどうとか抜きにして、大切には思ってるよ」
「ふ~ん。……ま、そーゆー愛のカタチもアリなんかもね。でもさ、それ本人の前で言っちゃダメだかんね? 女の子がそんなこと言われたら傷つくから」
「……? わかったよ」
女心への配慮の必要性を説かれていると、昼休み終了5分前を知らせるチャイムが鳴った。
「残念、時間切れだね」
石川はニヤリと笑い、教室へと入っていく。その背中をぼんやりと眺めながら、俺は缶の底に残った水滴を、口の中に振り落とした。
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