第13話 ユウのメール

 翌早朝。


 俺をその悪夢から醒ましたのは、一通のメールだった。

 

『件名 幹へ


 ユウだよ。


 昨日君に言われたこと、とてもショックだった。


 だけどあれが君の本音なら、私は信じてもいない君を、ずっと巻き込んでいたことになるね。


 ごめん。


 私はこれから、あの製薬会社のA県支社に行ってみる。


 大きな会社の小さな地方支社だけど、あそこの研究施設では、あの薬の研究開発を行っているらしいんだ。


 もし、何も話を訊いてもらえなかったら。


 私は、覚悟を決める。


 ちまちまと未来に情報を残すのも悪くないけど、スズメのために、もっと重要なことをしておきたくなったんだ。


 未来に、悪魔が生まれないように。そのためならどんなことだって出来る自信がある。


 私がいなくなっても、気にしないで欲しい。


 カマルは未来で、元気にやってるから。


 もし、幹がいつか、私の話を信じてくれたら。


 もし、未来のために残せる情報があると思ったら。そのときはよろしく。


 幹といて、楽しかったよ。

 

 P.S. あの野鳥のことも、よろしくね。』







 慄然とした。


 バカが。


 あの妄想メンヘラバカが。何だこの超展開は?


 このメールはきっと世界でただ一人、俺にしか通じないテロ予告だ。


 だから嫌だったんだ。


 こうなる前に縁を切っておくべきだった。


 関係無い。


 見なかったことにしよう。


 会わなかったことにしよう。


 俺はぶつぶつ言いながら、居間で着替え始めていた。

 

 なんでだ? またかよ。日常に戻れよ、俺。


 物音に気づいて、寝ていた叔父が様子を見に来た。


「幹、出かけるのかい……?」


「うん、ちょっとユウに会いに」


「そうか。気をつけて」


 神妙そうな顔の叔父は、俺を止めようとはしなかった。


 咳をしながら超然と、俺の目を見てくる。


 自覚してはいなかったが、俺はただならぬ気配を発していたようだ。


「叔父さんは、自分の大切な人が目の前で生まれ変わろうとしていたら、どうする?」


「それは、人として努力して、自分を変えるという意味かな? それとも……」


「あんまりポジティブじゃない意味かな、俺にとっては」


「なるほど。なら答えは簡単だね。病気だろうと事故だろうと、やれることをする」


「……叔母さんの時も、そうだった?」


「勿論。どうしようも無いこととはいえ、今でも暴れたくなるほど悔しいさ。けれど幹がいるから、今まで耐えられた。シルバがいなくなった時は、堪えたけどね」


「うん……あれは堪えたなあ」


 止められるなら止めた。


 普通の日常は、守り続けることでしか築けないんだろう。


「何があったか知らないが、また、ユウちゃんと一緒に夕飯を食べよう」


 咳き込んでよろめく叔父に向かって頷いて、俺は家を飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る