第8話 ふたりでアイス

 その日は太陽が高かった。


 夏も終わりが近づいたが、まだまだ照りつけてくる日射しは暑い。


 沈みきる前にクエストを終えられたので、まだ時間的に余裕がある。


 俺達は海岸沿いに建つ小さな個人商店に立ち寄って、スティック型のアイスを買うことにした。

 俺はチョコ、ユウはシンプルなバニラ。


 食べながらのんびりと歩いていると、真っ赤な夕焼けが日本海側の水平線を染めているのが道路からも見えた。


 海面が星雲のように煌めいて、心地よい潮風が漂ってくる。


「確か、この付近の海は干上がっているんだっけか?」


 俺は呆けたように呟いた。


 ユウの話では、未来では海水の量が極端に減っているらしい。


「うん……そう……」


 何やら考え事でもしていたのか、ユウは胡乱な目で水平線を見つめていた。


 白い肌がオレンジに染まって、一幅の絵画のようだ。またしても俺は見取れてしまう。


 嵌ると危険だと分かっているのに、こいつの遠くを見る横顔はあまりにも蠱惑的だ。


「幹……やっぱり、私は君をずっと前から知っていたよ」


 唐突に、ユウは語り出した。


「中学時代のことか? だから会話は無いって。人違いだろ」


「いや……これは、カマルの記憶みたい。記憶やイメージが混ざっていたんだ。漠然とだけど、カマルの中には元から、前世の――ユウとしての私の記憶が残っていたみたいだ。今見ている夕焼けを、海が無いはずの未来でカマルは覚えている……君と一緒に見たことを、カマルは知っている」


「そいつは嬉しいな。けど、カマルにとっちゃ取るに足らない思い出なんだろう? 未来に比べれば、小さなことだしな」


 適当な返答。


 何もかも語調を合わせていたら、こっちもおかしくなる。


「いや、カマルにはもっと幹の記憶が……あれ?」


 ユウは、海の向こうから空に視線を移し、懊悩しだした。


 未来の自分の記憶を辿っている――つもりなのだろうか。


 無意識の名演技だった。


「で? カマルくんとしてのお前は、俺のことをどう思ってるんだ?」


「わ、私は……あれ……?」


 ユウは立ち止まった。


 視線が泳ぎ、狼狽している。


 溶けたアイスが、ユウの指を伝って垂れていく。


 俺は何故か、それを目で追ってしまう。


「おい、どうした? 何かあったのか」


「な……何でもない! か、帰ろう!」


 ユウは胡乱だった目をしばたかせながら、いそいそと歩いて、先へと行ってしまった。


 俺はしばし唖然としながらもユウを追いかけたが、何故かだんまりを決め込んだユウは、それっきり返事もしてくれなかった。

 

 勘に障ることでも言っただろうか?


 仕方なく俺もそのまま帰ってしまったが、どうも釈然としない。


 全く、メンヘラは己の妄想の中だけで生きている。


 さすがに疲れてきた。

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