第6話 ヘソが丸見えだ
数日後の夜中。
俺とユウは、ファーストフード店から自転車で三十分ほどかかる場所にある、小さな神社にやってきた。
到着したのは、よりにもよって丑三つ時の午前二時。片手に持った懐中電灯の明かりだけでは、不気味さは誤魔化しきれない。
「さあ行くぞ、幹」
張り切るユウは巨大なシャベルを背負って、鎮守の森の奥深くへと進入していく。
「はいよー」
俺もシャベルと、ずっしり重いリュックサックを背負ってユウに着いていく。
とびきりの珍入者である俺達だが、この神社に祭られた神様は抗議一つしてこない。
俺達の目的が読めずに、神も困惑しているのかもしれない。
『来世のために情報を残させて下さい』なんて祈願されたら、俺が神様でもスルーする。
「うん、これだよ幹」
ユウは森の奥の大樹を見上げていた。
この小さな神社のご神木で、太い注連縄も巻かれている。
俺とユウの二人で手を伸ばしても届かない程――ではあるが、正直言ってそこまで大きくはない。
よくテレビで見る屋久島の原生林の方が壮観だ。
しかし、目を輝かせているユウによると。
「この木は、未来までずっと残ってるんだよ。もっともっと大きくなって、逞しくなって森の主みたいになってるけど。注連縄の切れっぱしが、木の幹の上の方に残ってたんだ」
とのことらしい。
「確かに訊いた話と位置関係は同じだな。ここは山の上だし、津波やら何かの天変地異があっても被害は少なそうだ」
「うん! 妥当な場所だし、未来の人達にも分かりやすいだろ!」
喜色満面、得意気なドヤ顔。
誉められた子犬か。
悪くない。
「じゃ、早速取りかかるか。見つからない内に終わらそう」
俺がシャベルを振りかぶると、ユウも「おー」と頷いてシャベルを構えた。
無遠慮にご神木の根本にシャベルを突き立てた俺達は、しばし無言で、されど手早く土を掘り返し始めた。
掘って掘って、滝汗が出ても掘りまくる。
真夏のまっただ中、夜になっても充分な熱気だ。
この辛苦にどれだけの意味があるんだろう。
しばらく経って、小休憩に入ったユウを見て俺は思う。
土まみれのユウは託しあげたシャツの裾で顔を拭いながら、乱れた息を整えていた。
「幹、さすがに体力あるなー……私は駄目だあ。未来で少しは生きるための技術を学んだけど、こっちではあんまり役に立たないし……暇つぶしに、未来の知識で工作するぐらいだもん。カマルと違って、この時代の女の体はガタがきやすいしなー」
自分が女である、ということを客観視しているらしい。
大量の汗で濡れた透過したシャツが、ユウの体の輪郭と下着の形と肌の色をくっきり浮かべている。
ヘソが丸見えだ。
前言撤回。
ここまで来た意味は充分に、存分にあった。
「写真を撮らせてくれ」
「いいけど何で?」
「すまん何でも無い」
ユウが不審そうに見てくるので、穴掘り作業に俺は戻る。
掘る→チラ見→掘るの流れで目に焼きつけることにしよう。
これだけのことで、どんな苦行も耐えられる気がする。
そんな自分が残念だった。
やがてユウも復帰して、掘り続けること約三十分が経過した。
地面には、人が一人すっぽり隠れられるぐらい縦長の穴が穿たれている。
「よし! もういいね。幹、あれを埋めよう」
「了解」
俺は穴の外に置いておいたリュックサックの中から、厚い金属製の箱を取り出す。
ナッツ型で俺の頭よりでかい。
ネットで購入した、タイムカプセル用の箱である。
中には複数のファイルが入っていた。
水の濾過方法や食べられる野草など、孤立しても安心なサバイバル術について書かれたファイル。
現代から未来の世界に至るまでの地形の推移から予想した、水源の場所を記したファイル、などなど。
ユウと俺が二人で相談して作成した、未来に役立つ情報セレクションである。
勿論それらは全て、ユウが手書きで未来の言語に『翻訳』している。
「未来の奴らは、ちゃんと役立ててくれるんだろうな?」
ユウの妄想に合わせて言ったつもりが、少々白々しくなってしまった。
怪しまれたかと思ったが、ユウは気づいていない。
「きっと気づいてくれる。未来で、私がここの地面を掘ってみるよ。まだあったら誰かに渡して広めてもらうけど、無かったら誰かが見つけてくれたってことだ。そっちの可能性を、私を信じる」
ユウは希望の溢れる力強い眼差しで見つめながら、タイムカプセルを穴の中に置いた。
俺はユウと頷きあってそれに土を被せていく。
きっちり穴を埋めて足で踏みしめて固める。カモフラージュに小石などをばらまいておいた。
「これでいいね。今日はここまでだよ、幹」
「おう。やったなユウ」
労ってはみたが。
これが有効かつ最適な方法だとは俺は思っていない。
金属だって腐食するし、中の紙だって悠久に近い時間には耐えられないのでは無いだろうか。
「幹が手伝ってくれたおかげだ」
俺の内心には全く気づかずに、ユウは笑顔で言う。
全身土まみれの美少女の微笑みは、貴重かつ享楽的だ。
自分の適当さに後ろめたくもなるが、俺に責任は生じようも無いのですぐにどうでもよくなった。
過去ならまだしも、未来に後腐れなど無い。
ひと仕事終えた心地よい疲れに身を委ねて、俺とユウは帰途に就いた。
森から抜けて、人気の無い真っ暗な歩道に出る。
そこで俺は奇妙なものを目にした。
「ユウ、ちょっと待て」
欠伸を浮かべながら自転車のペダルをこぐユウを、俺は呼び止める。
早く帰りたいとごねるユウも、すぐに興味を惹かれた。
街灯の薄明かりの下で、何やら小さな生き物が蠢いていた。
自転車を降りた俺とユウは、慎重に近づいてみる。
それは羽が傷ついて、飛べなくなった野鳥だった。
ぴょこぴょこと歩きづらそうに俺の方に寄ってきて、ぴー、と助けを求めるかのように鳴いてきた。
本当に野生動物だろうか。やけに人なつこい。
「見ない鳥だね。喧嘩でもしたのかな?」
ユウはしゃがみこんで、その野鳥の動きに見入っている。
種類は分からないが、羽毛は鳶色で美しい。
怪我をしていなければもっと立派に、優雅に空を舞えるのだろう。
あまり体は大きくは無いのでそういう鳥なのか、成鳥になったばかりかもしれない。
「このままじゃ飛べそうに無いな。どうするユウ? 拾ってやるか。それとも、未来には関係無いから置いていくか?」
名も無い野鳥の頭をそっと撫でてやりながら、俺はちょっとユウを虐めてみることにした。
これも未来のことに比べれば小さなこと、とユウは残酷に切り捨てるのだろうか。
「拾ってあげよう、幹」
ユウはぼそりと答えた。
お。意外だ。
「さすがのお前も弱った生き物は見捨てないんだな。この時代のことも考えてるのか」
「安全な場所で繁殖させれば、未来までこの子の子孫が残ってくれるかもしれない。そうなれば食料源として貴重だよね、うん」
ユウは深慮して、自分を納得させるように頷いた。
こっわ。
「そんな理由で、弱った動物を拾う奴初めて見た!」
そこまで妄想に徹底して従うか。俺はユウの本気具合に、改めて恐れを抱いた。
ユウは俺のツッコミを無視して、
「幹、リュック貸して。私が持って帰るから」
こちらを見ずに言い放つ。
無言で俺はリュックサックを渡した。
ユウは無造作に受け取ってジッパーを開き、野鳥に手を差し伸べる。
自分の子孫の運命を知ってか知らずか、野鳥はちょっと躊躇いながらもユウの手の平に乗った。
ユウは「大人しくするんだぞ」と人質を脅す強盗のようなことを言って、野鳥をリュックの中に慎重に入れて、ジッパーを締める。
手早い。
「……ユウ、お前が食うんじゃないよな」
「『現代』の私は、そんなに飢えてないよっ!」
ムキになってユウは怒鳴る。
「そ、それならいいけど……」
まあ、今生では生き延びられるのだ。この野鳥も文句はあるまい。
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