第4話 妄想メンヘラ系僕っ娘という扱いの困る属性

 妄想というより行き当たりばったりの中二病なんじゃないか、こいつ。


「テセウスって何だよ。宇宙人でも襲来したのか?」


「違う。テセウスの乗船者達は、人類の中から新たに生まれた希望に溢れる者達だよ。彼らは特殊な能力を生まれつき持っていて、その力で人を助ける」


「……ターミネーターに、能力バトル要素が入ってるのか」


「能力バトル? それは何? 参考になる?」


 口が滑ってしまった俺に向かって、ユウは身を乗り出して訊いてきた。顔が近い。


「あー……まあ、マンガとかラノベとかでよく出てくる、特殊能力者が互いの力で戦ったりするジャンルだな」


 何故に俺は、こんな所でオタク文化をレクチャーしているんだろう。


「ふうん、マンガでもそういうのがあるんだ。今度読んでみる」


 うんうん頷いて、ユウは関心している。


 いや、良く考えれば知らないはずは無い。


 ガキ臭い妄想には大抵オリジナルがある。


 意識的にしろ無意識的にしろ、ユウもそこらの作品からパクっているはずだ。ネーミングとか。


「そのテセウスとかってのは、どういう意味なんだ?」


「さあ。意味は知らない。カマルが生まれた時には、すでにその名前があったから」


 しらを切るか。


 まあ、カタカナ語はそれっぽく適当につけても様になるものだ。


「『乗船者』って響きは、多少凝っているけどな」


「は?」


 またしても口が滑ってしまった。


「い、いや、何でもない。その何とかの乗船者は、能力バトルよろしく殺し合いでもしてるのか?」


「それは、今のところは無い」


 ユウはきっぱりと告げてかぶりを振る。


「彼らは考え方の違いはあるけれど、殺し合ってはいない」


「へー。能力があるのに戦わないのか。面白い発想……いや、立派なもんだな」


「危険なんだ。彼らの能力は、必ず他者の生死に直結しているから」


 何とも物騒で、抽象的な言い方だった。


「破壊力がすごすぎる、とかなのか?」


「破壊に繋がることもあるけれど……私が会った中には、『見ただけで死ぬ絵』を描ける者がいた。『触れるだけで死ぬ指』を持つ者もいた。そんな者達が争えば、どうなる?」


「相打ちか、鼬ごっこだな」


「その通り。不毛だろう? 能力は自分自身には使えない、というカセもある。彼らは互いに能力が干渉した場合の危険性を考えて、早くから戦いを禁じたんだ」


 筋は通っているが。


 人間がそこまで、思い描いた理想通りに動けるだろうか。


「野心に駆られる奴も、中にはいるだろ?」


「それが、いない。普通の人間にはそういう汚い考えのもいるけれど、彼らは――何というか、人が持つ希望を心から信じている。ずっと昔から、生まれる前から、人という種を信じていたみたいに」


「ご都合主義な世界だな。そんな展開じゃ面白味が……」


 またしても意見が口に出てしまったが、ユウは。


「マンガや映画と一緒にするな。幹」


 先にぴしゃりと言ってきた。


 参考にはするくせに、マンガや映画と自分の妄想をくっきり区別しているらしい。


 意外と理性的で合理的な妄想だ。


「それでえーと、カ、カマ……?」


「カマル。未来の私、生まれ変わった私」


「そのカマルがいる未来の世界はどうして滅んだんだ?」


「さあ。知らない」


 本日二日目の『さあ』。


 所々、ユウの合理的な妄想には所々虫食い穴がある。


 この手の妄想や中二病は、世界が滅ぶ理由にこそカタルシスがあるのでは無いのだろうか?


 偏見かもしれないけど、神の審判とか悪魔の侵攻とか、それっぽいやつが。


「本当に知らないのか?」


 今考えてもいいぞ、と口に出しかけたがさすがに黙っておいた。


「知らない。記録がどこにも無いし、誰も覚えてない……分かっているなら、私ももうちょっと、具体的な努力が出来ると思う……」


 ユウのウィスパーボイスが、急に尻すぼみになった。


 鬱のスイッチが入ってしまったようだ。

 鈍重そうに肩を落として、がっくり俯いている。


「あー……ええと、知らないのは、お前やそのカマルのせいでは無いだろ? 考えすぎても仕方ないって」


 俺はユウの妄想を慰める。


「うん……そうだね。ありがとう、幹」


 口の端を上げて、ユウは諧謔的な笑みを浮かべる。


 複雑な人生経験を顔面に刻んだかのような、同年代の少女があまり浮かべない表情だった。


 思わず見惚れてしまって、俺はちょっと後悔した。

 何の因果でファーストフードで妄想長話をする少女を、慰めながらドギマギしなければならんのか。


「でも、大丈夫なんだ。私はへこたれない。未来にはスズメがいるから!」


 むくりと顔を上げたユウは、またも謎の言葉を口にした。


 今度は鳥かよ。


「現代にだってスズメはいるだろ? そこら中の電柱に。未来にはいないのか?」


「そのスズメじゃない! 未来のスズメは女の子だ! 私が――カマルが命を賭けて守っている女性だ!」


 力強く剛胆に、ユウは店内に響き渡る大声を発した。


 周囲の視線がもう激痛。


「そ、そうなのか……女の名前なら先にそう言えよ」


「スズメは、私が知る中でも、最も優しくて、けれども弱い、テセウスの乗船者の一人なんだ。スズメはね。どんな酷い怪我をした人間でも、立ちどころに癒してしまえる。不条理な未来の世界の死を、他人から奪ってしまえるんだ」


「ああ、治癒能力ね」


 軽く言い放ってしまった。

 ありがちだが、それも生死を扱える力に入るのか。


 能力バトルにおいては地味ながら堅実な属性だろうが、人を殺すよりはずっと実利的で、便利な能力とも言える。


 実在するならば、だけど。


「私は――カマルは、スズメと会って初めて、世界に希望を抱いたんだ。彼女を守れれば、人が理不尽な日常に絶望せずにすむんだよ。スズメの側に、ずっといたい……ずっと……」


 ユウはひたすらに熱弁する。

 

 爛々とした目で滔々と、我が事のように誇っている。


「つまりお前は来世では少年になって、女の子に恋をしていると。そういうことか?」


「……恋?」


 きょとんとされた。


「だろ? 今まで気づかなかったのかよ、まさか?」


 俺は段々と、加虐的になってきていた。


「恋…………そうなのかな? そうかもしれない……」


 ユウの顔に紅葉が散る。


 真っ赤なユウは口を真一文字にして、またしても俯いてしまった。


「スズメは、あんなすごい力があるのに、私にしか心を開いてくれないんだ。だから、その……私がいつもいて、守ってあげないと。自分の傷は癒せないから……」


 もごもごとユウは口ごもる。

 俺は呆れを通り越して、感動を覚えていた。


 妄想上の世界に、妄想上の能力。


 そして、自分と同性の、妄想上の彼女。


 こいつの頭の中は、どこまで合理的に歪んでいるんだろう?


「わ、私は一日数時間ぐらいしか、カマルとリンク出来ないから……スズメにはこの現代に生きる『ユウ』のことは話してないんだ……不安にさせたら、その……可哀想だし……」


 恥ずかしそうに縮こまっているユウの姿が、また可憐だ。


 そう感じる俺も病んでいるのだろうか。


 メンヘラに惹かれていたら身が持たないとは、分かっているつもりだけれど。


「……で、その荒廃した未来の世界と、死を操る能力者と、お前の生まれ変わりのカマルとスズメちゃんの話は、何とか理解出来たけども」


 まあ、内容を理解は出来るが共感はしていない。

 

 単語を並べただけで笑いそうになる。


「そう? 良かった」


 ユウは顔を赤らめたまま、嬉しそうに俺を上目遣いに見つめてくる。


 何だこの小動物は畜生。


「そ、それと俺の高校の石碑をがりがり削る行為と、どう関係あるっていうんだ?」


 声が上擦ってしまった。


「色々試してみたんだけどね。この先、滅んだ未来に至る歴史そのものは、どうやっても変えられないみたい。この時代で何をやっても、何をしても、決定的な変化は未来では現れない」


「ほー。難しいもんだな」


 決定論とかいうものか。


 予定された結果は、どうあがいても変えることは出来ない。


「未来では、過去の世界がどんな地形で、どんな文化があったのかという歴史さえ、殆ど失われてしまった。水源になるような場所はどこか? どんな植物が食べられるか? 病気の治し方は? そんな小さなことも、未来には伝わっていない」


「そこまで徹底的に壊れるのかよ、人間社会が」


「とっても悲しいことだけどね……でも、歴史は変えられなくても、未来に少しぐらいは情報を残してあげられる。さっき言ったような些細なことでも、未来ではとっても有益な情報になる」


 ユウの目的が、分かりかけてきた。


「じゃあ、あの石碑に刻んでた、変な碑文みたいなのは……まさかお前が、未来に託した『生活の知恵』ってやつなのか?」


「そう。私がカマルとして未来を歩いた時に、あの石碑と殆ど同じ形の物を見つけたんだ。現代であの石碑に情報を刻めば、私以外の誰かがあれを見つけてくれるかもしれない。賭けみたいなものだけど……でも、人が生きるちょっとした糧ぐらいにはなるかもしれないだろ? 文字は未来で使われてる物だし、現代人には気づかれない」


 俺は唖然としていた。


 そんなに小さすぎて、実りの少ない努力があるだろうか。


「……お前、ずっとそれを実行してるのか?」


「うん。未来でスズメと一緒に世界を眺めて、こっちでは情報を残してる。ずっとね」


「毎日か? 学校はどうしてるんだ?」


「ほぼ毎日だよ。学校は……あんまり行ってない。親は怒ってるけど、未来に比べれば学校も、勉強も小さなことだろ?」


 決然と、淡々と、ユウは述べた。


 この奇妙な部屋着のような格好も、動きやすさを優先したのだろう。

 

 言葉遣いが男っぽいのは、来世のユウであるらしいカマルの性格や口調がフィードバックしているのか。


 ユウとカマルは渾然一体となって、溶け合ってしまっている。


 そういう――妄想なのだ。


 俺はユウの顔を見つめて、沈思黙考した。


「……どうした幹? やっぱりこんな話は、信じられなかった? それが当然だとは思うよ。親も友達も、来世の自分と心が繋がるなんて話は……」


 ユウは、陰りのある顔でこちらを見つめ返す。


「信じるよ」


 口が滑った。これまで以上に盛大に。


「俺は信じる。ユウが言ったこと、全部」


「え……?」


 ユウはまたきょとんとした。

 

 信じるわきゃ無い。

 

 性格が悪いと言われても仕方ないが、このときの俺の精神は夏休みの延長上にしか無かったのだ。


 無為。


 適当。


 失った家族のことを忘れられる、ほんのちょっとの馬鹿らしい遊び。


 妄想メンヘラ系僕っ娘という扱いの困る属性ではあるが、それでも相手は絶世の美少女だ。


 こんなフラグは二度と立つまい。


「話は分かった」


 やけくそ紛れの暇つぶしに。


「俺も手伝おう――人類の未来のために。お前と、そのスズメちゃんのために」


 呆けていたユウは、がたんと椅子をはね飛ばして、立ち上がった。


「ほ……本当か? 本当なのか幹ーー!?」


 素晴らしく可愛らしい、アイドル然とした笑顔がそこにあった。


 罪悪感は無くも無いが、ま。

 これも経験ってことで。

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