第3話 テセウスの乗船者

 俺達は十分ほど走った所で、目についたファーストフード店に入った。


 四方田は凶器にしか見えない彫刻刀を握りしめたままだったので、すぐに仕舞わせる。


「そのザマじゃ、どこ行っても捕まるだろーが」


 言い聞かせたが、全然納得出来ていない様子だ。


 この国の警察機構をなめないで欲しい。


 不審そうに俺達を見比べながらもスマイルを忘れない、妙齢の店員からポテトとコーラを二人分購入する。


 この隙に四方田が逃げ出さないだろうか。


 不安だったが四方田は大人しく自分のトレイを持って、とことこ俺の後ろを着いてくる。


 一安心して、人目に触れにくく外の様子を見やすい、二階の窓際席に座ることにした。


 四方田は俺を睨みながら、もそもそとポテトを食べ始める。


 石碑への彫刻作業を中断されたことを、相当恨めしく思っている様子だ。

 眉は寄せながらもポテトを食べる手を休めない所を見ると、相当腹が減っていたらしい。


「……余計なことをしてくれたね」


 ぼそりと四方田が呟く。


「文句を言いたいのは俺だ。顔は見られてないと思うけど、バレたら俺もやばいんだぞ」


 良くても停学だと思う。手を握って逃げてきてしまったのだから、言い逃れも利くまい。


「それぐらい、未来に比べれば小さなことだよ」


 仏頂面で、またも訳の分からんことを四方田は抜かした。


 生粋の不思議ちゃんなのか、こいつ。


「古谷幹(ふるや みき)だったね。君はそんなにお節介だったのか?」


 四方田は、訝しんでいた俺を、突然フルネームで呼んだ。


「……俺の名前、覚えてるのか? 中学の時は、喋ったことなんか無かっただろ」


「中学?」


 四方田は不思議そうに首を傾げた。


「クラスメイトだったから覚えてたんじゃないのかよ?」


「……違う。でも古谷幹、君のことは、良く……覚えている……みたいだ」


 呟く四方田の眼がせわしなく、くるくると宙を泳いで回る。


 遠い記憶に想いを馳せているかのようだが、俺達が中学を卒業したのはつい数ヶ月前の出来事だ。


「どうして、私は、君を覚えているんだろ?」


「……そりゃこっちのセリフだ」


「むー……?」


 四方田は悩ましげに、ふりふりとメトロノームのように首を降り続ける。


 そんな疑念をぶつけられても答えようが無い。


 相手の記憶に焼きつくようなことをしたはずが無いし、そんな記憶があったとしても責任は持てない。


 しかしながら、名前を覚えてもらっていたことに、俺が若干の喜びと矜持を感じてしまったのも事実だ。


 奇矯な発言が続くとはいえ、四方田はかつてのクラスのアイドルなのだ。


 無為でしか無かった夏休みを過ごした受動的な俺に、ようやくフラグが訪れたのか?


「まあいいや。君の記憶なんてどうでもいい」


 どうでもいいそうだ。


「重要なのは、過去じゃない。未来なんだ。未来に情報を残すことなんだ」


「またそれかよ……何だよ未来って。進学先に悩んでるのか? 一年の内からご苦労だな」


「違う……食べ終わった。ごちそうさま。それじゃ」


 すっかりポテトを平らげた四方田は、トレイを持ってそそくさと席を立とうとする。


「おいおい、ちょっと待てよ!」


 俺はまた、四方田の細い手首を強引に握る。


「もうお腹いっぱいだよ。残ったコーラはあげる」


「残りもののコーラなんていらねーよ。助けてやったんだから、もう少しちゃんと説明しろよ。未来とか何とか、分かるようにさ」


 四方田は煩わしそうに腕を引こうとしているが、さすがに男の腕力からは逃れられない。


 周囲の視線が背中に突き刺さるのが分かる。


 俺は別れ話の末、嫌がる彼女を引き留める往生際の悪い男といった所か。まあ妥当な解釈だろう。


「……面倒だなあ君。助けてなんて私は頼んでないし、私の話なんてどうせ信じないよ」


 四方田は諦めて、腕の力を抜いた。


「訊いてみなきゃ分かんねーだろ」


 どうせマトモな話は期待していない。ぶっちゃけ興味本位だ。


「分かったよ。とりあえず、四方田って呼ぶのはやめて欲しい。名字で呼ばれるのは堅苦しくて嫌いなんだ。ユウ、でいいよ」


「分かった。ユウ、だな。俺は幹でいい」


 名前で呼んで下さい、と美少女に言われて嫌がる男子高校生などいない。


 という訳で接点の無かった元同級生の四方田・改めユウと俺は、名前を呼び捨てで呼びあう程度の友人関係に昇格した。


 このレベルに達する難易度は周知のことと思う。


「では」


 と居住まいを正して座りなおしたユウは、真剣な眼差しで。


「私は、来世の自分とリンクしたんだ」


 と、告げた。


「…………来世?」


 やはりというか期待以上というか、電波全開の発言だった。


「うん。私は、遠い未来ではカマルという名前の少年なんだ。私の心は、そのカマルの意識と繋がってしまったらしい。眠っている間だけね」


 はきはきとユウは述べる。良くも自信満々に、まあ。


「カマルがいる未来の世界は、荒廃しきっている。人間の数が極端に減っているんだ」


「……世界が崩壊しちまってるのか? ターミネーターとかの核戦争後の世界みたいに?」


 とりあえず、適当に話を合わせる。


「そう、そんな感じ。世界はとても住みにくい。水を見つけるのも、食べ物を見つけるのも一苦労で、悪魔のような疫病が流行っている……ターミネーター見たこと無いけど」


「見ておけ。2までは傑作だから」


「参考になるなら見る」


 ユウは大きく頷く。薦めておいてアレだが、何の参考だ。


「お前の言う通りなら、この星の未来は絶望的なようだな」


「そうでもない。人間は少なくなったけど、『テセウスの乗船者』達が人を導いている」


 またキテレツなキーワードが増えた。

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