第25話  堪えられない

 霧姫さんと付き合ったと学校中にバレてしまってから数日が過ぎた。


 やっとみんながその事実を受け入れ始めた今日この頃。


 また、この下駄箱だった。


『お前と霧姫さんじゃ釣り合わねぇーよ、さっさと身を引けよブサイク』


 と殴り書きしたかのような字で書いてある手紙が僕の下駄箱の中に入っていた。僕自身も霧姫さんとはつり合いが取れていないことくらいは分かっている。


 だから、他の人に何を言われたところで今更傷つくことは無いのだけれど、ことが大きくなった時が少々面倒だなって思う。


 こんなこと言われたところで霧姫さんとは別れるつもりなど一ミリもないのだから。


 手紙を隠すように鞄へとしまって教室へと急いだ。


「おはよう、霧姫さん」

「おはようございます、赤塚君」


 最近、霧姫さんの登校時間が早くなった。


 理由を聞くと、僕と一緒の時間をより多くしたいというとても可愛い理由だった。


 僕の席に座って、悠々と読んでいた本を閉じてにっこりとほほ笑む霧姫さん。この笑顔が僕にしか向けられていないと思うと、少しだけ優越感がある。


「私と赤塚君の席が隣だったらいいのにと何度思ったことでしょう?そう思いませんか?」

「そうですね。僕も霧姫さんの近くに居たいです」

「そうですよね。早く席替えをしてくれないかしら」


 はぁ...と心底辛そうに溜息をつく霧姫さん。


「霧姫さん僕、座りたいんだけれど」

「あ、ごめんなさい。気が利かない彼女で。はいどうぞ」


 霧姫さんが席を開けて僕が自席に着くと霧姫さんがさも当然のように僕の膝の上に乗る。


「あの....霧姫さん。節度を守らないと」

「はい。守っていますよ。だから少しで我慢しています。赤塚君が恥ずかしがってしまいますから、これでも堪えている方なんですよ?本当はもっとくっ付いていたいのに」

「そ、そうなんですね」

「私は、何時だってあなたと共にいたいんです」


 ほおを膨らませて抗議してくる霧姫さん。これ以上我慢させるのも悪いし、現状のままが一番良いだろう。


 これ以上我慢させたら、霧姫さんが暴挙に出そうな感じもするしね。


 


 授業が終わって放課後、いつもの場所へと急いで行く。


 が、図書室へと向かう道のりで霧姫さんを見つけてしまう。違う学年の男の人が霧姫さんに何か話しかけていた。


 霧姫さんはそいつの話をまともに聞く気が無いのか、スマホを弄っている。


 何故だか身を隠さなければならないと思い、僕は角に身を隠していけないとは思いながら耳を澄ませる。


「霧姫さん、脅されているなら俺が、あいつをぶっ飛ばしてやりますよ」

「…」

「だから、いつでも言ってください。今言ってくれればあいつなんてボコボコにしてやりますから。あ、そのためにLEIN交換しておきましょ?」

「....」

「あんな男と霧姫さんじゃ釣り合いが取れませんって」

「.......はぁ。あなたのクソほどくだらないお話はもう御仕舞いかしら?」


 と溜息をついて見下すように凍てついた目でその男をみる霧姫さん。僕に向ける暖かい目とは真逆だ。


「え?」

「聞くに堪えないことばかり言ってくれますね。あなたにそもそも彼との関係をどうこう言われる筋合いもなければ、根拠のない自信でそんな妄言を垂れ流す残念な頭。可哀そうで仕方が無いわ」

「…」

「私は、私の意志で彼と付き合っているんです。私は彼を愛しているんです。人を貶して生きているようなあなたとは違う素晴らしい彼を心から。そもどうしてあなたが私の心配何てするんですか?」

「そ、それは…」

「あなた、私の事が好きなのかしら?」

「…え、えっと」

「残念でした。億が一にもあなたを好きになるなんてことはありません。その無駄なものは捨てたほうがいいと思います。あなたのような残念で低俗なオスでも付き合ってくれる女の人はいるかもしれないので、その薄い望みに賭けて次の恋を探した方が賢明ですよ、お猿さん?私、人としか付き合えないので。動物園に帰りなさい」

「…っ!!!」

「二度と来ないでくださいね。吐き気がしますし臭いので」


 男はその場から逃げ出すようにして走り去っていく。


 あそこまで言わなくても良かったと思ったけれど、霧姫さんが今までで見たことない程苛ついていたのは見ればわかるので、仕方が無い。


 もしかして、僕の事で怒ってくれたのかな?


「赤塚君?いるんでしょう?出てきてください。怒りませんので」


 とこちらの方を見てそう笑顔で言う霧姫さん。


 どうやらバレていたみたいだ。


「ごめんなさい。見てました」

「仕方がありませんよ。ここはあの場所へ向かう道なんですから。まぁでも覗き見は感心しませんね。だから罰を受けてください」


 ギューッと首に腕を回して抱きしめてくる霧姫さん。


「あの男が私をこれ以上ない程イライラさせたのでリラックスさせてもらいます。あの男は将来、借金地獄にでもなって死んでしまえばいいんです」

「霧姫さん、あんまりそういうこと言っちゃダメ」

「分かっていますけれど。あれでも結構我慢したほうだったんですよ?手までは出さなかったですし。あの人が赤塚君を馬鹿にしたから」


 ギューッと僕の存在を自分の中へと沁み込ませるようにきつく抱きしめる。少しだけ苦しいけれど、拒むほどではないのでそのままで。


「何が釣り合いがとれてないですか。あれですか?私が赤塚君との釣り合いがとれていないということですか?それなら分かります。けれど、あの言い方的に違いましたし。あぁ、なんでしょう?思い出しただけでイライラが」

「はいはい、落ち着いてね」

「はぅ.......気持ちいです。赤塚君。頭ナデナデ最高です」


 霧姫さんを落ち着かせるのに、数十分の時間を要した。


 霧姫さんは落ち着いて、深呼吸をしてから抱擁を解いて離れる。


「ありがとうございます、赤塚君」

「いえいえ、これくらい彼氏として当然ですから」

「彼氏として....本当に赤塚君は格好良くて完璧で最高です。絶対に放しませんし逃がしませんからね?覚悟してください」

「は、はい」


 耳元で囁かれてくすぐったい。変な気持ちになって仕舞う。


「じゃあ、行きましょうか。いつもの場所に」

「はい、いきましょう」




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