第17話 二人きり
さてさて、やってきました体育祭。
クラスのみんなは浮き足立っていて、どこのクラスが勝つとか負けるとかそんな話をしている。
「おはよー、晴夏。今日はがんばって一位とろーね」
「そうだね。がんばろー」
「おー」
ちらりと霧姫さんの方を見ると、いつもの長い綺麗な髪を纏めて、ポニーテールにしているところだった。
健康的なうなじが見え隠れしている…って何をみているんだろうと、はっとしたときには霧姫さんがこちらを見ていて首を傾げていた。
慌てて僕は視線を逸らした先には、頬を膨らませた絵美里がいた。
「どこの何を見てるのかなー?」
「い、いや何も」
「ほんとかなー?」
とジト目を僕に送ってくる絵美里。
完全に霧姫さんのうなじことを見ていたことがバレている。
「あー私も髪、結っちゃおうかなー」
「い、いいんじゃない?絵美里が髪纏めているのなんて久しぶりに見るし」
「じゃあ少し行ってくるから」
絵美里はどこかへ行ってしまう。
はぁ…霧姫さんに見ているところを見られてしまった。
霧姫さんに不快な思いをさせてしまったぢろうな。
また、怒られてしまうのだろうか.
嫌だなぁという気持を残しつつ僕は全体集合場所へと向かい、校長先生のありがたいお言葉を聞いてからやっと体育祭が開始される。
僕の出番はかなり後の方なので、それまで他の競技を見ようかなとそう思っていたけれど、ふと視界に霧姫さんが密集した人の群れからするりと抜け出すのが見える。
どこに行くんだろうと興味を持ってしまった僕もその後を追うようにして、群れを抜け出してしまった。
このまま付いて行ってもいいのだろうかという気持はある。
だけれど、興味というどうしようもない獣が僕の心を突き動かす。
バレているか、バレていないかという微妙な距離を保ちつつ付いて行くと、霧姫さんが向かった先は、特別棟の誰も使われていないような空き部屋だった。
ここは、彼女の個人スペースのような場所なのだろうか?
それなら、これ以上踏み込むのはまずいと思い、引き返そうとしたら..........
「人付けてくるなんて、ダメですよ。赤塚君」
ポツンと二つだけ置いてある机の上に乗って、そう呼び掛けてきた。
「すみません、これじゃあまるでストーカーですよね」
「そうですね、見方によってはストーカーですね。ですが、私は特別に許しましょう。あなたには借りがありますから」
「そうですか。それはありがたいです」
この人はどこまでも義理堅すぎるような気がする。
「霧姫さんも机に座るなんて少々いつもより礼儀がなっていないように思いますけれど?」
「ふふっ、そうね。体育祭だから浮れているのかしれない」
彼女が少しだけほほ笑む。
霧姫さんも学校の行事で浮れることなんてあるんだとそう思う。やはり知れば知るほど冷たい人間なんかではないなと心から思う。
「それで、どうしてここまでついてきたの?」
「それは、霧姫さんがどこに行くんだろうって興味があったからです。少し接点があるだけで後を追ってしまうなんて気持ち悪いですよね、すみません」
「い、いえ。それは別にいいわ。なるほど。私に..........」
何かを納得したような顔をして、さっきまで合わせていた視線を彷徨わせている。
「べ、別についてきても特に何もなかったでしょう?」
「まぁ、そうですね」
「正直ね」
「どうして、霧姫さんはこの場所に来たんですか?」
「人混みが好きじゃなくなったからかしら。あとそれと上級生や下級生に声を掛けられたりするのも面倒だったから」
「そうですか。確かに声を掛けてきそうですもんね」
なるほど、確かに霧姫さんに声を掛ける人も多そうだし、霧姫さんは物静かな人だからあの喧騒の中いるのは苦痛か。
..........嫌でも、待て。霧姫さんは先ほど行事に浮れていなかったか?
..........まぁでも、競技は好きだけれど、喧騒は嫌いなのかもしれない。そういうことだろう、多分。
「赤塚君は、戻るの?」
「そうですね。霧姫さんはここに残るんですか?」
「えぇ、まぁ」
「そろそろ絵美里が、探している頃だと思うのでここら辺で僕は行きますね」
「っ..........」
空き教室のドアを開けてまさに廊下へ一歩出そうになったところで、待ったをかけられる。
「私と一緒に勉強をしてみませんか?」
「勉強、ですか?」
「そうです。簡単なテストのようなものです」
と彼女は空き教室の黒板の前に立って数式を書き始めた。
霧姫さんに何か提案されることなんて今後ないかもしれないし、少し面白そうだったので付き合うことにした。
「良いですよ。生徒がどれだけ成長しているか見ていてください」
「威勢は良いですね。では解いてみてください」
僕は黒板の前に立ち、数式を解いていく。
解き終わり、回答の直接の正誤をその瞬間判断してくれて、間違ったところは直接書き込んでくれるのでいつもよりさらに分かりやすいような気がする。
黒板がまるまるノートになったような感じだ。
いつしか黒板はいっぱいになり、数式がずらりと並んでいる。
「かなり書き込みましたね」
「そうですね。赤塚君もかなり解けるようになっていると前から思っていましたが、かなりで来ますね」
「先生の教えの賜物です」
二人で感慨深くしゃべっていると、一つ忘れていることに気が付く。
「あっ。今日、体育祭だ‼!競技が始まってしまう」
「あっ..........」
そこで霧姫さんも気づいたのか、間抜けな声を上げる。
「急がなくては」
「そうですね」
二人で、空き教室から飛び出した。
何とか、競技にはぎりぎり間に合うことが出来たけれど、絵美里には叱られてしまった。
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