第16話 一歩
さて、段々と体育祭が近づいてきた今日この頃。
「ここ、間違っているわ」
「あ、本当だ」
「ゆっくりでいいから、しっかりと確かめながらやって」
「わかりました」
夕暮れの図書室。霧姫さんに丁寧に教えてもらっている。
お互いが謝ったあの日から少しずつだけれど関係が修復しつつある。相変わらず絵美里と話している時には冷たい視線を貰うけれど。
一応体育も授業の一環だから、授業中に無駄話をしている僕たちが悪いんだけれどね。
数学の問題を解き続けていると、ふと霧姫さんが口を開く。
「赤塚君」
「なんでしょう?どこか間違えました?」
「違うわ。何も間違えているところなんてない。あなたは、なんで............」
「なんで」
「なんで、冷たく接し続ける私を受け入れているの?」
霧姫さんがそんな質問を僕にしてくる。
冷たく接し続ける私を受け入れてくれるの?か。
「うーん、別に僕は霧姫さんに冷たく接されているとは思ってないよ。最近だと特にそう思う」
「......冷たく接しているわ。大体この接し方をすると誰も私に近寄らなくなるもの」
確かに、入学当初は霧姫さんの周りには多くの人が集まっていたが、今では近寄る人すらいない。
いるとすれば、勇気をもって告白をする人くらいだろう。
「僕は、接していけばいくほど霧姫さんは普通の女の子のように思えるよ」
「......それはどうして?」
「霧姫さんは優しいし、プレゼントをあげれば喜んでもらえたし。他にも笑顔が可愛かったり。......って何言ってるんだろうね、僕」
「っ!!そうですか。思い違いじゃなければいいですけれどね」
「そうですね」
恥ずかしいのか、本棚の方へと視線を逸らす霧姫さん。
こういうところだって、そうだと思う。
「…そう、ですか。それでは、続きを始めましょう」
恥ずかしがったことすらなかったように顔を僕の方へと向けてまた勉強を始める霧姫さん。
だが、頬は少し赤いように見えるのは僕の気のせいではないはずだ。
「......こっちを見てないでさっさと勉強を進めてください」
「分かりました」
若干睨んだような目つきだけれど、絵美里と喋っている時に送られる絶対零度の瞳という訳ではない。
穏やかな雰囲気のまま勉強会は進み、図書室が閉まる時間になった。
「今日はここまでですね。帰る支度をしましょうか」
「そうですね」
彼女は帰る支度を終わらせると僕が終わるまで待っていてくれる。
「すみません、遅くなりました」
「いえ、別にそこまで待ってはいないので気にしなくて結構ですよ」
「ありがとうございます」
二人並んで歩く廊下。
この時間だけ霧姫さんの隣を歩くことが出来る。霧姫さんと休み時間に隣を歩いたり移動教室の時に、喋りながら仲良く歩くことはこの先あるのだろうか?
想像はいまいちできない。
今、二人であるくことが出来ているのだってあんなストーカー事件があったから成立していることなのだから。
靴箱から、靴を取り出して昇降口をでる。
「霧姫さん」
「なんでしょうか?」
「今更なのですが、霧姫さんって趣味とかあるんですか?」
僕と彼女は利害関係によって、成立しておりだからこんな雑談をすることなんて今までなかったけれど、今日、あの和やかな雰囲気だったので思い切って切り出してみる。
「趣味、ですか」
「はい」
「映画鑑賞は良くしますね。それと読書でしょうか」
「勉強は?」
「あれは義務ですから」
成るほど。
まぁ、そうか。勉強が心から好きで趣味でしていますなんて人はそうそういないと思う。
「赤塚君は、国語の成績が良いですよね?私が前に藍より出でてと例えで出したときもすらすら返してきていましたし。本をよく読んだりしているんですか?」
「そうですね。文学作品はたまに読みますね。でも多く読むのはライトノベルというものですね」
「ライトノベルですか」
「そうですね。所謂、アニメチックなイラストが挿絵が入っている本です」
「そうですか」
「霧姫さんの、おすすめの本とかあるんですか?」
「おすすめの本ですか?そうですね..........ドグラマグラとか?」
「僕の精神に異常をきたさせるつもりですか?」
「ふふっ、冗談です」
と少しだけほほ笑む霧姫さん。
霧姫さんって冗談を言えるんだ。そして相変わらず綺麗な笑顔だなとも思う。彼女の笑顔を見たのはこれで二回目だろうか。
「僕はやっぱり霧姫さんが、冷たい人間だなんて思いませんよ」
「っ…!?急にどうしたんですか?」
「いえ、別にただそう思っただけです」
そうこう話しながら歩いていると、目的地に到着する。
「ここでお別れですね」
「そうですね」
彼女はそう言ってここからすぐに去ると思ったのだが、その場にとどまっている。
「.....赤塚君」
「はい」
「また明日です。さようなら」
手を振ってぼくの元から離れていく。
彼女の前とは違う行動に僕は反応できずその場で硬直してしまう。
「また、明日。さようなら霧姫さん」
辛うじて返せたのがその言葉で、手を振り返すことが出来なかった。
まさか彼女がこんなことをしてくれるとは、まったく思わなかったのだ。明日は手を振り返すことが出来るだろうか?
今日は機嫌がよかっただけかもしれない。だけれど、きっと返して見せる。
そんな思いを胸に秘め、帰路に着いた。
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