第10話 喜んでもらえたら
土日を両方共勉強に捧げるという偉業を成し遂げて、万全の態勢で臨む今日という日。
僕はかつてないほどの自信にあふれている。
絶対にいける。そう確信できるほどの気持ちだ。
僕は堂々と教室に入り、確認のため念入りに、教科書や参考書を読んでおく。
「おはよ、赤塚」
「おはよう、羽鳥」
「なんか、今日の赤塚すげえ自信にあふれてない?」
「そんなことはないよ。羽鳥は?」
「俺はいつも通りかな」
羽鳥は、毎回平均くらいの点数をとっていて可もなく不可もなくって感じだ。絵美里は普通にまずいくらいの点数を取る。
僕も得意教科以外はそんな感じだったけれど、今回は違うからな。
もしかしたら、掲示板に僕の名前が載るかも。
学年トップ二十の生徒は掲示板に名前が張り出される。
その一番上にいるのは毎度おなじみ霧姫さんだ。
各教科ずつならランクインできただろうけれど、総合でしか張り出してくれないから乗ることはなかったけれど、今回は……。
もしかしたら、霧姫さんを超えて一位になんて........。
そう言えば、テスト前教えてもらう最終日。
ほとんど霧姫さんに聞くことがなく、作ってもらったテストも間違えがなかったのでいい結果だったはずだけれど、なぜか複雑な表情をしていたのはなぜだったのかは分からない。
「おはよー、春夏。羽鳥」
「おはよう、絵美里」
「まじどうしよう、全然解ける気がしない」
「いつもそう言ってるじゃん、絵美里は」
「だって、何時も解けてないんだもんしょうがないでしょ」
威張って言うことではない気がするけれどな。
「いいね、春夏は余裕そうで」
「今回は勉強してきたからな」
「うぅ........次は私もしっかり勉強するもん」
「それ絶対しないやつ」
絵美里は何時になったら勉強をするようになるのやら。
その後、少し喋ったのちに、絵美里と羽鳥も自分の席で最終確認を始める。僕も確認しないと。
そう思い、参考書に目を落とそうとしたとき、教室がなぜか凍るような気配に包まれる。
見てみると、霧姫さんが鬼気迫る勢いで勉強をしている。
一見怒っているんじゃないかと思わせるほどだ。
霧姫さんっていつもこんな感じだったっけ?いつも飄々として軽々と高得点をたたき出している気がするんだけれど。
それだけ、今回の範囲は難しいということか。
僕ももう一度気を引き締めなおし、取り掛かることにした。
****
「はぁー、やっと終わったー」
「やっと、終わったね」
羽鳥と絵美里が完全に疲れ切った声を発している。
かくいう僕も全力を出し切ったからとても疲れている。
手ごたえとしてはかなりいい方で、全教科九十点は越えているんじゃないかと思っている。
低くても八十点は超えているだろうな。
「ねぇ、やっとテストも終わったことだし。遊びに行かない?」
「いいよ。行こうか」
今日は特に何もない。霧姫さんとの勉強会もないし、霧姫さんを駅に送るということもテスト期間が始まったら送らなくてもいいと言われてしまって送ることも出来ない、
そんなことを思い返していると、ジトっと何かに見つめられる感覚がある。
振り返ってみるが何もいない。いるとしたらクラスメイトか、今日は未だに残っている霧姫さんくらいだ。
あれ?霧姫さんの事だからテストが終わったらすぐに帰ると思ったんだけれどまだいるんだ。
何か用事とかあるのかな?
「何してるの?春夏。速くいくよー」
「うん」
絵美里に手を取られ、教室を後にする。
「今日はどうするー?」
「カラオケは?」
「その気分じゃない」
「俺の提案が通ったことが一度もない」
「ゲーセンは?」
「いいね、ゲーセンに行こう」
上機嫌な絵美里に、僕と羽鳥は苦笑しつつもついていく。
三人でいつものように対戦系のゲームで遊んでいく。意外なことに絵美里は格闘ゲームがすこぶる得意で僕と羽鳥じゃ全く歯が立たない。
昔は僕の方が強かったはずなのにな。
羽鳥はレースゲームが得意で、僕はシューティング系が得意だ。
「偶にはクレーンゲームでもしてみない?」
「クレーンゲームかぁ」
クレーンゲームとは貯金箱であると誰かが言うほど、闇が深いゲームだと思っている。
実際に普通に買った方が安いと思うけれど、あと少しで取れそう、次にはきっとという魔力が働きいつの間にかどんどんと手持ちのお金が無くなる、あれは悪魔が考えた闇のゲームだ。
「このぬいぐるみとか取りたい」
と指をさしたものは大きな熊のキャラクターが『がおー』と効果音が付きそうな感じで威嚇しているポーズのものだ。
確か、昔、絵美里にこんなぬいぐるみをゲーセンでとって渡したような気がする。絵美里は、嬉しくて飛び跳ねて喜んでたっけ。
「一回やってみれば?」
「うん」
そして、絵美里が試しにやってみるが取れそうな感じもなくポトッと垂直に落ちて定位置から全く動かすことができなかった。
「アームの力弱すぎ、こんなの詐欺だよー」
と頬を膨らませているが、財布からお金をいつの間にか取り出して入れてしまう。
むきになって次も、その次も取れることがなく絵美里のお金が減っていくばかりだ。
「これで、最後だから」
やっとあきらめの決心がついたのか最後の一枚を投入して慎重にアームを操作するが...........
「あー!!もう」
結局、定位置よりは近くなったけれど少し動かしただけになった。
「いいし、別に取れると思ってなかったから。もういこう」
そう言って、ぷりぷりと怒りながら格ゲーの方へと足を向けるがちらっと名残惜しそうに眼だけを向けていた。
「絵美里」
「何?私今から格ゲーで憂さ晴らしてくるから、忙しいんだけれど」
それは、相手の人が可哀想だからやめてあげなさい。
「僕、トイレ行ってくるから。先に行ってて」
「分かった。羽鳥いくよー」
「あい」
羽鳥が目くばせをしてきたので、僕も返す。
羽鳥は気づいたみたいだな。
さて、僕はトイレとは違う方向へと歩き出す。
僕がお節介焼きになった原因の一つとして、絵美里のせいにするわけじゃないが絵美里が関わっているのは確かだと思う。
昔から絵美里は、少し危なっかしいところがあって、それで泣き虫で強がりで、でも本当は怖がりなそんな子だった。
ここで、ぬいぐるみをとってあげたのもお小遣いを全部使っても取れなくて泣いてしまったから、代わりに僕もやってなんとかとったのだ。
まぁ、そんなわけで絵美里のお世話とかを焼いているうちにいつの間にかこういう風になったのは否めないと思う。
今もこうして、この台と向き合っているわけだし。
さて、どれくらいでとれるかな。
試しに五百円玉硬貨を入れてみる。
が、そんな運がよく一発でとれるわけがない。
これは、一発でとろうとなんてしちゃだめだな。地道にずらしていかないと。絵美里は一発でどうにかしようとしたから元の場所に戻ってしまったりしたんだと思う。
段々とずらしていくことに成功し、そして...........
「やった」
千五百円ほどかかってしまったけれど、取れたなら良しとしよう。
ウキウキ気分で戻ろうとすると、僕の視界の隅に同じ制服の生徒が映る。それも女子で、まるで霧姫さんのような背丈と体つき。
顔は少しだけしか見れなかったから確証は持てないけれど。
もしかして霧姫さんなのかと思いはしたけれど、霧姫さんはゲーセンになんて来ないだろうと思い直す。
そう言えば、霧姫さんってこういうぬいぐるみとか好きなのかな。
今回のテストで明らかに僕の方が貰いすぎているような気もするから、何かプレゼントとかしたら喜んでくれるのだろうか。
霧姫さんの笑顔を思い浮かべようとしたが、想像がつかず霧散してしまう。
どんな顔をしてくれるんだろう。嫌な顔されるのかな?こんなもの要らないと言われるのだろうか。
まぁ、試しに送ってみてから考えても悪くはないだろうと考えて、近くにあった小さい犬のぬいぐるみに挑戦してみる。
試しに五百円入れると、なんと取れてしまった。
渡すのは全教科返されて点数が出てからだろう。
僕は犬のぬいぐるみを鞄にしまい、クマのぬいぐるみを持って絵美里の方へ。
喜んでくれるといいんだけれど。
手に熊のぬいぐるみを持って、絵美里の場所へ。
案の定、目の前の席に座っているいかにも貫禄のありそうなおじさんは絵美里によってボコボコにされて可哀想になっている。
「絵美里」
「なに?今、私嵌め殺すのに忙しいんだけれど」
「こっち見て」
「だか...........」
煩わしそうにこっちを見た絵美里は、驚いた顔をしてクマのぬいぐるみを見る。
「これって.....」
「たまたま取れたから、絵美里欲しがってたからさ。いる?いらない?」
「いる!!ありがと、春夏」
さっきの怒りはどこへやら、嬉しそうに絵美里がクマのぬいぐるみを抱きしめて笑っている。
格闘ゲームのことなんてもう頭になく、負けていることにも気づいてないみたいだ。
「ほんとに、ありがとね。春夏」
「いいよ、絵美里が喜んでくれて良かった」
「う、うん」
あと、僕がお節介焼きになったのは絵美里のこういうところも影響している。
嬉しそうにしてくれるのだ。笑顔でありがとうって言ってくれるからやってあげたくなってしまうんだよな。
「ね、春夏。何か食べたいものない?お礼に奢ってあげる」
「ほんと?ありがと」
「うん」
「なぁ、お前たち俺の存在忘れてね?」
「あれ?いたんだ、羽鳥」
「いるよ!!忘れんなよ」
その後は、絵美里にパフェを奢ってもらったり、服を見たりをして解散となった。
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