第3話 千円札
昼休みから数時間たち、放課後になった。
羽鳥と絵美里はそれぞれ用事があり、別々に帰ることになってしまったため僕は一人で帰ることになった。
家に帰っても特段何もすることがないため、図書室へ行って勉強でもしようと思い、教室を出ようとしたところで声を掛けられる。
「赤塚君」
喋りかけてきたのは霧姫さんだった。
未だに教室には少し人が残っていたので、霧姫さんが声を掛けた僕の方へと視線が一斉に集まる。
何を言われるんだろうと思ったが彼女は財布を取り出して僕の方へと千円札を差し出す。
「これ、どうぞ」
「いや、要らないです。僕が勝手に押し付けただけなのに」
「私、借りを作るのは好きではないんです。貰ってください」
「い、いや....でも」
「はい、どうぞ」
そう言って彼女は僕がしたように千円札を押し付けて、帰っていく。
それにしてもこの千円札をどうしようか。
もともと押し付けたものだし、お金なんてもらうつもりじゃなかったから困ってしまった。それにあのメロンパンこんなに高くないし。
数秒考えたけれど、答えはでないので保留してとりあえず胸ポケットに入れ、クラスに残っていた生徒の視線から逃げるようにして図書室へと足を運ぶ。
また、変なことにならないことを祈るばかりである。
図書室へと入り、図書委員が座っている席から遠く離れた隅っこの死角と席へを取る。ここはいつも人がいない。少しだけ埃っぽいからという理由があると思う。
席に座ってから、テストのために復習と余力があれば予習もしてしまおうと考え、教材を広げる。苦手科目を復讐するのは後回しでいいや。後の僕が何とかしてくれるだろうから、そう考えて好きな日本史の勉強をし始める。
数十分してから、此方に足音が近づいてくるのを感じて、チラッと見るとそこにいたのは、霧姫さんだった。
霧姫さんもこちらに気付いたのか、気まずそうな顔を浮かべて視線を僕から逸らして、くるりと体の向きを反転させる。
あ、そうだ。
今は幸い、図書委員の人しかいないし、あの千円札を返す時ではないのかとそう思い席を立って、追いかけ図書室を出る。
「ねぇ、待って。霧姫さん」
聞いていないのか、霧姫さんはそのまま歩き続ける。気のせいかもしれないけれど歩くスピードが上がった気がする。
「霧姫さん?」
さっきよりも少し大きな声でそう言うと少しだけこちらに振り向き、やはりか、という呆れた表情で僕を見た後に走りだしたので、僕も走って追いかける。
「待ってください。霧姫さん。僕はこれを返したいんです」
「......私は借りを作りたくないと言ったはずですが?」
「お金をこちらが貰いすぎているんです」
「......利子だと考えればいいじゃないですか」
なかなかに霧姫さんは強情でお金を返させてくれない。どうすればいいんだ?何か別の方法はないのだろうか。
霧姫さんが納得してくれるよう提案をすることが出来れば丸く収まると思うんだけれどもそれが思いつかない。お金なんて要らないのに。
.............そうだ。お金じゃないものを要求すればいいんじゃないのか?
放課後にあの場所に来ているんだ。きっと勉強するか本を読むかの二択だろう。
「じゃあ、こういうのはどうですか?」
「.............」
「僕はこの千円を返します。その代わりに僕の苦手な教科を教えてくれるという借りの返し方です」
「...........」
「それを受け入れてもらえないのならば、僕はこの千円を無理にでも返します。そして、絶対に受け取りません。借り何て返させませんから」
僕の提案を聞く価値があると思ったのかやっと止まってくれた。
いつの間にか特別棟まで来ていた。かなり図書室から離れてしまったな。
「.............はぁ、分かりました」
呆れたような声を出して、僕の顔を見る。
良かった、やっと受け入れてくれた。
「それで、私はどのくらいの期間教えればいいんでしょうか」
まずいな、そこまでは考えてなかった。どれくらいか...........。
「霧姫さんが借りを返した、そう思った時かな」
「...........分かりました。では、そういうことにしましょう。教える場所は?」
「そうだな、図書室のあの場所はだめかな?」
「分かりました」
「あ、これ。受け取って」
僕は千円札を取り出して、霧姫さんへと渡して図書室へと二人で戻る。
席へ着きさぁ始めようとしたところで
「あの、もうすぐで図書室閉めますけれど」
そう言われてしまい、明日へと勉強会は流れていった。
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