第5話 決闘2

 本来龍とは強力な魔力と血を有する最強種の生命体であり、魔法という括りに分類される存在ではない。だがこの状況でアリスが魔法で生み出したものが単なるコケ脅しのわけがない。

 しかもアリスは炎をまるでドレスのように纏い全裸状態を脱している。


「これがアリスの最強魔法【紅蓮の龍】かっ!?」


 ちょ、ちょっと待てっ!? 状況的に俺詰んでないかっ!?

 あまりの圧巻に俺が呑まれかけたとき、


「咲き散らせ、【紅蓮華】!」


 アリスの指示に従って【紅蓮の龍】が俺に向かって暴れ狂ったかのような豪火球を飛ばし、焼き殺そうとしてくる。

 主の命が止むまでこの魔法の龍は俺を殺すことを躊躇せずに実行し、自分で状況を考えて自分で動く。

 そう、この【紅蓮の龍】は生きている魔法だ。魔導界では第二魔法起源に至った選ばれた魔導士のみが魔法の生物化。生まれながらにして魔力を宿す魔法生物との違いは、生来が魔法であるため生物の枠組みに縛られず、所有者の意思を反映して破壊の限りを尽くすことなんだ。

 つまり――

 ぎゃああああ――――っ!? 手加減する気なんて微塵もねええええええっ!?

 やるだけやった報いとして現在進行形で殺されかけている俺は死の恐怖を味わっていた。


「お、おいっ!? あの出力じゃ観戦席にいても巻き込まれる恐れがあるぞ逃げろっ!?」

「裏口君、ありゃ完全に死んだな。アリス様をこうまで怒らせて生きていられるわけがねえ」

「うるせえ、このまま負けるわけにはいかないんだよっ!?」


 外野に言い返して俺は【ウォーター】を発現すると先ほどと同様巨大な水の壁を生み出した。だが、


「なっ!?」


【紅蓮の龍】は【ウォーター】なんか存在しないようにかまわず俺を捕まえに来る。

 一瞬で蒸発させられる【ウォーター】。魔法の鬩ぎあいすら発生させない隔絶の壁がたしかに存在していた。


「あたしが全神経を注いで生み出した【紅蓮の龍】は第二魔法起源の産物よ。第二魔法起源の産物を倒すにはわたしと同じく第二魔法起源に至らなければ不可能とされているわ。あんたの負けよ」

「いいや、まだ俺の負けと決まったわけじゃない」


 俺は横っ飛びで豪火球を躱すと、今度は紅蓮の龍が迫ってきた。再度【ウォーター】で迎撃するが、紅蓮の前爪が鞭のようにしなり、俺の【ウォーター】をあっさりと掻き消してしまった。

 火、水、土、風、空の五大属性の力関係でいえば、水は火に有利なはずだがそれを覆してしまうのが第二魔法だ。


「このふざけた決闘をこれでおしまいにしてあげる。猛烈なる紅蓮の炎を以ってこの世に存在する森羅万象を焼き尽くしなさい【紅蓮の龍】よ」


 【紅蓮の龍】が俺を焼き殺すために強烈な炎を噴いた。前回と同じく俺は横っ飛びしたあと前に駆け出して必死に絶え間なく吹き荒れる炎撃を躱そうとしたが、この判断はすぐに誤りだとわかった。なぜなら紅蓮の尖爪を抜けた先は【紅蓮の龍】が俺の命を刈り取ろうと大咢を向けてきたのだ。


「くっ、これまでなのかっ!?」


 俺が敗北を覚悟したとき、ふと脳裏に閃くものがあった。いまアリスは炎の服を纏っている。ならあの服を脱がすために必要な煩悩魔法をいまここで習得すればいい。

 紅蓮の龍に魔法は通じない以上、俺がいま必要なのは紅蓮の龍を回避してアリスに近づくための魔法。そんな都合のいいスケベな妄想ができるわけ……いや、できるっ!?

 あ、あれがあるじゃないかっ!? 前世でちょっとエッチな少年漫画に出てくる、あの能力がっ!?


「まだだ。まだ終わりじゃない。頼む煩悩魔法、世界を救おうとする俺の想いに答えてくれっ!」

「はんっ、【紅蓮の龍】にあんたの魔法は通用しないわよ。これで終わりよっ! くたばりな――」


 そう言いかけ、アリスが口を閉じる。


「シ、シモノはどこに行ったのっ!?」


 不意にアリスが俺の姿を探して目をきょろきょろとする。いや、アリスだけではなく紅蓮の龍もこの闘技場に集まった観衆たちの誰もかれもが舞台の上にいたはずの俺の姿が見当たらないことに戸惑っていた。

 ふぅ、どうにか上手くいったようだな。


【煩悩魔法:インビジブルを習得しました】


 遅れて聞こえてきた天の声に、俺は自分の狙い通りの魔法が発現したことを確信する。

 インビジブル……つまりいまの俺は透明人間に姿を変え、誰の目にも映っていない。イメージは透明人間になってアリスに見つからないずにちょっとエッチないたずらをするものだが、いまはそんなことをしている暇はない。

 この状態のまま紅蓮の龍に邪魔されないように間合いを詰めてから【ウォーター】の一撃を浴びせてアリスを倒す。

この長く厳しかった戦いもようやくこれで終焉だ。

 困惑するアリスに忍び足で俺が近づいてたとき、ふと足が絡まったような気がした。


「えっ!?」


 いままさに零距離【ウォーター】を放とうとしていたとき、あろうことか俺は激しい戦闘で粉砕されていた舞台の石片に躓いてしまっていたのだ。しかもその拍子に集中力を乱し【インビジブル】が解除された。

 あ、阿呆かっ!? と自分でも思った。な、なんでこのタイミングでこんなしょうもないミスをっ!? 

 世界の破滅を前に俺は心底取り返しのつかないことをしてしまったと後悔する。だが、俺の悪運はまだ尽きていなかったんだ。


「えっ!?」


 突如として目の前に出現した俺に、アリスが大きく目を瞠っていた。転びそうになった俺はなにかに掴まりたくて前のほうへと手を伸ばし、転びながらアリスの炎の服をがばっと引っぺがしてしまった。

 想定外の一撃を前に反応が遅れたアリスは突然衣服を脱がされ呆気にとられる。その後、自分の状態を自覚し、


「きゃああああああああああああああああっ!?」


 この日何度目かわからない叫び声を上げた直後、俺の眼前に迫っていたアリスの第二魔法である紅蓮の龍が消え去った。


「し、しまったっ!?」


 第二魔法は強力な反面、発現には集中する必要がある。

 そんなとき俺に全裸にされたアリスの集中力が途切れ、紅蓮の龍が消え去ったのだ。さらに 不幸中の幸いというか、絶好の隙ができていた。


「いまだっ! 喰らえ【ウォーター】っ!」


 残る力の全てを振り絞り、アリスに一撃を叩き込む。第二魔法に全神経を注いでいたアリスは切り札を敗れた反動で満足な防御もとれぬまま【ウォーター】の直撃を浴びて、壁に叩きつけられた。


「な、なんでっ!? どうしてクズのくせにあたしの魔法を破れるのっ!?」

「決まっている、お前から見たらクズだろうけど俺はずっと真剣だったからだ」


 拳を受けたアリスはその場に崩れ落ちる。俺は肩で息をしたまま周りを見渡した。俺が紅蓮の咢を躱せた理由を俺以外の誰も理解ができないまま、ただただ目の前で起こった光景に圧倒されている。


「なっ!? い、いったいなにが起きたんだっ!?」

「ちょっとっ!? どうしてアリス様が倒れていらっしゃるのよっ!?」

「俺に訊かれてもわかんねえよ。負ける寸前だったのは裏口入学だったはずだろ」


 誰もかれもが何が起きたか理解できず困惑する。だが、決闘を見届けるはずの審判は起こった事態にのみ着目してくれた。


「勝者、シモノ・セカイっ!」


 アリスの気絶を確認した審判が俺の勝利を宣言した。しかし、俺の勝利を称える声はひとつもなく闘技場は痛烈なブーイングに包まれていた。






 気づけば俺はいつの間にか真っ白な精神世界にいた。


「ここはまさか一度来たことがあるあの場所か?」

「ええ、そのまさかですよ南雲大作さん、いえ、いまはシモノ・セカイさんと呼んだほうがよろしいでしょうか」


 顔を上げるといつの間にかアレクシア様の姿が目にあった。


「そうですね、いまはシモノでお願いします。それで俺がここにいるということはまた死んでしまったということなんですか?」

「いえ、今回は気絶しているだけです。決闘で魔力を使い果たした反動が来てしまったようですね。用事が済めばすぐに元いた世界に戻ることができます」


 そうか、どうやら俺は使徒としての務めを果たすことができるらしい。


「まずはシモノさん、煩悩魔法の発現おめでとうございます。正直送り出したときはもうダメかなと思っていましたが、使い方次第では有用な力なので安心しましたよ」

「ははは、心配をかけてしまいすみません」


 やっぱりアレクシア様も見ていたんだよな、あの決闘で俺が何をしたのかを。


「ところでくれぐれも秩序は守ってくださいね。あなたはわたしの使徒なんですから、ちょっとスケベな妄想に駆られて繁華街で無関係のお姉さんたちに悪戯したりしないでくださいね。わたしの神格にも関わってくる一大事ですから」

「それについては本当に申し訳ありませんでしたっ!」


 俺は勢いよく頭を下げる。

 まさか俺の魔法が発現しているなんて思いも寄らなかったんだ。すでに学院内では外道や鬼畜など称号を獲得してしまっているが、無関係の人を無理やり毒牙に掛けるつもりはない。


「頭を上げてください。あなたが紳士の如き振る舞いを心掛けていることを否定するつもりはありませんが、でも十分にスケベですからね。今度からは絶対にやめてくださいね」

「こ、これから相手からの同意があるときか喧嘩を売られた相手だけに使うことにしますっ!?」

「ええ、今後はそうしてくださいね。本題に入らせてもらいます。あなたが転生した際に使命があるのは覚えていますね」

「はい、邪神の眷属と戦うんですよね」

「ええ、その件についてですが、じつは邪神の眷属と戦うことを運命づけられている使徒はあなただけではないんです」

「俺以外にも転生者がいるということでしょうか?」

「いえ、転生者はあなただけです。ほかの使徒たちはシモノさんがいる世界から選ばれています。あなたがいる世界では始祖の七神の逸話があることはご存じですよね」 

「ええ、七人の女神様が世界を滅ぼそうとする邪神と戦い封印したというものですよね。アレクシア様のお名前もあったのでよく覚えています」


 今世の俺は勉強熱心だったから、魔術への理解を深めるために宗教関係の知識も頭に入っている。


「そうでしたか。あなたは今後七種族学院に通うことになりますが、そこでしていただきたいことがあります。七種族学院においてあなたには人族が侮られないように振る舞ってほしいのです」

「それは学院で最強になれっていうことですか?」

「そのように捉えて頂いてかまいません。あなたにはまだわからないかもしれませんが、いまあなたの住んでいる世界は大きな変革期を迎えているんです。それが失敗するか成功するかはあなたの今後の振る舞いにかかっています」


 学院での俺の振る舞いが、世界の命運に関わってくるってことか。いったい七種族学院っていうのはどんな魔法学校なんだ?

 シモノの記憶には、七種族学院に関する情報がない。おそらくは毎日魔法の鍛錬に必死で、それ以外のことを考える余裕がなかったんだろう。


「その……七種族学院でどんなことが起きるかとは教えてもらえることはできるんでしょうか?」

「詳しくは教えることができません。というのも神にも制約がありまして、世界に対する直接的な干渉が禁止されているんです。未来に起こる出来事を、もっともわたしが予知できるのは不確定な未来なのですが、それを詳しく教えることは神々のルールに反する行為になります」

「わかりました。無茶を言ってしまってすみません」


 ダメもとで言ってみたんだが、そう甘い話じゃないようだ。

 煩悩魔法は強力だけど使うためには女の子から顰蹙を買う必要がある分、できることなら頼りたくなかったんだが。どうやら今後も使い続けないといけないらしい。

 くっ、どうやら今後も女の敵になることは避けられないようだっ!? 

 まあ、俺を転生させてくれたアレクシア様のあのおっぱいを揉むという目的がある。それに俺がアレクシア様の神託に従わないとこの世界が滅んじゃうからな。

 世界の存亡と天秤にかけたら煩悩魔法を使うことで女の子たち敵になるのは仕方ないことだろ。


「それとじつはわたし以外の六神もそれぞれ使徒を用意していて、あなたのすぐ近くにもその使徒が一人いるんです」

「使徒って……もしかしてアリスのことですか?」

「神々の掟により誰が使徒であるかを教えることはできません。ですが、シモノさん、くれぐれも女の子には優しくしてあげてくださいね」

「ア、アレクシア様っ!? 微笑んでますけど目がぜんぜん笑っていないんですがっ!?」


 いちおう世界を守るためにも戦ってたんだけど、やっぱりやり方が悪かったか。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る