第4話 決闘1
「では、これよりシモノ・セカイとアリス・スカーレットの決闘を始める。お互いに礼」
立ち合いの教諭に告げられ、俺とアリスは頭を下げた。
俺に対して高圧的な態度で接してくるアリスだが、彼女は決して傲慢でもなければ嗜虐的というわけでもない。
魔導に関してはただひたむきで誠実なので、俺を裏口入学と思っていても古くからの儀礼に則り頭を下げてくれた。
そのひたむきさに俺はずきずきと胸が痛くなる。これから俺がアリスにしでかすことは相手の誠意を踏みにじる行為に他ならないからだ。
「ぎゃはははっ! これで裏口君もおさらばぜっ!」
「いつまで経っても魔法が使えないくせに学院に在籍しているだもん。それだけで目障りだったんだよねえ」
「あー、わかるわそれ。魔法が使えないくせに努力すればいつかできるようになるっていう考え、すごいウザかった」
「第一魔導士なんて才能ありきの世界だろ。裏口君さ、そもそも膨大な魔力を持っているって話自体怪しかったんだよな」
決闘を見物に来た貴族の子弟たちがギャラリーから勝手なことを口にしている。
魔導士学院に入学できるのはほとんど貴族で、父親が一代限りの名誉貴族である俺や運よく入学できた平民の者たちは常に悪意に晒されるのだ。
落ち着け、がまんだがまん。この決闘が終わったあとであいつらは叩き潰してやる。
正直言って腹は立つがいまは耐える時だ。崖っぷちの俺は目の前の決闘のことだけを考えなければならない。
「黙りなさい、裏口入学とはいえいまシモノは逃げることなく決闘に顔を出しているわ。最低限の敬意を払いなさい」
俺を馬鹿にしてきた連中を、アリスが注意してくれる。
俺が裏口入学だと勘違いして突っかかってきたようだけど、アリスが善人であることは間違いない。退学をかけて決闘をふっかけてきたけどその理由は不正をよしとしない人格者だからで、誹謗中傷から本来ならかばう必要のない俺をかばってくれている。
なんつーか、これからアリスにすることを考えると気が重くなるな……。
当然だけど、俺にはこの清廉潔白で学園最強の実力者であるアリスに勝つための作戦がある。なんたってこの決闘について俺は何度も頭の中でシュミレートしてきたからだ。
結論から言えば、いまの俺の力じゃ正面から戦ったところでアリスには叶わない。実戦経験と純粋な戦闘力で俺はアリスに大きく水をあけられているから不可能だ。
しかしいまの俺にはアレクシア様が授けてくれた煩悩魔法がある。これを使ってアリスをとんでもない目に合わせれば、卑怯者の誹りはまぬがれないだろうが、勝算がないわけじゃない。
「始めっ!?」
教師の合図とともに、決闘の火蓋が切って落とされた。
「魔法が使えない相手だからって手加減はしないわよ」
そう言って、アリスが機先を制するように俺に向かって手をかざし【ファイア・ボール】を放ってきた。
口では手加減しない旨を伝えてきたが、俺はアリスがもっと強力な魔法を使えることを知っている。この一撃はなるべく俺を怪我させないための配慮として放たれたものだ。
悪いが、その優しさにつけいれさせてもらう!
タイミングを計った俺はここぞという瞬間に手を振りかざす。
「そう上手くはいかないぜ【ウィンド】っ!」
俺が生み出した風魔法はアリスの【ファイア・ボール】を掻き消した。また、それだけに留まることなく、
「~~~~~~~っ!?」
アリスの制服のスカートをひらりと捲り上げた。真っ赤なパンティーが丸見えになり、俺は一瞬だけ鼻の下を伸ばしてしまう。
「おい、裏口入学がいま魔法を使ったんじゃないかっ!?」
「まさか。魔法が使えないからこそ裏口入学なんだろ」
「でも、アリス様の【ファイア・ボール】が消えたわよ」
「さっき裏口君が使ったのは風魔法の【ウィンド】じゃないか?」
「うそ、裏口君魔法を使えたんだっ!?」
「でも【ウィンド】なんてくそ雑魚魔法だろ。あんなもん、魔法のうちに入らねえよ」
「つーか、いまの【ウィンド】でパンチラを狙ってないか。アリス様じゃなくてスカートを狙ってみたいだし」
「うわっ、パンチラ【ウィンド】とか。裏口君やっていることがクズすぎるっしょ」
外野が適当なことを言っているが、俺は全力でアリスを倒す気でこの場に臨んでいる。事情を知らない人たちには理解されないだろうが、そのことは噓偽らざる本音だ。
「あ、あんたっ!? 神聖な決闘をなんだと思っているのっ!?」
慌ててスカートを抑えたアリスが顔を真っ赤にして声を荒らげてきた。
やっぱりこういう反応になっちまうよなっ!? で、でも俺にだって事情があるんだっ!?
「はんっ、どうせ信じてもらえないだろうがふざけているわけじゃないぜ。むしろ大真面目に戦っているんだ」
内心の動揺をどうにか必死に抑え込み、俺はどうにか声を上擦らせなかった。
酷いことをしているという自覚はあるが、勝つという目的のためだけに俺は魔術を行使している。そのことが誰にも理解されないとも考えていた。
でももしかしたら清廉潔白なアリスになら俺の本音が伝わるかも――
「これで真面目って、そんな言葉を誰が信じるっていうのよっ!?」
ですよねっ!?
ま、まあ俺もアリスの立場だったらきっと同じ考えだったはずだ。ちょっと残念だったが、いきなりパンチラ【ウィンド】を使ってきた人間なんてゴミクズ同然に見下したに違いない。
だが、アリスもみんなと同じ誤解をしてくれているならそれはさらなる隙になる。
「もう容赦しないわよ、覚悟しなさい。豪炎で燃やし尽くせ【ファイア・グレネード】っ!」
アリスが得意とする魔術を放って正面から力押ししてくる。もしアリスが冷静だったなら、俺の戦闘経験の拙さを突いてフットワークで翻弄しつつ隙を突くクレバーな戦いをしたはずだ。
しかし、怒りで我を忘れたアリスは俺の予想通りなんの捻りもなく正面から攻撃してきた。これなら俺でも対応できる。
「そううまくはいくか。火属性魔法への対策は当然考えてあるぜ」
アリスが発する重圧に耐えながら俺は次の魔法を発現する。すると目の前に巨大な水の障壁が現れ、アリスの放った豪火球を消し去ってしまった。
「これはまさか【ダイダロス・ウェーブ】っ!? なんであなたが無詠唱で水の上級魔法をっ!?」
「いいや【ダイダロス・ウェーブ】じゃない、これは【ウォーター】だ」
「ま、まさかっ!? こんな大規模な【ウォーター】なんて聞いたことがないわっ!?」
魔法の規模が桁違いなせいでアリスは勘違いしているようだが、俺が使える水を扱う魔法は【ウォーター】しかない。でも厳密にいえばアリスが指しているのは水魔法の【ウォーター】なんだけど、俺が使っているのは煩悩魔法の【ウォーター】だ。
昨日の繁華街の件でもそうだったんだが俺が使う魔法は普通の魔法より遥かな強力なものになるようだ。生まれつき桁外れに魔力量が多かったことと、女神さまから権能として授かった煩悩魔法であることが関係しているのだろう。
とはいえ、これで通用するほど学年最強のアリスに甘くない。
「そうはさせないわ、我が身に宿れ火の守りよ【フレイム・オーラ】!」
迫りくる水の大波に対抗するために、アリスが紅蓮の炎をその身に宿した。俺の【ウォーター】がアリスに触れたようとした途端、高密度の魔法の炎に当てられ一瞬で蒸発してしまった。
「このまま押し込んでやる。力比べだっ!」
無力化されるのにもかまわず俺は【ウォーター】を全部アリスにぶつけてやる。
激しい鬩ぎ合いの結果、修練場が大量の蒸気で満たされ、俺たちは一時視界不良に陥った。
よし、これも予定通り。
事態が理解できていた俺は【ウィンド】を発現し、水蒸気を修練場の外に追いやる。すると蒸気が晴れ、そこには俺の予想通りの光景が広がっていた。
「クズのくせにやってくれたわね」
頭から大量を被ったアリスが濡れそぼる髪を垂らしながら俺を見据えてくる。
俺の放った【ウォーター】を完全には相殺しきれなかったようだが、ただ大量の水を被っただけでダメージを与えたようには見えない。
しかし大量の水流に揉まれたであろうアリスは衣服がもみくちゃにされた結果、ブレザーが吹き飛び、ワイシャツがはだけているうえにブラジャーが透けて見えていた。
や、やっちまったっ!? でもここは払った犠牲に見合う対価を得なければ、
「う、うおおおおおおおおおー――――――――っ!? お宝ゲットだぜ―――っ!」
「きゃ、きゃああああああああああああああっ!?」
俺の視線に気づいたアリスが慌てて胸元を手で隠した。
「あ、あんたいま、あたしの顔を見ないで胸を見て嫌らしい妄想をしてたでしょ!?」
半ば怯えた様子でアリスがきっとこちらを睨みつけてくる。
目力だけで俺を射殺してしまいそうな剣幕だが、ここも俺はどうにか罪悪感に耐えた。
もう気づいているかもしれないが、俺が一晩中考えた勝つための結論は、煩悩魔法を駆使してアリスの心を折ることだ。
「ああ、だったらどうなんだ。俺はたしかにお前の胸を見て、いや、正確に言えばその水に濡れたワイシャツをうっすら透けて見えるブラジャーを見ている」
前世だったら自分でもドン引きするようなセクハラ発言だ。当然のことながら、こんな発言を笑顔で受け入れてくれる少女など異世界にもいるわけがない。
「真っすぐとした迷いのない口調で、なんて破廉恥なことを言うのよこの変態っ!?」
ガチクズ確定の台詞を連呼してしまっているが、決闘に勝とうと思っているのは本当だ。
繰り返しになるが、俺が退学になることは世界が滅ぶことに繋がってしまうからこれはしかたのないことなんだ。
「お前の目に俺はふざけているようにしか映らないかもしれないが、俺は最初からずっと全力だ。俺は全力で優れた才能を持つお前に勝とうとしている。だから俺は胸を張ってこう言ってやるぜ」
ごくっと固唾を飲みこみ、俺はどこか上擦った声でこう宣言する。
「いま俺は全力でお前を視姦している……ッ!」
俺の爆弾発言を前に一瞬修練場が静まり返った。誰もが俺の言葉の意味を理解できず呆けて数泊の間が空き、
「くたばれクズがっ!?」
「女の敵よ、死になさいっ!?」
「マジひくわー、裏口君それマジひくわー」
一厘の穢れもない魂の奥底からの言葉を口にしたはずなのに、外野から一段と野次が飛び『た お せ! た お せ!』とコールが沸き起こる。
ま、まあ決闘の最中にこんなことを言うやつがいれば俺が学院長なら退学にさせているだろうしなっ!?
神聖な決闘の最中、煩悩に忠実に魔術を行使したうえに透けブラを見ていましたよ、なんて言えば誰もが激怒するだろう。
だが、この世界の存亡が関わってくる以上俺も手を抜くわけにはいかなかったことを本当に理解してほしい。
「最低ね、少しはできると思ったけれど完全に見損なったわ」
冷たい目をしたアリスが見下げ果てた目を向けてこようが、そんなことはどうだっていい。会話に誘って時間さえを稼げば戦いの主導権はこっちのもんだ。
「お前に理解されることなんて最初から諦めてる。でも俺は大事な使命を果たすために、こんなところで負けるわけにはいかないんだ!」
びしっと俺はアリスを指さし、
「一度だけ警告してやる。いまから俺が使える魔法の中でも一番凶悪な魔法をお前に放つ。その魔法の威力はこれまでの比じゃねえ。俺の本気の一撃を浴びたら、お前は恥ずかしくなって一生外を歩くことができなくなるだろうっ!?」
「い、一生外を歩けなくなるっ!? ちょ、ちょっとあんたっ!? どんなスケべな魔法を使うつもりよっ!?」
できればもっと少年漫画の主人公らしい格好いい台詞を言いたかった……。
女神さまからの授かった権能のピーキーさを嘆きつつ、さらに警告。
「ぐへへへ、俺の本気の一撃は超ヤバいぞ。喰らったら最後お前は心に絶対に消えない傷跡を抱えることになる。はんっ、こんなに人目があるところで戦ったことが運の尽きだったな。下手しなくても俺が次の一撃を放てばお前の人生は間違いなくここで詰んじまうぜ。あんなことやらこんなことを超越した全裸羞恥プレー確定の一撃だ!」
「ぜ、全裸羞恥プレーっ!?」
「そうだ、全裸羞恥プレーだ。お前、貴族のいいところの出のお嬢さんがこんなところで素っ裸を人前に晒して無事に済むと思っているのか」
「そ、それは……」
「どうするんだよ、お前の人生はこんなところで潰していいほどやすっぽいものなのか。おいおいおいおい、どうするんだよ。まさか俺がここで手加減して切り札を使わないとでも思っているのか。これまでは大人しく生きてきたから誰も知らないと思うが、俺はこれでもエッチなことが大好きだ。エロい妄想をするのが大好きだ。スケベな魔法を習得するのが好きだ。あ、愛してるといってもいいねっ!? アイラブスケベっ!? エロは俺の人生だーーーっ!」
ど、どうだっ!? ここまで言ったらさすがに諦め――
「こ、このゲスがっ!? い、いいわよっ!? か、かかってきなさいっ!? どんな相手があろうと、このアリス・スカーレットが退くことはないわっ!?」
くそっ、やっぱりこうなったかっ!?
アリスの性格でここで退くとは思っていなかったが、でも正直言って退いてほしかった。
だってこれから使う煩悩魔法は一生トラウマもののあれなんだ。
でもまあそういうことならしかたない。
許してくれとは言わないぜ、これも戦いの定めというものだ。悲しいけどこれって決闘だからね。
度重なる苦悩の果てにいつの間にか悟りを開いた戦士のような境地に至ってしまった俺が切り札を発現する。
「覚悟しろアリスっ! 行くぜ【ディス・アーマメント】――――――――っ!」
一瞬強い波動のようなものが吹き荒れる。次の瞬間、アリスが纏っていた僅かな衣類が完全に吹き飛ばされた。
「なっ!? きゃ、きゃあああああああああああああああああああっ!?」
突如として全裸になり大きく目を瞠ったアリス、咄嗟に胸を腕で抑えて隠すが、それは全てを隠すには至らなかった。
闘技場の男子は異様な盛り上がりを見せ、女子から痛烈な批判が起こりるが、俺の知ったことじゃない。むしろ、まともにやったら勝ち目のない戦いをしているんだからここまで善戦しているのを褒めてくれ。
ちょ、ちょっとそこ女子たち、観戦席からものを投げないでっ!?
「ど、どうだっ!? ぜ、全裸になった以上観衆の面前で戦うことなんて、で、できないだろっ!? い、いまだったらお前の負けを認めてやって、い、いいぜっ!?」
なりふりかまわない悪役プレーの目的は、羞恥心でアリスの心を折ることだ。本来ならここはもっと野次を飛ばして、完全にアリスの心を折るつもりだった。
だが瞳に大粒の涙が浮かべたアリスが脅えたようにこっちを見ていたせいで、最後の最後で手が緩んでしまったんだ。
そのせいで俺の中でついに抑えきれなくなった罪悪感やら良心があったせいでやたらと上擦った声なうえにどもってしまうという中途半端な悪役になってしまった。
「……ぜっ……さない。絶対に……さない。――絶対に許さないんだからあああああっ!」
決闘の舞台で涙を呑みこんでしまったアリスが取った行動は三白眼で射殺すようにこちらを睨み、暴力的なまでの魔力が溢れ出てしまっていた。
げっ!? し、しまったっ!? 羞恥心で心を折るつもりだったのに最後の一押しが弱かったせいで暴走状態に入りやがったっ!?
「どんなに足掻いたところであんたにあたしを倒せないと思っていたら殺さないようにしていたけど、その必要すらなかったようね。あんたの言いたいことはよくわかったわ。いまこの場で殺してあげる! 万象の一切を煉獄の炎で焼き払え、顕現せよ【紅蓮の龍】……!」
突如として俺の視界いっぱいに巨大な炎の芸術作品が広がっていた。それはこの修練場の天井ぎりぎりまで聳え立つ一匹の巨大な龍だった。
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