第3話 覚醒
それにしても、いったいどうすれば煩悩魔法は発現するんだ?
既存の魔法体系にない魔法について思案するうちに気づけば俺は夜の繁華街を歩いていた。
どうやら物思いにふけっているうちにこんな場所に来てしまったらしい。
普段ならこの時間帯はすでに学院の訓練場で、魔術を発現するためのトレーニングをしている時間だ。今世の俺はひたすら一途に魔導士としての俺の磨き続けてきたため、自宅と学院を往復するだけの日々を送っていた。友達はほとんどおらず、誰かと遊んだ経験はないため、こんな王都の繁華街に足を運んだことは一度もない。
こんなに努力してきて報われないなんてシモノの人生は報われないな。
前世の俺がいまのシモノと同じ年齢だったときは、ちょうど思春期の真っ盛りで気になる異性に勇気を出して声をかけ始めていた頃だ。今世の俺であるシモノはそんな不埒なことに一切思いを馳せなかったというのになんて哀れなやつなんだこいつは……。
シモノが鍛えたこの肉体は無駄なものが一切なくて腹筋が綺麗に割れている本当によく鍛えられた身体だ。前世基準で言えば絶対に超一流アスリートと同じと言っていいものだから、その努力のほどは他人でもわかるはずだ。これだけ努力しても報われないなんて我がことながら本当にかわいそうなやつだ。
夜の繁華街では、子供たちの姿が減り宮仕えや大手商会勤めの羽振りのよさそうな大人たちの姿が増えていた。当然そんな大人たちの欲求を満たすため、エッチな格好をしたお姉さんたちの客引きも存在する。
異世界だから地球と違うのはわかってたけどすごいなこれは……。
ごくりと固唾を呑んだ俺の視線の先には、地球では見ることができない美しい女性たちの姿があった。
不謹慎なことに前世の記憶を取り戻した俺は目下の問題を忘れ、そんな客引きに目を奪われていた。何度考えても阿呆としか言えないが、このときの俺は本当にどうかしていたのだ。
なにせこの世界にはクールで澄ましたような露出度多めエルフのお姉さんやたわわで豊かな胸の谷間を覗かせるようにエッチなワイシャツの着方をする猫獣人のお姉さんだっているのだ。童貞の俺には刺激が強すぎた。
ちなみにいま俺の目を奪っているのは女騎士の格好をしたお姉さんだった。上は鎧だが、なぜか下はニーソックスにあと少しでパンツが見えそうなとても短めのスカートをしている。
もう少し、もう少しで見れそうなんだ、と焦らされてしまうその様は、見る者からすれば思わず鼻の下を伸ばして垂涎の一滴を垂らしてしまいそうになるいじらしい格好だ。
そんな魅惑的な格好だったから、スケベ心丸出しな俺はつい都合よく風が吹いてあのスカートの中が見えないかななんて、思春期の欲望に塗れた妄想をしてしまう。
その直後のことだった、そよ風がひゅうと吹いてお姉さんのスカートを捲り上げたのは。
「ちょ、ちょっと誰よっ!? 風魔法であたしのスカートを捲ったのはっ!?」
おおっ、ラッキー!
【煩悩魔法:ウィンドを取得しました】
んっ? なんだか天の声が聞こえたがいったいなんのことだ?
完全に鼻の下が伸びきっている俺は、そんなどうでもいいことを考えるより、先ほどのパンチラシーンの余韻に浸ることにした。
騎士のお姉さんが猛抗議するが、周りいた大人たちには怪訝な顔をしている。いや、間違いだった、お姉さんのスカートの中にある穢れなき白が見えたことでスケベな顔をしている。
それをさらに遠目から見る俺ももちろんスケベ顔だった。
というか転生して以来初めの幸運だったから、つい眼福でしたありがとうございますアレクシア様! と感謝を捧げてしまったくらいだ。
当初の目的をすっかり忘れた俺はさらなるラッキースケベが起こらないかと期待して客引きのお姉さんたちを眺めていた。
もしさっきの風魔法が故意に引き起こされたものならさらなる幸運がきっと俺のもとを訪れるはずだ、と直感が告げていたんだ。
この予想はすぐに的中することになる。
次に被害者になったのは、バニーガールの格好をした猫獣人のお姉さんだった。
この猫獣人のお姉さんはワイシャツを第二ボタンぐらいまであけているせいか、胸の谷間が本当に強調されて見えている。でも、それだけじゃ少し物足りない。せっかくだから俺が以前偶然見たことがあるもう少しだけエッチな格好にならないものか。
なんて不謹慎なことを俺は考えてしまっていた。
すると、
「ニャ、ニャアっ!? 誰ニャ、水魔法を使ったのはニャっ!?」
突如猫獣人のお姉さんの頭上に水が生成され、猫獣人のお姉さんの服が水浸しになる。すると肌に貼りついて透けたワイシャツの向こうから透けて黒いブラジャーが見えてくる。
お、おおおおおおおおっ! 誰だか知らないけど、こ、こんなことすごいことをできる魔導士がこの世界にはいるのかっ!?
【煩悩魔法:ウォーターを取得しました】
また天の声が頭の中に聞こえたが、いまはそんなことはどうだっていい。後先なんかより大事なのは、目の前でお姉さんたちが俺に幸運を運んでくれるいまこの瞬間であり、いまこの瞬間が俺の全てなんだ!
鼻息を荒くしている俺はこのときすごく大事なことを見逃してしまっていることに気づいていなかった。
話を戻そう、これで残るは女騎士然とした格好をしたお姉さん一人のみ。女騎士のお姉さんは二人が魔法でスケベなことをされた結果、当然周囲を見回して警戒する。
さあ、誰だか知らないが魔導士、いや、古今東西類を見ない、偉大だがはっきり言ってクズ、すなわち偉大なるクズ大魔導士様よ、もう一度俺に奇跡を見せてくれ!
俺はこの女騎士のお姉さんの鎧の向こうには、きっと鎧で上から固く押さえつけられたゆたかなお胸があるのだと確信していた。
どうかあの女騎士様の衣服だけを上手に壊す武装解除魔法を引き起こしてください!
その直後、俺の右手から虹色の閃光が放たれ、それはすさまじい側で夜の繁華街の雑踏の合間を縫い、女騎士のお姉さんに命中する。直後、女騎士のお姉さんが纏う、鎧が、スカートが、下着が全て弾け飛んだ。
な、なにいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃ―――っ!?
ま、まるで俺の心を読んだかのように奇跡が三連続で起こるなんて、俺はいったいなんてツイてるんだっ!?
「なっ!? ま、まさか、わたしの着ているものだけを正確に破壊したというのかっ!?」
俺がイメージした通りのあられのない格好になった女騎士のお姉さんが恥ずかしそうにその場にしゃがみこんだ。
「み、見るなっ!? 見世物ではないぞ向こうに行くがいいっ!?」
女騎士のお姉さんを庇うように、残り二人のお姉さんがカーテン代わりになろうとする。
【煩悩魔法:ディス・アーマメントを取得しました】
またまた天の声が聞こえた。
それにしてもさっきから煩悩魔法、煩悩魔法ってうるさいんだが……えっ!? えええーっ!? ぼ、煩悩魔法っ!? まさかさっきから煩悩魔法って言っていたのかっ!?
思春期特有の心に支配されていた俺はこのときになってようやく我に返る。
い、いやいや待て待てっ!? お、落ち着いて考えろっ!?
俺はさっきお姉さんたちのちょっとエッチな光景を見たいと願った。前世の知識で俺が見たいシーンをイメージした。その結果、魔法が発現した。
この世界の魔法の発現にはイメージ力がなによりも大事とされている。だからこそ今世の俺も魔法を発現するために極めて詳細な次元まで掘り下げて発現した魔法をイメージしてきたが、一度たりとて魔法は発現できなかった。
今回のように邪なことは一切考えず魔導士としては最良の形とされる極めて純粋なイメージだったのに発現できなかったというのに、まさか邪なこと――それもちょっとエッチな妄想をすれば魔法を発現できるってことかっ!?
どうりで今世の俺は煩悩魔法を発現できなかったわけだ。
まだ検証しなければ山積みだが、間違いなく言えることがひとつある。それは、
「ま、まさかっ!? 俺は魔法が使えるってことかっ!?」
喜びのあまりその場で小躍りしてガッツポーズする俺。五歳で洗礼を受けてから苦節十年、今世で俺をずっと悩ませてきた問題が解消されたのだ。我を忘れてもしかたない。一方で俺に知らず知らずのうちに魔法でいたずらをされていたお姉さんたちは、遠くからじっと自分たちの様子を伺っていた俺の存在に気づいていたようだ。
「あいつよっ!? さっきからいやらしい目でこっちをじろじろ見ていたし、あいつがやったに違いないわっ!?」
エルフのお姉さんが俺を指さして叫ぶ。直後、いつの間にか店の名から出てきてた強面のお兄さん二人が俺のもとに駆け寄ってきた。
「やばっ!? さっさと逃げないとっ!?」
迷惑をかけてしまったお姉さんたちに心の中で謝罪しつつ、俺はこの場から逃走することにした。
「アレクシア様、今日の決闘で絶対に勝ってみせます」
協会に祀られている女神像に祈り捧げたあと、俺は決意をあらたにする。
俺をこの世界に送り込んだ女神様は俺が七種族学院に進学できなかったら世界が滅ぶと言っていた。だからこそ、ここで俺がアリスとの決闘に敗れるわけにはいかない。
これはいったいなんて負けイベントと嘆きたくなるが、魔導士にとって決闘での取り決めは絶対である以上、決闘に負けた時点で俺がどれほど謝ろうと必ず学院を去らなければならない。なら勝つしかないが、相手は同期で一番優秀な【紅蓮の龍】のアリス。いくら俺が煩悩魔法を使えるようになったからといって苦戦は必至だろう。しかも、俺は魔導士として戦った経験がまったくない素人だ。正直言って勝てる要素が一個も見当たらない。
そういえば決闘ではその人物にとって等価のものを代価とする決まりになっているが、俺にとって学院を退学することはアリスにとってのなにと等価になるんだ?
まあこの点についてはいま考えてもしかたないか。俺がするべきなのは如何にしてアリスに勝つかという一点だけだ。そのことに集中しないとな。
決闘に勝つ術を模索しながら学院に向かっていると、いつの間にか俺は学院に到着し教室のドアの前に立っていた。どうやら作戦を考えることに夢中になって周りの景色が見えていなかったのだ。
どうすればアリスに勝てるかはずっと考えた結果、俺の頭にはひとつの策が浮かんでいた。
もしかすると前世ではただの高校生に過ぎなかった俺も、この作戦が上手く行けば知識チートをすることができるかもしれない。勝っても負けてもクズの誹りは受けるだろうが……男にはたとえ卑怯の蔑まれても負けられない戦いがあるっ!
教室のドアを開けると、俺が来るのを待ち構えていたであろうアリスが睨みつけてくる。
「よく来たわねシモノ、逃げなかったその度胸は認めてあげるわ。でも、あなたが学院に通えるのは今日が最後よ。決闘は教諭立会いのもと放課後に修練場で行われることに決まったわ」
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