第一章 退学阻止
第2話 退学宣告
「シモノ・セカイ、あなたに決闘を申し込むわ。あたしが勝ったらあなたのような能無しは栄光あるトワイライト魔導士学院から出て行ってちょうだい」
な、なんでいきなりこんなことになっているんだっ!?
場所は王立トワイライト魔導士学院の教室。多くのクラスメートが見守る中事件が起きていた。
この日この時間、ちょうど十五歳の誕生日を迎えた俺は自分に二つの記憶があることに気づく。一つは前世である南雲大作の記憶、もう一つは俺の今世であるシモノ・セカイとしての記憶だ。
シモノ・セカイ、この少年の人生は前世で不慮の事故で死んだ俺から見てもとても不憫なものだった。
俺がいまいるリーガル王国では五歳になると魔力測定を受け、魔導士としてどれだけ素質を秘めているのか検査することになっている。
具体的には水晶に魔力を通し、通した魔力の総量に応じて色が変化していくのだが、俺の場合俺から溢れでる膨大な魔力に水晶が耐えきれず破壊されるという魔導士としては最高クラスの検査結果を挙げてしまったのだ。
当時はその噂を耳にした近所の人たちが連日押し寄せてきて、
「素晴らしい、息子さんの将来が楽しみですな」
「いやはや将来の宮廷魔導士長をお育てになるとはセカイ家の未来は明るい」
「ぜひお子さんが出世をなさったときもいまと変わらぬお付き合いをしてほしいものです」
「ははは、あなたの息子さんは我々貴族でない者の星ですな」
なんてちやほやしながら俺の実家に取り入ろうとしたこともあったくらいだ。
建国から五百年という長い歴史を持つ王国の中でも、五歳児が水晶を割ったという例はなく王国中の魔導士が俺という天才児の将来に注目するのは自然なことだったのだ。その結果俺は将来を有望視され、やがてはこの王国の宮廷魔導士長になると噂されることすらあったのだが、いまにして思えばそこが今世俺の人生の頂点だった。
「ま、待ってくれっ!? なんでアリスに負けたら俺が退学しなけくちゃいけないんだ、そんなのは理不尽じゃないかっ!?」
「ちっとも理不尽じゃないわよ。あなたのような裏口がいたら栄光ある王立魔導士学院の名誉が穢れるわ」
肩まである燃えるような赤い髪に凛々しい顔立ちの少女――アリス・スカーレットから断罪された俺には返す言葉が見つからなかった。
十五歳になった俺は学院の卒業を間近に控えつつも、現在進行形で退学の危機に瀕している。
なぜ将来を有望視された俺が退学の危機に陥っているのか、事情を知らない人なら疑問に思うところだろう。もしかしたら俺が才能を鼻にかけ、日々の鍛錬を怠った結果落ちぶれていると考えるかもしれないが実際はそうじゃない。むしろ事実はその逆なんだ。
「あははは、魔法が使えない無能者がついに破滅を迎えているわ」
「気に入らなかったんだよなあいつ。魔法が使えないくせにいつまでも学院に在籍しやがって」
「身のほどをわきまえなさいってことよね。まあ裏口入学するくらいだから、恥を恥とも思っていないんでしょう」
「裏口入学なんかじゃない、俺はちゃんと入試を合格してこの学院に入ってきたんだ」
小馬鹿にしてくるクラスメートたちに反論したが誰も俺なんかの意見を相手にしてくれない。
そんな俺を学院一の秀才であるアリスが鋭い眼差しで見下ろすようにして、致命的な事実を突きつけてくる。
「じゃあなんで魔法のひとつも使えないのよ。きちんと実力が評価されて入学したなら今頃魔法の一つや二つ簡単に使えるはずでしょ」
「うっ、そこを突かれると返す言葉がない」
じつは……俺はまったく魔法を使えなかったんだ。
王国史上類を見ない天才児と噂されて以来、将来はこの国に役立てるために毎日必死に努力してきた。初等部に通っていたころは朝は日が昇る前から夜は家の明かりが消えてからも鍛錬にも励み、必死に魔法を使おうと努力してきた。何人かの著名な魔導講師に師事し、王立図書館にある全ての魔導書を読み漁ったりもした。これで使えるようになるならと自然の魔力を理解するためには一か月間山籠もりほぼ飲まず食わずで瞑想し続けたことさえある。
だが、どんなに頑張っても俺は魔法が使えなかったんだ。
本当に悔しかったし恥ずかしかった。なにせ俺と同世代の子供たちは次々と新しい魔法を習得していくのに一人だけ下級魔法すら使えないんだからな。教室には居場所がなく辛い思いをずっとし続けていた。
一応初等部を卒業するまでは粘ったんだけど、俺の不幸はそこで終わりじゃなかった。
初等部の卒業間近になって魔法が使えないと俺のもとに国王陛下から推薦書が届いたんだ。そこには中等部ではこの国一番の名門校である王立魔導士学院を受験するように書かれていた。
国王陛下の推薦を断る権利なんて一介の平民である俺にはなかった。だからどうせ不合格だろうと思って王立魔導士学院の入試を受けたらなんとあろうことか合格してしまったんだ。
というのも王立魔導士学院の受験者の現時点での実力だけでなく将来性が著しく考慮されるため、膨大な魔力を持つ俺は魔法さえ発現することができれば、と考えられ結果らしい。
しかし、この事が新たな不幸の始まりだった。その後学院で俺がどれだけ鍛錬しても魔法を発現することができず、やがて周りから失格者や落伍者の烙印を押され、いまでは俺が膨大な魔力を持つという事実すら危ぶむ者がおり裏口入学すら疑われている始末だ。
その結果、俺はいまスカーレット公爵家が三女、同期でもっとも秀才とされ人族ではめったに使えない高度な魔法である第二魔法を使えるアリスから決闘を申し渡され、敗れれば退学という断罪イベントの真っ最中。つまり俺の第二の人生は始まった時点で詰んでいるってことだ。
定番の異世界無双や知識チートやらとは無縁。なにせシモノは魔法が使えず、その前世平凡な高校生だった俺なのでこれといって役立ちそうな知識も持ち合わせていない。
でも、だからといっていまここで退学するのがよくないっていうことは俺が一番理解できている。アレクシア様から俺の進路には助言をもらっていたのだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれっ!? もし俺がここで退学なんてことになったら高等部で七種族学院に進学できなくなるじゃないかっ!? そうしたらこの世界が滅ぶんだぞっ!?」
俺は必死に弁解を試みようとしたが、部外者のアリスに通じるわけがなかった。
「なに訳のわからないことを言って話を煙に巻こうとしているのよ。進学したいなら学院生として相応しい実力を発揮すればいいだけのことでしょ。決闘は手続きの都合で明日にやるからそれまで覚悟しておくことね」
ひ、酷いじゃないですかアレクシア様っ!? こんな人生はあんまりだ―――――っ!?
「神父様――――――――――――――――――――――――――――っ!?」
俺は泣き叫びながら王都にある教会に駆け込んだ。
前世でおよそ十七年、今世で十五年、合計すると魂の年齢がアラサーになる俺が人前で泣き叫ぶ醜態を晒すのは当然人生初の出来事だ。
教会にいるシスターたちの憐れむ目も顧みず、俺は聖堂で祈りを捧げる神父に直談判する。
「どうしたんですか迷える子羊よ」
「どうしたもこうしたもないんですよっ!? 俺が五歳の頃の魔力測定間違っていたんじゃないですかっ!?」
半泣きで訴える俺に、普段は朗らかに微笑んでくれる神父様も困惑している様子だった。ちなみにこの神父は田舎で暮らしていた俺を魔力測定で見つけだしたという功績により出世し、俺ともども王都に住むことになった。
「ははは、間違いなどではありませんよ。あなたに膨大な魔力があるのは本当のことです。女神アレクシア様の名に誓って嘘偽りではございません」
「でも、俺は魔法がひとつも使えないんです」
「まさか、そのようなことは考えられません。魔力を有していれば必ず魔法を使うことができるのはこの世界の摂理。あなたも学院に通っていらっしゃるならご存じのはずです」
「ですが俺は毎日必死に努力し続けてもいまだに下級魔法のひとつも発現できないんです」
「それは妙な話ですね。あなたほどの魔力の持ち主でしたら下級魔法など呼吸するように発現できるはずです。それすらも発現できないとなると、もしや天啓を受けられたのではないですか?」
「天啓? なんですかそれは?」
「この世界を守護する神々からの祝福です。わたしは聞いたことはありませんが、生まれながらにして強力な力を宿す者は神々からのお言葉とともに祝福を賜わることがあると聞いたことがあります。それを天啓と呼び、神々からの贈り物を使いこなすことができれば神の使徒と呼ばれるほど強力な力を発揮できるそうです」
「そういえば神父様、俺は女神アレクシア様の言葉を聞いたことがあります。俺が使える魔法はその……煩悩魔法だと」
前世といっていいのだろうか、転生する前に精神世界でのやりとりを思い出した俺は思い切って神父様に白い世界でアレクシア様に会った話をしてみた。
こんなことを口にして頭のおかしい人と思われるかもしれないが、なぜかこの神父には話が通じそうな気がしたんだ。
「ふむ、もしあなたの話が本当だとすればあなたはその煩悩魔法とやらの使い手なのではないでしょうか?」
「し、信じてくれるんですかっ!?」
「わたしはあなたの魔力量が異常であることを知っていますからね、当然あなたに特別な運命にあるという話をされても疑ったりなどはしません。ですが、生憎と煩悩魔法という魔法は聞いたことがありません」
「どうすれば使いこなせるかはわかりますか?」
「おそらく神々の魔法ですからこの世界には存在しない魔法なのでしょう。ですからどうすれば発現できるのかわたしもわかりかねます。ですがその魔法が存在すると考えてよろしいと思います」
煩悩魔法、もしかしてそれを使いこなすことができたらあるいは――。よし、どうにかして決闘に勝って俺は女神アレクシア様の使徒としての役目を果たしてみせるぜ!
魔法が使えるかもしれないという希望を得た俺は神父に礼を伝えて、煩悩魔法を発現することに一縷の望みを託すことにした。
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