第二章 邂逅

第6話 入学式

 これが俺の肉体か。わかってはいたけど本当に鍛えてあるな。

 アリスとの決闘から二週間後、俺はいつものように魔導士としての鍛錬をしていた。諸事情によりリーガル王国を出立して、いまは七種族特区に住まいを移していた。

 七種族特区とは七種族による共同管理地を意味し、ここの土地の所有権はどの種族も主張できないという取り決めがなされている。すなわち誰の土地でもないから、各種族共に出自や身分を問わず平等に扱われることを理念としており、それに合わせて法体系や行政体系も整備されている。シモノたちが今日から通うことになる七種族学院もこの七種族特区に設立されている。

 毎朝の日課となるランニングをちょうどこなした俺は、続けてアリスと、体術による組手を行なう。魔導士の組手には魔力を使うものと使わないものの二種類があるが、今回は俺が魔力なし、アリスが魔力ありという制約の下で行っているが、素の身体能力が優れているのでアリスの拳を躱し、フットワークを利かせてアリスの背後を取り、すぐさま反応したアリスの水平蹴りを躱してさらに間合いを詰め続け、最後は転倒したアリスの喉元に拳を突きつけて休憩に入る。

 知識として記憶にあるのと実際に動かしてみるのとでは感覚が段違いだな。前世ならオリンピックのトライアスロンで優勝できるんじゃないか

 怪物じみた運動をこなしてもまだ余裕のある身体に、決闘翌日に日課をこなした俺は驚きを禁じ得なかった。知識として理解している俺でさえこうなったのだ、シモノの日課に今日初めてついてきて一緒に組手をしたアリスはもう数えきれないほど目を瞠っていた。


「魔法なしでそれだけ動けるなんて信じられないわね。魔法がなかったらあたしは絶対についていけなかったわ」

「ま、普通はそうだろうな」

 実際俺も、やべえ、なんだこいつっ!? って自分の肉体に驚いたくらいだし。

「でも、今日のあんたの動きはちょっとおかしかったわ。まるで自分の体がどこまで動けるのか探っている節があった」

「ま、まあ俺にも色々と事情があるんだよ」

「そう、教えてくれないならそれでいいわ。あんたがわたしに隠し事をしているのはわかっているわ。相手の魔法については深く追求しないのがマナーだしね」

「なんの話をしているんだ?」

「とぼけなくていいわよ。あんたが決闘でわたしを裸にしたのはなんらかの魔法的制約のせいだっていうことは気づいているわ。今日体の状態を調べていたのも魔法的制約の一環なんでしょう」

「あ、ああ。そ、そんなところだ」


 秘密が多くて申し訳ないが、アリスにも使徒関連の情報は伏せている。


「王立魔導学院在学中に唯一敗北を喫したのがあの決闘よ。当然のことだけど、自分がなぜ負けたのが徹底的に分析したわ。といっても、あなたの魔法についてはどんな専門書にも書かれていないから、あくまであたしの私見止まりだけどね」


 気づいてはいたけど、やっぱ煩悩魔法の使い手はこの世界で俺だけだよな。使い方とか感覚に頼っている部分が大きいから、手引書とかあれば楽だったんだが。こういうときって誰か相談できる相手がいると助かるんだよな。


「そんなことよりわかっているわね。今日が何の日か?」

「ああ、七種族学院の入学式がある日だってことだろ」


 そう、アリスだけでなく俺も七種族学院で学ぶことが認められているのだ。というのもアリスとの決闘の翌日、王家の死者が俺たちのもとを訪れてとある事情を伝えてきたのだ。


「俺とアリスに七種族学院から推薦があったんですか。でも、アリスはともかくどうして俺まで?」

「先方が決闘でアリスに勝ったキミの実力を高く評価したようで七種族学院に進学しないかと声がかかったんだ。王家にも手を回しているようだから断ったところで進学することを強制されるだろうがね」


 使者の発言に、俺は軽く首を傾げていた。


「話がよくわからないんですが、せっかく七種族学院から推薦されたのに断る人がいるんですか?」

「そうか。キミは七種族学院の現況を知らないようだな」

「現況?」

「あのねシモノ、七種族学院で人族はね――」


 そこからアリスに教えてもらった人族の事情は率直に言って衝撃的なものだった。







 まさか人族そのものが蔑まされているなんてな。

 白を基調とした七種族学院の制服を纏う俺たちのもとに周りからちらほらよくない視線が浴びせられる。俺たちに注目していたのは同じ制服を纏う他種族の学院生たちだ。

 学院に向かう通学路を歩きながら、俺は今後のことで懸念を抱かざるを得ない。というのもアリスの話を聞いた限りでは、七種族学院で人族はかなりヤバい状況にあるらしい。

 実際アリスから説明してもらったやり取りではこんな具合だ。


「魔族から人類の生存圏を守るための七種族連合のことは知っているわよね。いまも各種族から人員を派遣して魔族から人類を守ろうとしているわ。お陰でわたしたちは不自由なく暮らせているんだけど、ひとつ問題があるのよ。それは他の種族に比べて、人族が弱すぎることよ。人族は獣人族のように優れた身体能力もなければ、エルフ族のように魔法に秀でているわけでもない。天使族の天術、幻想族の精霊術のように独自の術式を持たない。さらに言えば超常的な力を持つ龍人族や妖霊族にも劣っているわね」

「でも、人族だって戦い以外の面で貢献しているんだろ」

「ええ、でも――周りが命を懸けて戦う中で、自分たちだけ安全なところにいたら周りの人々からどう映ると思う?」

「よくは映らないだろうな」

「ええ、弱いということは戦わないでいいという免罪符じゃないわ。弱くても戦わなければならないことがある。そして現場では弱い人族を助けるために他の種族が命を落とすことだってある。それに他種族の主流の考え方は強い者が偉いや正しいといった類ものよ。そうなると、人族なんて要らないっていう考えが湧いてくるのよ」


 事態は想定以上に深刻のようだ。


「年々他種族から人族に対するヘイトが高まっているわ。それは現場だけじゃなくて七種族学院も例外じゃない。陛下からあたしたちに下された命令もそのことが関わっているは、今後の人族の未来を守るために人族がいつまでも侮られているわけにはいかないのよ。中でも今年は各種族の中でも天才や逸材と呼ばれるレベルの人材が揃う当たり年よ。だからこそあたしたちが他種族から認められるように実力を示さないといけないわ」


 俺たちが七種族学院に進学するのは国王陛下から直々に指示された計画。つまりは国家プロジェクト、それも人族の未来を賭けた超重要プロジェクトの一端というわけだ。

 俺の意識が始まったばかりで超絶大変なことに巻き込まれているという気がしないでもないが、俺は積極的にこの件に関わっていこうと思う。なんとなくだが、アレクシア様が俺に七種族学院で最強させようとしているのはその件繋がりのような気がしたからだ。

 学院では人族が侮られるようにと、俺はアレクシア様から指示されているので、方向性、内容ともに王命と一致する。

 やがて七種族学院の正門が見えてきた。

 侮られないように振る舞わなければ世界が滅ぶというのであれば、俺は俺にできる方法でこの学院で最強の魔導士にならないとな。


「シモノ、なに立ち止まっているのよ?」

「なに、少し気合を入れていただけだ。わけあって俺はこの魔法学院で最強になる必要があるからな」


 七種族学院の校門の前で誓いを立てた俺はアリスとともに記念すべき一歩を刻みこんだ。









 入学式が始まり、俺は講堂の椅子に腰かけたまま壇上で新入生総代を務める、真っ白な髪に感情の起伏をあまり感じさせないような天使族の少女――アストレア・ラミントンの言葉を聞いていた。


「魔族による侵略からこの世界を守るための礎になるために、この学院の名に恥じぬ学院生となれるように――」


 あの人が首席のアストレアさんか。挨拶の内容を聞いた限り人族に特に偏見を持っていないのは救いだな。

 さすがに学年一位に目を付けられるとなると、今後の学院生活が面倒になりそうだからな。

 ちなみに大半の学院生は俺やアリスのように推薦で入学が決まったという経緯はなく、普通に入試を受けて入ってきたらしい。どうも人族では入試を受けても合格できる見込みが低く、種族間での影響への配慮から一定数の推薦が認められているらしかった。

 えっ、なんでこんなことを俺が知っているかって? それは――


「なによ、あいつらこっちを見て睨みつけたり嘲笑したり、気に入らないわね」


 じつはさっき俺たちに絡んできた獣人族の連中がそんなことを言っていただけの話だ。

 王立魔導学院のときから見下されていた俺には耐性ができているから大丈夫だが、隣に座るアリスが納得するわけもなく、場所が許せば飛び掛かっていたに違いない。


「なによあいつら、あたしたちの実力をろくに知りもしないで絡むだけ絡んで笑い飛ばすなんて。気分が悪いったらありゃしないわ」

「いまは放っておくしかないだろうな。ああいうやつらは言葉や態度でいくら注意したところで理解できないからな」

「ふんっ、シモノがそういうならここは我慢しておくことにするわ。でも、いつか絶対に見返してやるんだから」


 アリスの性格からしてよく我慢できているというべきだろう。気に入らないから決闘を申し込むなんてことを言いださなくてよかった。

 俺としては当面の間は目立つ行動を避けて様子見する方針だからだ。

 なにせ俺は他種族が戦っているところを一度も見たことがないので、他種族がどれだけ強いかわからない。間違って勝算の低い喧嘩をするわけにはいかない。

 そんなことを俺が考えていると、いつの間にか艶やかで長い黒髪をした女性が壇上に立っていた。


「学院長のフューゼシカ・ヴァンダビーネだ。わたしの名を知らぬ者はほとんどいないだろうから細かい挨拶は省こう。昨今、魔族の勢力が増し七種族連合が手を焼いていることは皆も知っての通りだ。一説によれば邪神が力を取り戻しつつあるらしい。その一方で、いまこの七種族学院は各種族から戦姫と呼ばれる極めて優秀な魔導士を迎え入れており、黄金期を迎えつつあると言っていい。わたしは諸君らがこの学院で多くのことを学び、魔族から世界を守る力を宿すことを切に望む。以上だ」


 その直後、盛大な拍手が講堂を包み込む。皆から尊敬の眼差しを向けられている辺り、どうやら相当な立派な人のようだ。


「学院長がなにをした人か知っているか?」

「たしか幻想族で、多くの魔族を殲滅したとても強い魔導士らしいわ。一見人間のようだけど不老不死で本物の規格外っていう話を聞いたことがあるわね」

「ふ、不老不死だってっ!? それって反則級の強さの定番だろっ!?」

「へえー、あんたでも驚くんだ? でも、この学院は理不尽能力の大見本市みたいなところだからこの程度で驚いていたらキリがないわよ」


 大貴族であるアリスは俺よりも世界の広さを知っているようだ。俺は『最強』になる覚悟を決めてこの学院に入学したんだが、情報収集という点ですでに後れを取っていたらしい。

 俺は頭の後ろを掻いたあと困ったように嘆く。


「やれやれ、ここは本当の意味で規格外の集まりってことか」

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