第5話 遺体
安置所の
白い肌が見えた。傷ひとつない。血の気を失ってなお、奇麗な腕と思わせる。戦にまみれようとも、彼女は女性なのだ。その認識が胸をつかんだ。
月魔が手を重ねた。冷えた手から、彼はなにを感じ取っているのだろうか。須佐ノ坊にはわからなかった。
月魔は布を戻し、顔だけみえるようにした後で、横たわる
「もうよい」
はっとした。
「もう、宜しいので……?」
須佐ノ坊は疑問を口にした。
月魔は、彼女の腕と顔しか見ていない。全身を確かめたわけではない。月魔の声は、普段と変わらぬように聞こえる。感情の
「ああ」
と答える月魔の本音はどこにあるのか。彼は遠慮がちに言ってみた。
「やはりわたくしは、外でお待ち致しましょうか」
「いや、いい」
ぴしゃりと言いきる月魔を、須佐ノ坊は解すことができなかった。
なぜ月魔は、彼女の姿を確認しようとしないのか。それが彼女に、さらなる
いや、と胸のうちで
仮にそうでも、彼なら報告を
ならば、彼がそれをしないとは考えにくい。咲耶も、他ならぬ月魔ならば全身を見られても許すだろう。あれほど親しく想っていたのだ。
そこまで考えて、須佐ノ坊は誤ちに気がついた。
彼女にとって、月魔にこそ見られたくない姿なのだ。月魔も、咲耶の想いに応えたのかもしれない。隠しているが、男児に比べて女性の天狗は
以前はそうらしいという程度の認識だった。今は確信している。服が破かれて大部分の素肌が露出された彼女の顔に、雨に消される前、涙の
「なにが最良だ」
「はっ――」
と須佐ノ坊は反射的に答えた。自然、疑問の響きが混ざる。不意の質問だ。月魔が意見を求めることは稀で、質問というよりは、呟きに近かったかもしれない。
「彼女は今、なにを望んでいる」
喉が絞まった。胸がつかえる。重い。自問に反応したことで、月魔は問うてきたのかもしれない。
咲耶から目を離さない月魔の背が、なぜだか悲しげに映った。
彼が姉の死に直面したときには、決して見ることのなかった背中だ。
ふたりの死にざまは似ているが、あの時は彼に、悲しみの姿を認めることはなかった。深海の光届かぬ怒り――それが全てに見えた。
須佐ノ坊は観念した。思うところを素直に吐きだす。
「月魔様と共に……。きっと、そう望んでおられるかと」
「そうか」
月魔は短く答えた。振り向いて歩きだす。
彼はやはり須佐ノ坊に目を振らなかった。出口だけを見つめている。
瞳がより強固な決意を含んでいた。奥にあるのは彼女の死か。深い悲しみか。
目に映る彼の姿が、不思議でならなかった。
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