第3話 申し出

「率直に言おう。月魔様が君主を継ぐべきだ」


 しゃがれた声で年長の天狗が言った。彼は長く、陽光のそば政務せいむを担っている。


「しかし、森羅では直系の長子ちょうしが次代の君主となるのが習いのはずです」


 最も若い天狗が指摘した。とはいえ、集まった顔ぶれのなかという限定で、彼もすでに四百歳を超えている。


「その長子がおらぬのだ。これは、異例のことだ」


 確かに、と言ってから若い天狗は続けた。

「沙女様は、平河君主の許へと嫁いでおられます。ですが、直系の長子が不在の場合、直系の次子が継がれることなっていますよね?つまり、これに従い陽迦様が即位される御方のはずでは?」


 年長の天狗が嘲笑ちょうしょうした。

「若いの。そなたは鉱物につるはしを突き立てるのがお好きとみえる。まるで小鬼のようにな。そして、年寄りにも反論を突き立てなければおられぬというわけだ。異例のことだと申したはずだ。異例には、相応を持って臨まねばならぬ。時世に柔軟な態度が必要だということを、我らはすでに知っている。過ちを繰り返しては、天狗は愚者ぐしゃであると後世の笑いものになるであろう。あざけりをさかなに人間たちは酒を飲み、そしりを鼻歌に小鬼たちが鉱山を進む。想像しただけでも耐えられんことだと思わぬか」


 銀髪の天狗が継いだ。

陽迦ようか様は若すぎる。かつての危機を脱したのも、月魔様の御活躍あってのこと。無論、現君主と同じ血が流れる、月魔様の血筋に口を挟む者はおるまい」


 地図を、と言って彼は大陸を示した。


「東と西の三国同盟により、阿毘あびは攻める場を失った。我らの、西と北のうれいいがなくなったのだ。北への備えをしている邪馬台やまたいに比して、我らは力をたくわえることに力を注いでいる。この優位性を活かさぬ手はない」


 さらに、と銀髪の天狗は続けた。


「我らが邪馬台を攻めれば、好機とみて阿毘の鬼たちが南下なんかする可能性がある。そこに東の三国が便乗すれば、西の我が国森羅、北の阿毘、東を蛇尾だびを筆頭とする三国という、邪馬台は三方から攻め立てられるかたちになる。の国に成すすべはないだろう」


「言っていることは最もだが、いささ安易あんいな絵図ではないか」


 と二番目に年長の天狗が反論した。それに、とつづける。


「描いたものを起こすにしても、我らが先陣を切る必要はあるまい。同様に阿毘や東の三国も、それぞれ筆を染め、起こしているに違いない。先に当たれば最も犠牲をこうむることは必至ひっす。ならば、待つ、というのも選択のうちに入るはずだ。忍耐を惜しんではいかぬ」


 いや、と銀髪の天狗が否定した。

「準備している我らと違い、阿毘は領土の拡大に安定が伴っていないだろう。東の三国も同様。盟を結んだばかりの今、足並みを揃えるのには時間がかかるに違いない」

「それでは、やはり阿毘や東の三国が邪馬台に踏み入ることはない、と言っているようなものではないか」

「ままならば、という話だ。我らが先陣を切れば、大陸全土の目が邪馬台へと向く。共通の目的を意識すれば、結束が生まれ、動きだすのが容易となるのが道理。時を逃せば機をいっし、我らと邪馬台の戦火は長引く。これは、我が国にさらなる犠牲が約束されることと同義だ。火蓋ひぶたを切ることが、展望を開く一助として必要なのだ」


 銀髪の天狗は一同を見回した。


「攻めるならば今。そして、率いることができるのは月魔様のみ」


 皆が沈黙した。賛同の声を待つ者、周囲の反応を伺う者、そして――。


「しかし月魔様が継げば、平河との血のつながりは薄くなる。如何いかに同じ血が流れているとはいえ、沙女しゃめ様の弟であらせる陽迦ようか様と、叔父おじにあたる月魔様とでは、平河ひらかわの受け取り方が違うであろう」


 不安の素材を探し求めていた者が、そう言って口を開いた。


 年長の天狗が、そもそも、と喋りだした。


 言葉にあきれが混ざっている。まるで、それに対しては根元から見直す必要がある、とでも言いたげな口調だ。


「いつまで同盟を続けるというのか。捕食するでもなく、身をまもるためでもなく他の生物の命を奪うなどという、獣にも劣る行為をする人間風情にんげんふぜいなど、信じ続けるほうがおかしいのだ」


 二番目に年長の天狗が注意した。

「口をつつしむむべきだ。君主を侮辱ぶじょくする発言と取る者が、いないとも限らん」


 叱責しっせきを含む発言ではある。


しかし内容は肯定していた。彼も人間との同盟には反対なのだろう。


 須佐ノ坊は、彼らに全面的な同意ができなかった。西の国境付近をになう者として、人間たちと交流することで、それが全てではないことがわかっているからだ。言葉を交わし、対話することが彼らとはできる。しかし彼らが過去にした行為を決して許すことができないというのもまた、本音だ。


 結局須佐ノ坊はなにも言わなかった。年長の天狗が、例外的に席に着いている者に目を配る。


咲耶さくや殿の御意見、御聞かせ願おうか」


 年長の天狗は、彼女の意見を決定打に選んだようだ。


 せっかくの機会だからと、彼女は議会に呼ばれていた。咲耶は今もなお、邪馬台の人間と血で血を洗い続けている。命の奪い合いという、否応なしに本質が現れる場面で彼女がなにを目にしたのか、披露目てもらおうというわけだ。


 しかし咲耶は、意外な言葉を口にした。


「彼らが獣に劣る存在ならばと、願わぬ日はありません」


 存外な物言いに、皆の注目が深まった。


 須佐ノ坊は目を鋭くした。


 彼女の発言にではない。


 年長の天狗が、眉をくもらせているのだ。


「彼らには知性があります。故に我らはその戦術に苦心し、戦がこれほどまでに長引いているのです。感情は持てど、とらわれの身となれば理性をしっしします。これは若輩じゃくはいながら、わたくしもこの身にみていることにございます。我らは草木ではなく、人――。そして、彼らも人。彼らは考え、言葉を交わし、行動します。知性を備え、独自の行動理念を持っているのです。この点を否定すること、避けるのが肝要かんようと存じます」


 咲耶の活躍は、須佐ノ坊の耳にも届くところだ。当然、会した一同も知っている。自然彼女の出自もうわさにのぼり、戦争で若くして身寄りを無くしたことや、月魔に救われて本殿ほんでんで預かられていたというたぐいまれなるその人生は、皆の興味がそそがれる話となっていた。


 だから年長の天狗も、月魔の即位に彼女が乗ると踏んで話を振ったのだろう。


 そう思っていた。だが、彼女の意見は違った。


 しかし違和感がある。


 年長の天狗に、怒気がにじんでいるのだ。


 咲耶が第一声を放ったときも眉をひそめていた。


 あわせて人間を獣以下の存在と言うに違いないと、そう確信していた様子だ。


 おかしなことではない。


 おかしなことではないが、不服を滲ませるほどか。


 彼女が人間を否定し、間近で見てきた月魔の有能ぶりを唱えれば、反意はんいを抑えて月魔の即位を確定できたかもしれない。


 しかし両親を奪われ、戦に身を投じてきた彼女が人間を認めている。彼女の言葉を受けて、人間が獣にも劣る存在だと主張できるはずがなかった。


 その後、結局即位に対しての結論はでなかった。――陽迦は若すぎる。月魔が君主に就くべきだ。彼の実力は本物だ。陽迦を成年するまで補佐すれば問題ない――どこまでいっても平行線の議論が交わされた。


 須佐ノ坊は部屋をでた。呼び止める声に振りむく。強い意志を含んだ視線を向けているのは、咲耶だ――。


「お許しを頂きたいことが御座います」


 彼女はまっすぐに、目を外さずに言った。


「沙女様のお出迎え、わたくしも、ご同行願いたく」

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