12.ミエト侯爵家での暮らし

 ミエト侯爵家での僕の新しい暮らしは順調だった。

 朝ご飯はロヴィーサ嬢と一緒に食べる。

 食卓のお皿に乗せられたものをロヴィーサ嬢が説明してくれる。


「魔族の国から輸入した小麦で作ったパンをコカトリスの卵と牛のモンスターのミルクに浸して、蜂のモンスターからとった蜂蜜をかけたフレンチトーストです。チーズと黒コショウで味付けしたものもありますから、交互に食べると美味しいのですよ」

「朝からこんなに豪華なものを食べていいの!?」

「エドヴァルド殿下は成長期なのです。しっかり食べていただかないと」


 ロヴィーサ嬢のお皿にはフレンチトーストだがモンスター由来ではないものが乗せられている。

 違うものを食べていても、味付けは同じなので僕は笑顔になる。


「牛のモンスターのミルクからバターもチーズも作れるのですね。僕は全然知りませんでした」

「普通の人間には扱いを気を付けなければいけませんが、作ろうと思えば大抵のものが作れると思いますよ」

「すごいなぁ」


 感心している僕に、ロヴィーサ嬢が提案してくれる。


「庭に家庭菜園を作ろうと思っております。魔力のこもった種を魔族の国から輸入すれば、いつでもエドヴァルド殿下用の新鮮な野菜や果物が食べられます」

「いいのですか? 世話をするひとは危険ではありませんか?」


 魔力のこもった野菜や果物には常人には毒となる成分が入っている。触れることで肌が爛れたりするのではないかという僕の心配に、ロヴィーサ様は笑顔で答える。


「畑仕事をしたことがありますか?」

「ありません」

「してみたいと思いませんか?」


 僕が自分の手で僕の食べるものを育てる。

 それは僕にとっては新しい挑戦だった。


「してみたいです。ロヴィーサ嬢と一緒にならば」

「もちろん、わたくしも致しますわ。一緒に家庭菜園で野菜や果物を育てましょう」


 ロヴィーサ嬢は魔族の血を引いているので、魔力のこもった野菜や果物に触れても毒素に負けることはない。それが分かっているので安心だ。


「私もお手伝いいたしましょう」

「ありがとう、爺や!」


 爺やも僕とロヴィーサ嬢を手伝ってくれるようだ。

 ミエト侯爵家に暮らすようになって、ロヴィーサ嬢は僕のことを本当に大事にしてくれているので僕は幸せだった。


「ロヴィーサ嬢、僕はあなたのことを愛しています」

「エドヴァルド殿下!?」


 驚いたロヴィーサ嬢が僕の背中を叩く。軽く叩いたつもりだったのだろうが、ロヴィーサ嬢の左手の中指には鬼の力の指輪がはまっていた。

 僕は吹っ飛んで予備の椅子に突っ込んだ。椅子が砕けるのが分かる。


「きゃー!? エドヴァルド殿下!?」


 悲鳴を上げてロヴィーサ嬢が僕に駆け寄るが、僕は擦り傷一つ負っていなかった。打ち身も痛みもない。


「平気です。椅子は粉々ですが」

「申し訳ありません。わたくしったら、恥ずかしくて、照れてしまって!」


 照れ隠しに僕の背中を叩いたロヴィーサ嬢は僕が吹っ飛ぶとは考えていなかったのだろう。


「怪我もないので気になさらず。ロヴィーサ嬢は照れ屋さんですね」

「エドヴァルド殿下が急にあんなことを仰るからです」


 顔を真っ赤にして両頬を両手で押さえているロヴィーサ嬢に僕はにこにこしてしまう。

 壊れた椅子は爺やがそっと片付けてくれた。


 部屋に戻って高等学校に行く準備をしながら、僕は爺やに聞いてみた。


「もしかして、僕はものすごく頑丈?」

「魔族で御座いますからね。当然のことですよ」


 鬼の力の指輪の魔法が発動しても、全く怪我をしないくらい僕は頑丈だった。

 ずっと病弱で王城と別荘を行き来するだけの生活で、寝込んでばかりいたので、僕の体が人並ならぬ頑丈な体だということに僕は気付いていなかった。


「爺やも? 母上も? ダミアーン伯父上も?」

「魔族は皆、少しのことでは傷を負わぬような体をしております」


 爺やに教えてもらって僕はそのことを初めて知った。


「私は魔法を使えますが、モンスターの血肉を口にしていないので魔力が枯渇している状態です」

「爺やは魔法が使えたの?」

「モンスターの血肉を口にしていた頃は使えました。エドヴァルド殿下のお母上がこの国に馴染むためにモンスターの血肉を口にしないと誓ったとき、私もそれに従うことにしたのです」


 魔族は魔法を使うというのは聞いていたけれど、爺やが魔法を使えて、モンスターの血肉を食べないことによってそれを封印しているというのは知らなかった。


「エドヴァルド殿下も近いうちに魔法の能力が開花すると思われます」


 僕も魔法の能力が開花すると爺やは言っている。


「十二歳頃に魔族は魔法の能力が開花するの?」

「年齢もありますが、今、エドヴァルド殿下はやっと満足できるだけの魔力を体に蓄えつつあります。体が魔力で満ちれば、自然と魔法が使えるようになるのですよ」


 僕は魔法が使える。

 それは明るい知らせだった。


 病弱でベッドから見る景色しか知らなかった僕が、魔法を使ってロヴィーサ嬢の狩りに参加できるかもしれない。

 それも全てロヴィーサ嬢が僕にお腹いっぱいモンスターの血肉を食べさせてくれて、魔力のこもった食材を輸入して揃えてくれたからに違いない。


「爺やは、モンスターの血肉はもう口にしないの?」

「エドヴァルド殿下のお母上との約束で御座いますからな」


 爺やにも魔法の力はあるのに、それを母上との約束によって爺やは封じてしまっている。

 それが魔族の国から母上が嫁いできたときにお供としてやってきて爺やの覚悟なのだろう。


 生まれたときから離れたことのない爺やの知らない面を見せられたような気がして、僕は少し寂しかった。


 高等学校に行くと、アルマスが駆け寄って来ようとするのを、前に僕にハンカチを貸そうとした貴族の子息が足を引っかけようと素早く足を出しているのを見てしまった。


「アルマス!」

「ん? なんだ?」


 その足をひょいと飛び越えてアルマスが僕のところに来る。


「今、足を引っかけられそうになっていたような……」

「偶然足を伸ばしただけじゃないのか。気にすることないよ。宿題はやってきたか?」

「宿題はやってきたけど……なんか、悔しがってる気がするんだけど」


 アルマスが足を飛び越えてしまったので、貴族の子息は明らかに悔しがっているのだが、アルマスはその子息に視線すら向けていなかった。


「アルマス、強いんだね……」

「そうか? 俺はエドヴァルド殿下の方が強いと思うぞ?」

「え? 僕が強い?」


 アルマスに言われて僕は戸惑ってしまう。


「人間ばかりの国で、魔族として生きるのは相当大変だっただろう? 食事の後には他のひとの迷惑にならないように厳重に手を洗って、口を漱いで、気遣いまでできる。病弱で苦しんでたのに、それに甘えずに高等学校に通って来るのもすごいよ」


 手放しの絶賛に僕は頬が熱くなった。

 アルマスは僕のことをこんな風に思ってくれていた。


 確かに人間ばかりの国で魔族の僕が暮らすのは楽ではなかった。

 高等学校に入学した日のように周囲に避けられることもしばしばだったし、僕はいつも体調がよくなかった。

 それでも高等学校に通って勉強をしたいと思っていたのは、姉上と兄上たちの影響があったのかもしれない。

 姉上と兄上たちはみんな高等学校で勉強している。

 エルランド兄上はまだ五年生で卒業していないが、集団の中で学ぶことが人生においてどれほど大事かを、姉上と兄上たちを見て僕は学んだ気がする。


「高等学校に行けば、僕は身分に関係なく一生徒として授業が受けられる。もちろん、学校生活では身分は関わって来るけど、先生たちは僕にもアルマスにも同じ授業をする。それが僕にとってはとても大事な学びだと感じたんだ」


 王子の僕にも、平民のアルマスにも、先生たちは変わらない授業をする。それは学問というものが身分を超えたものだと教えてくれる機会だった。


「そこまで深く考えたことはなかったな。高等学校に行けば、いい職に就ける。そのことしか考えたことがなかった」

「高等学校の制度はアルマスのような平民にも、出世の機会を与えるんだよ。学ぶことが将来に繋がってくる」

「そう考えるとそうだな」


 アルマスと話していると、さっきアルマスに足をかけようとした貴族の子息が咳払いをしている。

 咳をしているのだが、僕もアルマスもそちらの方は見ないようにしている。


「俺、エドヴァルド殿下の学友になれて鼻が高いよ」

「そんな風に言われると恥ずかしいな」


 照れる僕に微笑むアルマス。

 貴族の子息は無視され続けて、すごすごと席に戻って行った。

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