10.オーケルマン伯爵夫妻から所領を取り戻す

「あれは三年前、妻が亡くなった葬式の席でのことでした」


 驚愕をしていたが何とか落ち着いたロヴィーサ嬢のお父上が話し始める。


「私に話があると、王都の宝石商や衣装屋が詰め寄って来たのです。葬式の場を荒れさせたくなかったので、私は一人でその者たちの話を聞くことにしました」


 応接室に連れて行った宝石商や衣装屋は、亡くなったロヴィーサ嬢のお母上が自分たちから大量に宝石や衣装を買っていて、放蕩三昧だったとお父上に告げた。


「俄かには信じられなかったのですが、彼らは我が家に宝石や衣装を売ったという契約書を持ち出して来ました。そこには、私の妻のサインがあったのです」

「父上が母上の死で混乱しているのを狙ったのですわ」

「そうなのでしょう……。私はこのことをロヴィーサに知らせずにおさめようと愚かな行いをしてしまった……」


 応接室で借金を返せずに困っていると、廊下を通りかかったオーケルマン伯爵夫妻が仲裁に入ってくれたのだとロヴィーサ嬢のお父上は言う。


「オーケルマン伯爵夫妻は、『自分たちが代わりに借金を払いましょう』と申し出てくれました」


 借金を払う代わりに、その金を返すまでは所領を預かるという証文に、ロヴィーサ嬢のお父上は、助けられたと思ってサインをしてしまった。


「後から考えると、オーケルマン伯爵と宝石商と衣装屋はグルだったのです。あれから何度オーケルマン伯爵に言っても、所領を返してはもらえません」

「エドヴァルド殿下、わたくしがあなた様と婚約などできるはずがありませんわ」

「いいえ、僕はできると信じています」


 話を聞けば聞くほどオーケルマン伯爵が許せなくなってくる。


「所領を手に入れたオーケルマン伯爵は、民衆に重税を課していると聞きます。それは許されることではない」


 それぞれの貴族が所領を持っているのだが、それらは本来は全て国のものである。国が定めた以上の税を課してはならないと法律で決まっているのだが、オーケルマン伯爵は、それも守ってはいない。


「オーケルマン伯爵の振る舞いは目に余ると父上も思っていると思います。父上の前で話し合いを行いましょう」


 僕の提案にロヴィーサ嬢のお父上は不安そうだったが、ロヴィーサ嬢は深く頷いていた。


「わたくしは侯爵家に生まれて、当主となることが決まっていました。結婚は当然政略結婚だと覚悟はしております。エドヴァルド殿下がわたくしを望んでくださって、ミエト侯爵家の所領も取り戻してくださるのならば、婚約を断る理由が御座いません」


 凛と告げるロヴィーサ嬢の表情に僕は見入ってしまう。

 やはりロヴィーサ嬢は潔くて格好いい。

 ますますロヴィーサ嬢に惚れ直す。


 オーケルマン伯爵は数日後、王城に呼び出された。

 ロヴィーサ嬢とお父上も同席している。


 僕の父上である国王陛下の御前で、オーケルマン伯爵は問いただされることになる。


「オーケルマン伯爵よ、そなたはミエト侯爵家の所領を自分のものとし、重税を課しているようだな。我が国の法律では、定められた以上の税を課してはならぬことになっておるのは知っておろう?」

「あの所領はわたくしたちのものではございませんから」

「ミエト侯爵の所領にございます。重税を課したのもミエト侯爵では?」


 見え透いた嘘を吐くオーケルマン伯爵夫妻に、父上が形のいい顎を撫でる。


「ミエト侯爵家の所領ならば、なぜ返しておらぬ?」

「借金を肩代わりしたときに、お預かりしただけです」

「借金を返してくだされば、いつでもお返しいたします」


 そう言ってオーケルマン伯爵が取り出したのはロヴィーサ嬢のお父上のサインのある証文だった。証文にはミエト侯爵家ではとても払えない金額が書かれている。


「その借金自体が存在しないものだったのです。わたくしの母上は宝石商にも衣装屋にも借金をしておりません!」


 ロヴィーサ嬢が声を荒げるが、オーケルマン伯爵はのらりくらりとかわしている。


「実のお母上でも秘密はあったのでしょう」

「私たちも宝石商と衣装屋に騙されたのかもしれませんな」


 自分たちも被害者だと主張するオーケルマン伯爵の図々しさに、僕は腹が立ってきた。ロヴィーサ嬢も腹が立っているに違いない。


「エド、連れて来たよ」

「お話を伺いましょうね」


 立ち上がりかけた僕の視界に、国王の謁見の間に入って来るエリアス兄上とエルランド兄上の姿が見える。

 エリアス兄上とエルランド兄上の手には、契約書が握られていた。

 青ざめた顔の宝石商と衣装屋がエリアス兄上とエルランド兄上に連れられて、部屋に入って来る。


「このサインを見てください。そっくりに書かれていますが、ロヴィーサ嬢の亡きお母上の筆跡とは違います」

「ロヴィーサ嬢、見比べてみてください」


 エリアス兄上とエルランド兄上に促されてロヴィーサ嬢が契約書のサインを見る。サインは僅かだが右向きにインクが摺れた跡があった。


「これは母のものではありません」

「何故分かるのですか?」

「母は左利きで、インクが擦れることはなかったからです」


 筆跡はそっくりに真似できてもそんな細かいところまでは再現できていない。

 契約書を突き付けられて、宝石商と衣装屋が床の上に額を擦り付けて泣き出す。


「オーケルマン伯爵にやれと言われたのです」

「やらねば、もう二度と店の商品は買わないと脅されました」


 宝石商と衣装屋が白状すると、オーケルマン伯爵も追い詰められるかと思えば、まだ堂々としている。


「彼らが勝手にやったのでしょう」

「私たちも騙されたのです。騙されたのには違いありませんが、ミエト侯爵家が我が家に借金があるのは確かです。その宝石商と衣装屋から金をとり立てて、借金を返せばよろしいのでは?」


 オーケルマン伯爵夫妻の言葉に、宝石商と衣装屋がびくりと震える。


「オーケルマン伯爵に言われてやったことで、私たちは金は受け取っておりません」

「全てオーケルマン伯爵が回収していきました。もらったのは少しの手間賃だけです」


 ここまで静観していた父上がここでやっと動き出した。

 立ち上がった父上の姿に、盗人猛々しいオーケルマン伯爵夫妻も、流石に体を震わせる。


「これだけ証拠が出ておるのに、まだ白を切り通すのか? オーケルマン伯爵、そなたの爵位を剥奪する!」

「そ、そんな!?」

「私たちは被害者なのに!」

「いつまでも嘘を吐き続けるといい。誰もそなたのことなど信じぬ。ミエト侯爵家にはオーケルマン伯爵家の持っていた所領も慰謝料として与えよう」


 父上の一言で全てが解決した。

 伯爵の爵位を失ったオーケルマン夫妻は、屋敷も出て行かなければいけなくなるだろう。


「ロヴィーサ嬢、これで僕と婚約できますね」


 僕が笑顔で近寄ると、ロヴィーサ嬢は僕の身体を抱き締めた。僕の方が小柄なのでロヴィーサ嬢の腕にすっぽりと納まってしまう。


「父の犯した過ちが正されました。エドヴァルド殿下は父の名誉も、母の名誉も取り戻してくださった。本当にありがとうございます」


 お礼を言われて僕は頬を染める。

 ロヴィーサ嬢は涙ぐんでいる様子だった。


「父上、僕とロヴィーサ嬢の婚約式を執り行ってくださいますね?」

「もう少し準備が必要になるが、ミエト侯爵家ならば安心だろう。ロヴィーサ嬢、我が家の末っ子をお願いできるか?」

「わたくしの命に代えてもお守りいたします」


 ミエト侯爵家は所領を取り戻して、僕はロヴィーサ嬢と婚約できる。

 大団円だった。


 だが、もう少し僕には欲があった。

 僕は王城を出たいと思っていたのだ。


「婚約式の後には、僕はミエト侯爵家で暮らすことは許されませんか?」

「それは気が早すぎないか、エド?」

「ミエト侯爵家に行ってしまうのか?」


 エリアス兄上とエルランド兄上が悲し気に僕を見ている。兄上たちを悲しませるつもりはないのだが、僕はどうしてもミエト侯爵家に行きたかった。


「僕が王城にいると、エリアス兄上とエルランド兄上と父上と同じ厨房で僕の食事が作られます。僕の食べるものの中には人間には毒となるものが入っています。エリアス兄上とエルランド兄上と父上を、毒の脅威に晒す状態で王城で暮らすのは、僕も心苦しいのです」

「ロヴィーサ嬢はどうなのだ?」

「ロヴィーサ嬢は曾お祖父様が魔族で、多少の毒素ならば平気と聞いております。ミエト侯爵家ならば、僕の食べられるものを揃えてもらうことができるでしょう」


 僕の説明を聞いて、父上がロヴィーサ嬢の方を見る。


「エドヴァルド殿下のために、魔族の国から砂糖や塩、多種多様なスパイスを手に入れて、エドヴァルド殿下が満たされる食事を提供することが、ミエト侯爵家ならばできると思っております」


 ロヴィーサ嬢も僕がミエト侯爵家に移ることに賛成してくれている。

 通常のものが食べられない苦しみを、ロヴィーサ嬢も分かってくれているのだ。


「そうか……寂しくなるな。頻繁に遊びに来るのだぞ?」


 僕とロヴィーサ嬢の言葉に納得して、父上は僕がミエト侯爵家に行くことを許してくれた。

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