第21話 圭吾の苦悩1
コンコン
ノックの音と共に、圭吾の病室に早苗が入ってきた。
「今日は顔色がいいわね」
「抗がん剤もあと1クールか…、もう少しの辛抱ね」
「ほんの少し生き長らえてどうなるものでもないけど、死ぬのはやっぱり怖いんだなって改めて思ったよ」
「何を言ってるのよ!医学は日々進歩してるのよ?貴男に頑張る意思が無いとどうしようもないじゃない」
「生きる希望…って言うのかな?それが今の俺には無いんだよ」
「綾…さんと別れたから」
圭吾はひとつ大きなため息をついて何かをじっと考えるように黙りこくってしまった。
早苗は知っていた…。
圭吾の携帯の待ち受け画面には綾さんと2人で写った写真であることを。
携帯のアルバムの中は綾さんで埋め尽くされていることを。
そして、それを見ながら涙している圭吾のことを。
圭吾は綾さんのことをまだ愛しているのだと…。
圭吾は綾さんに悲しみを抱かせてこの世を去るのを極端に嫌がった。自分を悪者にしてまで別れを選んだ。
“愛してる”と言ってしまったら、圭吾はきっと自分の事を拒否してしまうだろう恐れがあった。
大事な人を一人で逝かせたくはない…
早苗は自分の気持ちを隠し通すことにした。それは綾さんへの贖罪でもあった。
「じゃあ、私行くね」
圭吾は何も言わず頷いて外を見ていた。
圭吾は日々考えていた。
いくら傷付けたくないからとは言え、あのタイミングでの別れ方は最悪だった。
あ~やのことを愛してるのに…どうして、あんな…
「今となってはどうしようもないけどな…」
涙声でぽつりと呟いた。
俺に出来ることは、部長に綾を守ってもらえるように頼むことだけだ。
俺にはもう綾を守ることも声も聞くことも出来なくなる…
二宮部長が綾を特別な目で見ているのは薄々感じていた。
だから俺はメールをした。
“理由は話せませんが、しばらく綾のことを頼みます”
二宮部長は、何も聞かず快諾してくれた。
“分かった。他でもない本田君からの頼み事だ。理由は聞かないが、少しの間だけだぞ?”
二宮部長らしい返事だった。正直、詮索されないのは有難いと思っていた。
でもいずれ分かるだろう。
会社も長期休暇扱いだし、いずれ俺は…死ぬ。
その時に綾の支えになれる人物は二宮部長しか居ないと圭吾は確信していた。
部長なら、あ~やを支えてくれる。それに、もしかしたら、あ~やも部長の事を好きになるかも知れない。
例え、俺が死んだことを会社伝いで知ったとしても支えてくれる人が居るのと居ないのとではずいぶん違う。
俺に出来ることはそれだけなんだ…。
圭吾は携帯の待ち受けの綾の笑顔を見るのが唯一の楽しみで、アルバムも毎日のように見ていた。
食欲が無い日には綾の得意なビーフシチューを思い浮かべた。
治療で心が折れそうな日には綾の変顔の写真を見ては乗り越えてきた。
綾に会いたい気持ちと、綾に辛い思いをさせたくない気持ちが交錯して気が狂いそうだった。
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