第14話 再会
ピーッ
やかんがお湯が沸いたことを知らせている。
二人はもう10分間も向かい合って座ったまま下を向いていた。
しびれをきらして綾は立ち上がり、お湯をカップに注いだ。
プ~ンと立ち上るコーヒーのいい香り。
と、綾は急に気分が悪くなりトイレに駆け込んだ。
トイレから出ると、視界に二度とは会いたくない人物の姿が目に入った。
コーヒーは既にぬるくなってしまっていた。
…ひと口も飲んでない。
また新しく入れ替えながらその人物がここに来た理由を探していた。
「大丈夫ですか?」
その人物は尋ねた。
「ええ、大丈夫です。病気じゃありませんから」
綾は答えた。
自分でも挑戦的な言葉だったと思う。
気づいただろうか・・・?
綾は心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。
コーヒーを一口飲んでから、その人物は話はじめた。
「初めまして、栗原早苗と申します、あ、以前、少しお会いしていましたね。ごめんなさい」
途端に。
綾の脳裏にあの日のあの出来事が鮮明に思い出された。
圭吾の肩越しに見えたあの女性の姿・・・
永遠の別れを言い渡された木枯らしの拭く寒い夜・・・
すべて綾には忘れてしまいたい光景だった。
「今日は何を・・・?私の家の場所はどうやってお知りになったんですか?」
綾は疑問で一杯だった。
「綾さんのお宅は圭吾の手帳で調べました。突然の訪問、すみません」
圭吾…呼び捨てする仲なのね。綾は悲しさと悔しさと、良く分からない感情で
体がわなわなと震えるのが自分でもわかった。
「ご用件は何ですか??私と貴女がお話することは何もないと思いますが・・」
少し誇張気味に尋ねる綾。
早苗は迷った・・圭吾の今の状態を伝えようと居ても立ってもいられず、手帳で調べて
綾のところに来たのだったが、何から話していいのか分からない。
傷つけない話し方ってあるのだろうか・・・?
それ以前に、圭吾が望んでいないことを勝手にしている自分の行為は正しいのだろうか?
色々な思いが錯綜する。
何より、さっきの綾の行動は何だったのだろう?
突然に気分が悪くなった様子だった・・・もしかしたら・・・・彼女には?
「あの・・・・」
早苗の考えを遮るように綾は声を掛けた。
「あの、どうかされたんですか?」
「い、いえ、ちょっと考え事をしていまして、ごめんなさい。お邪魔しているのにボーっとしまして」
「圭吾・・・さんとはもう一緒に暮らされてるんですか?」
ためらいがちに綾は尋ねた。
さっきまでの自分と思えないくらい信じられないくらい冷静だ。
「・・・・・・・・・・・」
早苗は何も答えられなかった。
どうしよう、考えがまとまらない。
どうやって話したらいいの?
彼女は、彼女のお腹の中には赤ちゃんが居るのかも知れない。
そんな彼女に本当のことを話していいものなのだろうか?
ショックを受けないだろうか?
ここに来たのは間違いだったのではないだろうか・・・・。
しばらく二人の間に沈黙が続いた。
その時間は30秒のようでもあり、30分以上にも感じられる時間でもあった。
綾が再び、冷めたコーヒーを入れ替えに席を立とうとしたとき、
早苗は決心したように口を開いた。
「・・・・一緒に暮らしています。今日は綾さんの忘れ物を届けに来ました。」
と、花柄のスカーフを取り出した。
!!!!!
綾は息が止まるくらいに驚いた。
それは綾の一番のお気に入りのスカーフだった・・・。
いつでも綾のことを思い出して欲しくてわざと部屋に忘れておいたものだったのだ。
綾の頬を涙が伝う。
とめどなく頬を伝う涙はもう綾の意思では止めることが出来なくなっていた。
綾は悟った。
もう圭吾とは終わりなのだと。
あの優しい低い声も、暖かい胸も、今はあたしのものではないのだ。
「・・・・・・・・って下さい」
のどの奥から搾り出すような声で綾は言った。
「え?」
聞き返そうとする早苗の声を遮るかのように、綾はもう一度言った。
「帰って下さい!!!」
早苗のバッグを手にした綾はそれを持って玄関へ行き、
早苗に向かってもう一度言った。
「帰って!!!!」
早苗は仕方なく立ち上がり、バッグを受け取って綾の家を後にした。
綾は、酷く絶望的な気分になっていた。
忘れかけた頃に何故・・・??
何故いつまでもあたしを悲しませるの??
ぽつ ぽつ ぽつ
小雨が振り出し、その内に大雨へと変わって行った。
まるで今の綾の心のようだった・・・。
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