第13話 新しい息吹

綾は茫然自失としていた。

この状況をどう飲み込めばいいのか分からなかった。



数分前・・・・


綾はとある病院へ向かって診察を受けることにした。

ゆっくりとしっかりとした足取りで…。



と言うのも、

家に着いた綾は、ある疑念が頭をよぎっていた。

いや、違う、そんなことないはず。

頭が否定しても、全ての状況が疑念を裏付けている。

携帯を持つ手が震えるのをもう片方の手で握り、

祈るように結果を待つ綾……。



「前園さん~」

受付から綾を呼ぶ声がする。

綾は、“ごくっ”とつばを飲み込んだ。

のどがカラカラになっている。

どうか、神様。 神様、どうか…。

「前園 綾さん~、診察室2番へお入りください」

「はい。」

と小さく返事をし、診察室へ入った。


「おめでたですね、今4ヶ月です」

人の良さそうな医師が、にっこりと笑顔を向けながら、言った。

綾は一瞬、目の前が真っ暗になった・・・

その後、医師は何か説明をしていたが、頭の中がグァングァンとなっていて

医師の声が頭のどこか遠くに聞こえているような感じだった。


「前園さん?」

「前園さん?お産みになりますよね?」


そのひと言で綾は我に返った。


・・・産む?

産みたい?

圭吾の赤ちゃん・・・

圭吾の血を受け継いだ尊い命。

今、あたしのお腹の中で息吹いている・・・


涙が溢れた。溢れて溢れて止まらなかった・・・

あの木枯らしの吹く寒い日に

永遠の別れを告げられたあの日。

全ては終わったと。

そう思っていた・・・

でも、圭吾の分身はこのお腹の中に生きているのだ。


・・・嬉しい……。

不思議・・・

あんなに辛かったのに、あたしの心の中には温かい気持ちで溢れている。

嬉しい涙は、中々止まってくれなかった。



病院を出た綾は、茫然自失になりながらも

勇気を出して"人間さん"に相談することにした。


"人間さん"とはあれっきりだったが、他に相談する相手も居ない。

親友や同僚には知られたくない。…部長にも。

だって別れた事すら言ってない…。

"人間さん"から会えないと言われて傷ついたけれど、

でも今の綾には彼しか頼る人は居なかった。

“人間さん“いつ見てもちょっと笑えるけど、

綾にはその名前がしっくりいったし気に入っていた。

それに。

辛いときに、メールが来たとき“人間さん”だと可笑しくなって楽しい気分になるからだ。


迷ったが、綾はストレートに"人間さん"に伝えることにした。


「あたし、前の彼の子供を授かりました」


しばらくすると、メールが受信を告げる。


「別れた彼の・・・・赤ちゃん?」


「はい。そうです。」


「どうしたいと思ってるの?」

暫く時間を置いて返信。


「・・・・授かった命をなかったことにすることなんて出来ません」


「ひとりで育てるつもり?」


「ええ。母も亡くなりましたし、義理の父しか居ませんので、産んだとしたらひとりで育てる

ことになると思います」


「彼には…伝えなくていいの?」


「いえ、伝えません。もう……、彼には会えないですから・・・」


「覚悟は出来ているということ…かな。」


「まだ、はっきりと覚悟が出来ていると言ったら嘘になります。でも、尊い命なのだから・・・」


「あなたに・・・ あなたに会いたいと思う。今更?と思うかも知れないけれど、会いたい」


!!!!!!


綾は突然の文面にメールを何回も読み直した。


綾は、決心した。


「いつ、会えますか?」


「では来週の日曜日、2時に駅前のSというカフェで」


綾は、心臓が高鳴るのを抑えることが出来なかった。

嬉しいような、でも複雑な気分で家路についた。


綾が鍵をあけて部屋に入り、着替えようとしていた時。

玄関のチャイムが鳴った。


「は~い」


ドアを開けたその先に立っていた人物は・・・・

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