第12話 ほんわかとした気持ち

「ん…」

「ううん…」


薄ぼんやりと目を開けるとまばゆい光が視線を遮った。

綾は気だるく左手で目を覆った。


「んん……」

誰かが話している声が聞こえる…

えっと、ここはどこだっけ?


「そういうことだから、今日は私が連れて帰る。何かあったら携帯鳴らしてくれ。」


え?二宮部長…?の声?

ええ…?!


がばっ!!


綾は状況を察し慌てて飛び起きた。

倒れてしまった綾は駅員室の横のベッドに寝かされていたのだ。


「あ~、良かった!前園さん、目が覚めたんだね!心配したよ~。だけどまだ起き上がっちゃだめだ。意識がはっきりするまでまだ横になってなさい。」


「で、でも、、部長…会社に…連絡をしないと…」

「何のために私が居るんだい?もう連絡はしたから、今日は休むといい」

綾は感謝の気持ちと同時に申し訳ない気分になった。

“もう、この間からなんなのよ、もう!

部長のまえでは醜態ばっかり…“

「あ、有難うございます、部長、あたしはもう大丈夫ですから出勤されて下さい。」

とは言ったものの、起き上がるとまだ頭がくらくらして気分が悪い。

でも部長にはこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないから、平気な振りをしたけど、、

「まだ顔色が悪い。君は貧血を起こしたんだ。また何かあったらいけないから、会社上司として君が何と言おうと私は君を家まで送り届けるよ。」

綾がまた口を開こうとしたら、

「もう会社には届け出してあるから、私は君を家まで送り届けることが今日の仕事なんだ」

爽やかに、そして優しく微笑んで、また頭をポンポンされた。

綾は観念したようにうなずいた。

頷いた顔は真っ赤に染まって、また倒れるかと心配したくらいに。




「ところで部長、あの、私に悪戯をした男性はどうなったんでしょうか?」

帰路のタクシーの中で綾は思い切って聞いた。

「あの男だったら、現行犯で警察に連れていかれたよ。」

「もれなく私のネクタイ付きで(笑)」

「え?何でネクタイなんですか??」

綾はまるで分らない様子で目をくるくるしながら聞いた。

「男の手を拘束するものが手近になくてね。ま、また買えばいいさ。」

そんな…部長のネクタイは高価なはず…また私のために。ああ、もう…。

「すみません、弁償しますから」

「いいよ、気にするな。どうせ使い捨てだ。そろそろ替え時だったから丁度良かったよ。」

笑う部長。綾は気が気じゃない。ワイシャツに続き、次はネクタイか!自分で自分に突っ込みを入れた。

「君が倒れてしまったので、私が分かる範囲での調書だったから、後日出頭しなくてはならないかもな?」

「出頭、、必要なんですね…」

何だか怖いな。

「私も一緒に行ってあげるよ。怖いだろう?」

嗚呼、また悟られてる。顔にでも書いてるのかしら?それとも部長はエスパー?

って言うか…この間のお礼もきちんと言わなきゃ。


「あの…部長?」

「ん?」

「謝りたいことがあるんで…す。」

端正な横顔がゆっくりとこちらを見た。

「謝りたいこと?何かあったか?」

「この…間は、ご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんでした。あの後、逃げるように帰ってしまって、申し訳なくて…」

「なんだそんなことか。そのことならとっくに忘れてたよ(笑) まだ気にしてたのか。」

「とても申し訳なくて、でも、恥ずかしくて。正直、今日もどんな顔して部長にお会いしたらいいのか迷ってました。」

「そういう日もあるさ。何があったかは知らないが、悩みが有ったらいつでも話においで。聞くことだけは出来るから。」


タクシーが綾のアパートの前に着いた。

綾がタクシー代を出そうとバッグをあけると、その手を部長が制した。

「私はこれからこのタクシーで駅まで行くから。だから私が払っておくよ。」

何から何までお世話になりっぱなしだ。

綾はタクシーを降りて声をかけた。

「部長、少し上がって行かれませんか?コーヒーぐらいならお出しできます…が…。」

自分でも大胆なことを言ってるのは承知だ。

部長はタクシーの中で少し考えて、

「いや、今日は辞めておこう。体調の悪い女性の家に上がり込むのはよろしくないからね。」

「そう…ですか…」

部長は優しく笑って、

「また明日会社でな。具合悪くなったら電話するんだぞ!」

そう言いながら、頭をポンポンして帰って行った。

綾は胸の奥にほんわかとした気持ちが芽生えたのを感じた気がした。

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