第10話 間違いだらけの優しさ
その日のお昼頃、圭吾の部屋に居た“彼女”はある場所に向かっていた。
髪の毛の長さを綺麗にアップして颯爽と向かった先は――――・・
新緑の芽吹く4月―――
緑のアーチからこぼれる日差しが温かい。
彼女は信号待ちをしていた。
まだ4月だと言うのに、蒸し暑く半そでの人もチラホラと居るくらいだ。
彼女の名前は「栗原 早苗」髪の長いすらりとした長身の美人だ。
信号は赤から青へと変わり、人波がどっと交差点へ溢れ返る。
その中に紛れて早苗は考え込んでいた。
人いきれに眩暈がしながら、ただひとつの事を考えていた。
あれで良かったんだろうか・・・あの方法しか無かったんだろうか・・
彼女にとっても圭吾にとってもあの方法しか無かったのだろうか?
いいえ、あれは彼が望んだこと・・・私には口出しは出来ないわ。
交差点を何回か横断すると、とある総合病院に着いた。
向かった先は更衣室―― むしむしした暑さの中、白衣に着替えた。
早苗は重い気持ちで診察室に入り看護婦に患者を入れるように促した。
順番待ちの患者が次から次へと入ってくる・・
いけないと思いつつも上の空になってしまう。
やっと診療が終わり、午後の診療開始になった。
午後は病棟検診だ。
順番に病室を回り、回診をする。
そして・・・ある病室の前についた。
「がちゃ」重いドアを開ける――
「調子はどう?」
「まぁまぁだよ」
「食事は取れてる?」
「あまり食べたくないんだ」
「ちゃんと食べなきゃだめじゃない、治るものも治らないわよ」
「食べたくても食べ物がのどを通らないんだよ」
「ちゃんと食べてね」
と点滴を確認する早苗。
「悪いな、早苗・・・君には迷惑をかけっぱなしだね」
「いいのよ、私達幼馴染みじゃない」
「僕はもうダメだ。君に看取られるならそれもいいさ」
「何を弱気な事を言ってるのよ!!圭吾!貴方らしくないわよ」
「そんなことより。 彼女とは本当にあれで良かったの?」
「・・・・・いいんだよ。あ~やにこの僕の状態を知らせるよりは、あのまま別れた方が良かったんだ」
「そうかしら?好きな人なら最後まで一緒に居たいと思うのが普通じゃないの?」
「あ~やに僕が居なくなる悲しみを背負わせたくはないんだ。あ~やには知らせたくない」
「そんなに言うんだったら、もう何も言わないわ。でも食事だけはきちんと摂ってね」
「ああ、分かった」
雅之はそう言うと、窓の外の繁々とした木に目をやった。
早苗はとても悲しそうにしている圭吾に声をかけることが出来ず、そっと病室を後にした。
早苗は病室を後にして、カルテに目をやった。
その視線の先には圭吾の病名が書いてあった。
“スキルス性胃癌 ステージⅣ”
圭吾が自分の病名を知ったのは転勤が決まってすぐだった。
毎日、胃が痛む・・・ムカムカもする。
最初は転勤したてで慣れていなくて胃が荒れていたのだろうと、
もともと、故郷が東京だったのもあって幼馴染みの早苗のところに軽い気持ちで診察に行ったのだが
結果は最悪だった。
両親と死別していた圭吾は弟とともにガンと告知を受けたのだ。
ガンは他の臓器や骨にまで転移していて手術も難しく、余命宣告を受けていた・・・・
圭吾は迷った。
あ~やには何と言って説明しよう。
もうすぐ自分は居なくなるんだよ。でも君は頑張って君は生きてくれ。とでも言うのか??
そんな残酷な事言えるもんか!!
あ~やには知らせたくはない。
何も知らせないほうが幸せだってこともある。
嫌われてもいい、憎まれてもいい、俺がこの世から居なくなる辛さを背負わせたくはない!
いつかまた愛する人が現れて幸せになるチャンスだってある。
あ~やからメールが来るたびに胸が締め付けられるように辛かった。
救いを求めそうな自分を止める自信が無かったからメールを無視した日もあった。
ごめん、あ~や…
これが俺からの精一杯の愛情なんだ。
例え間違っていたとしても、、、。
そうして圭吾は別れを決断したのだ。
最悪な別れ方だったのだが…。
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