第8話 「人間さん」

あれから1ヶ月。綾は普通の日常に戻っていたつもりだった。

無理にそうしていたのかも知れない。

ううん、日常に戻れたのは“メールの相手”の存在があったからかもと思った。

あれからも“メールの相手”との関係は続いていた。

奇妙だと思いつつも、綾はその関係を断ち切ることはしなかった。

寂しいからだろうか。

ううん、救われていたからかも。


あの別れを告げられた寒い夜の事を思い出すと、

まだあそこに居るような、感情を取り残されたような不思議な感覚に陥って涙で眠れない夜が続いた。


毎晩寝る前には「おやすみ、いい夢を」

朝には「おはよう、今日も頑張って!」

必ずメールをくれる。

仕事で辛いときは励ましてくれ、楽しいときには一緒に喜んでくれた。

綾は一度だけ、“メールの相手”に聞いたことがあった。


「あなたは誰?」


「誰だと思う?とりあえず、人間なのは間違いないよ!笑」


????? 上手くはぐらかされてしまった。どうやら友達では無いような気がした。

こんな時に、そんな冗談を言う友達は綾には居なかった。

綾はだんだんその“メールの相手、「人間さん」”に興味を持ち始めた。


どんな人なんだろう?そうだこれからは「人間さん」と呼ぼう!

綾は自分のネーミングセンスの無さに吹き出してしまった。


ある月の綺麗な夜。

綾は“人間さん”にメールを送った 


「今夜は月が綺麗よ。満月みたい」


「そうだね、とても綺麗。君も月みたいに綺麗なんだろうね」


綾は、メールを見てカーっと顔が熱くなった。

ばかみたい。顔も知らない男性か女性か分からない人に、ましてやメールに対して恥ずかしくなるなんて。

どうかしてる。とコツンと頭を叩いた。

まだ、あのことから立ち直っていないはずなのに・・・。

あの日、あたしの全ては終わった気がした。木枯らしの吹く寒い夜に。

でもいつもメールの相手“人間さん”が傍に居てくれた。

実際は傍に居なくてもそんな気がする優しいメールをくれる「人間さん」。

気がつけば、圭吾のことを許し始めている自分が居た。

絶対に許せないと思っていたのに。

綾は、“「人間さん」”に会いたいと思った。

常識で考えて、おかしいのは分かっている。最近物騒な事件も多発している。

でも、それ以上に“「人間さん」”に対する興味が深かった。

綾は、意を決してメールを送った。


「あたしと会っていただけますか?」

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