第7話 かろうじて繋いだ糸
「ふぅ~う!」
やっと部長からの仕事を終えて時間を見ると、夜の8時を回っていた。
集中して仕事をしていたので気が付かなかったが、社員はみんな帰路についていた。
仕上げた書類を印刷して、部長の机にそっと置いて立ち去ろうとしたとき、
「前園さん、お疲れ様。」
ふいに声をかけられ、声の方向を向くと部長がコーヒーを手に立っていた。
「部長、まだいらしてたんですか?」
確か部長の家までは乗り継ぎで2時間半以上かかるはず。終電大丈夫かしら。
「あの…もうご帰宅しているものと…」
「部下に仕事をお願いした立場上、私が帰るわけにはいかないだろう。コーヒー買ってきたから一緒にどう?」
やっぱり爽やかな笑顔。
「いただきます」
のどがカラカラだった綾はにっこりと頷いて温かいコーヒーを受け取った。
暫く沈黙が続いた。
(う…き…気まずい…何か話さなきゃ、じゃなきゃ気持ちの糸が切れちゃう)
圭吾のことを考えないようにしようと思えば思うほど考えてしまう…。
(どうしたらいい?もう帰りますって言って逃げちゃう?)
「何かあったんじゃないのか?」
ふいに聞かれてはっと部長の顔を見上げる。
「いえ、別に何も…ありま」
言いかけたとき、ツーッと涙が頬を滑り落ちるのが分かった。
慌ててそっぽを向いて誤魔化したつもりが、
「前園さん、もしかして本田君とうまくいってないのかい?」
綾が否定しようと口を開きかけたとき、部長が口を挟んだ。
「最近、君、ぼーっとしてることが多かったし、元気もなかったしね。何かあったんじゃないかと心配していたんだ。」
「…すみません」
そう言うのが精いっぱいだった。
「いいよ、言いたくなければ言わなくていい。何ならおっさんの胸でも貸そうか?臭くは…ないはずだが」
部長は自分の身体の匂いを嗅ぎながらOKとばかりにウィンクした。
優しさが心に染みた…嗚呼、部長にはお見通しなんだ。我慢しなくてもいいんだ。
綾の心を繋いでいた細い糸がぷつんと切れたように、
涙が止めどなく溢れて、止まらなかった。
部長は涙でぐちゃぐちゃになった綾の顔を優しく見つめて、
何も言わず、綾の頭をポンポンとしてくれた。
泣き止むまでずっと…。
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