第5話 ただいま籠城中・・・お母さん?

みなさま、こんにちは。

さび猫ぺちゃこと申します。


あとで知ったのですが、ワタシが籠城していた場所は、ドラム式の全自動洗濯機というものだったそうで、大きな硬く冷たい塊の中で、いつも大きな音がしていました。

そして最後には必ず熱風が吹いて来て、その大きく冷たい塊は異常な熱を帯びるのでした。

その真下に滑り込んだものですから、だいぶ具合の良くない状況でした。

薄っぺらは、そこに向かって何度も何度も叫んでいましたので、

今となって想像するに、薄っぺらは相当ワタシのことを心配したのだと思います。

残念ながら、その時のワタシには、それがどういう用件なのかはさっぱり見当がつきませんでした。


初日、夜もだいぶ深まった頃、ワタシは空腹と喉の渇きがあることに気がつきました。

深夜になると、ワタシはなぜか、少し勇気が出ます。

本来のビビリのワタシではなくなって、何でもやってのけられるような、そんな気分になって、こわいという感覚よりも、好奇心の方が優位になります。

ワタシは野生の本能を取り戻し、空腹を感じ、おトイレに行きたくなり、駆け回りたくなるのです。

流石の薄っぺらも、深夜になると全自動洗濯機に向けて叫ぶのをやめて大人しくなったようでしたので、そのタイミングを見計って、ワタシは少しだけ頭を狭い所からヌッと出してみました。


保護主の家では、柔らかいご飯はどうにか卒業して、カリカリと呼ばれている硬い茶色いの塊の粒々を食べ始めていました。

鼻を少し動かすと、その時にかいだ匂いと同じような、魚臭のようなものが漂ってきました。その隣には、闇夜にてらてらとひかる水面が見えました。

食べ物と飲み物がそこにあると分かったワタシは、急激に1日の緊張が解けて、気が付くと、頭だけでなく、全て這い出して、カリカリと呼ばれるその塊を頬張っていました。恐怖心がありながらとは言え、ほぼ一日断食状態だったので、とにかく本能のままお腹に放り込みました。

そして、てらてらの水面を前脚ですくって温度を確認してみました。

11月の深夜であったのと、そこに置かれてから少し時間が経っていたので、だいぶ冷たくなっていて、自分の好みの温度では無かったものの、ここで飲まないとまたいつ飲めるのかと怖くなり、ごくごくと喉へ流し込みました。

ワタシはどうにかこうにか「生きたい」という本能が残っているのかと、水を飲みながら、なんとなく誇らしくなりながら、さらに近くに置かれている砂が入った箱に鼻を近づけました。

ワタシのおしっこの匂いが付いた砂がそこに入れてあったので、少し安心しました。無事に用も足し、ふっと一息つきました。

一通りの仕事を終えたワタシは、そこでハッと我に帰り、洗濯機の外に自分の全身が出ていることに改めて気がついて、急に恐怖と焦燥の感情に押しつぶされそうになり、慌てて元の籠城場所へ潜り帰りました。

その間、薄っぺらは、起きてきませんでしたが、ワタシの一連の動きを耳で確認していたようです。

初日の深夜を無事にやり過ごし、また明日からの立てこもりに備えて、グッとお腹に力を入れて、朝が来るのを待ちました。

昼間になると、ワタシの持ち前のビビリ気質が全開となるので、そこに向けてまた改めて緊張感を保つ必要がありました。


少しうとうととしたようでしたが、突然、頭をつんざく流水音と、グルングルン、バタンバタンと機械を叩く音が鳴り、恐怖心と共に再び緊張状態に戻りました。

あれから朝がやってきて、薄っぺらは、ワタシが籠城している機械を心配しながらも、どうやら恐る恐る動かしたようです。

大量の水を機械に入れ、その中をぐるぐると動かすことをするのです。

異常な騒音に40分ほど耐えていると、ようやくグルングルン、バタンバタンの音はやみ、静かな低音が鳴り響き始めたと思った矢先、そこに驚くほどの熱風が吹き込まれてきました。機械の底、つまりワタシの体の上部は、どんどんとその熱風によって熱を帯びていきます。

体を動かすと、熱を帯びた塊に触ってしまうと思ったので、ワタシはただただジッとするしかありませんでした。


この流水から熱風が終わるまでの3時間余りは、ワタシはとにかく黙ってじっとしているので、薄っぺらは、ワタシが洗濯機の下でくたばってしまったと相当心配したようです。

下から覗いても、ワタシの姿は見えず、薄っぺらが意味不明な言葉を叫んだところで、ワタシからの返答はなし、ということで、半泣き状態でした。

とは言え、深夜になると、カリカリ、じゃー、ざっざっ、などの生活音を確認していたので、ワタシが洗濯機の下にいても、そうそうくたばらないと知った薄っぺらは、出てこなくても良いから、ともかく、生存確認だけは要所要所で行わないといけない、という感じになっていたようです。

しかしながら、何度聞こえてきても、薄っぺらの叫び声は、ただの騒音にしか聞こえず、返事のしようもなかったので、暫く聞くだけを続けておりました。


そんな事の繰り返しで、数日が経ったでしょうか。

ある日、ワタシの籠城場所洗濯より少し離れた部屋から、突然、聞こえてきました。


「我が子よ、我が子よ、どこにいるの、お母さんはここだよ、生きていたらお返事をしておくれ・・・お願いだよ、私の可愛い子猫よ」


え!聞き取れる!

お母さん???ワタシのお母さんなの???


んんん?

発音が少しおかしいけれど、なんとか聞き取れる。。。

お母さんなの?会った事ないけれど、ワタシのお母さんでしょうか・・・


何度も何度も、お母さんらしき声が聞こえてきます、所々、語尾?が、おかしいところもありますが、「心配しているよ、お返事しておくれ」というのは一貫して聞こえます。

いえ、正確には、「心配しちいるよお、お返事をしちおーくれんかいなあ」のような、ヘンテコなイントネーションではありましたが、ワタシが判別できる音でした。


返事をしてみようか、、、

お母さんなのかもしれない、でも、ワタシにはお母さんはいないはずだから、騙されてはいけないのかもしれない、けれど、この悲痛の呼びかけは、信用しても良いのかもしれない、、、私は迷いに迷って頭が混乱しました、どうしよう、一か八か賭けてみようか、お母さんからのような呼び掛けに、賭けてみようか。

そう思った瞬間に、ワタシは、思わず返事をしていました。


「お母さん、いるよ、ワタシはここにいるよ、お母さん」


そう返事をすると、今度は理解不能な涙まじりのそれでも喜んでいるような、何か、「ミョガッだにょ〜ー〜ー ニキテルにょね〜〜、みゃみゃみゃにゃん」

みたいな声が聞こえました。

ワタシが再び沈黙に戻ると、声はまたお母さんに戻り、「わたしの大切な子猫よ、いるのかい、そこにいるのかい、ここに出てきておくれ」

と鳴いているのが分かりました。

ワタシは急いでもう一度返事をしました。


洗濯機の外に、お母さんがいる。。。のかもしれない、ワタシを探してくれているお母さん。

お母さんに会いたい。。。


ワタシには、お母さんの温かい胸の中の記憶はほとんどありません。

お母さんのお乳を飲んだこともありません。

それでも、かすかな記憶の遠い遠いところに漂う、お母さんの温かい懐の温もりがなんとなく思い出されました。

ワタシは目が開いていなかったので、その記憶は色形があるものではなく、ふわふわの胸の中に香る干し草のような匂いと、お母さんの「大丈夫だよ」と繰り返す優しい声です。


干し草のお母さんが、洗濯機の外にいて、ワタシを呼んでくれている。。。


ワタシは、洗濯機の熱風の熱と、気を許すと消えて無くなりそうな微かな記憶とを上手く結びつけて、まるでお母さんに抱かれているように錯覚をして眠りに落ちました。

昨日からの疲れがだいぶあって、ワタシは深夜まで深く深く記憶の旅をするかのように、本当に深く眠りました。


後で知ったのですが、薄っぺらは、YouTubeという動画サイトで、「母猫が子猫を呼ぶ鳴き声」と検索をしては、その鳴き声を相当練習していたようです。

あの時聞こえてきた、少し変わった母猫は薄っぺらの仕業だったようです。

薄っぺらは、ひとまず、生存確認をする術をなんとか見つけたことを喜び、いちいち「心配しちいるよお、お返事をしちおーくれんかいなあ」と声を掛けてきました。

ワタシも、その都度、「いるよ、ここにいるよ」とお返事しました。

なんとなく、そのちょっと間抜けなイントネーションのお母さんにお返事するのが良いのだろう、、、と、生後3ヶ月の野生の勘が働いたからです。


そのやり取りは7日間続きました。

薄っぺらは、相変わらず、間抜けなイントネーションのままでしたが、それにも慣れてきたワタシは、そのやり取りで少し安心できるようになっていました。





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