第2話 薄っぺらとの遭遇
みなさま、こんにちは。
さび猫ぺちゃこと申します。
というわけで、ちっぽけで、
じっとしているしか仕方がないからです。
ところで、ニンゲンが良く口にする「可愛い」とは何でしょうか。
ワタシのケージ前でその言葉を聞くことはありませんでしたが、お隣ですとか、お向かいの同期や諸先輩方のケージ前からは「かわい〜」が沢山聞こえていました。その後、彼らを抱き上げて、保護主の人と何やら相談をしている光景を目にしました。いえ、正確にお伝えすると、見ていないふりをして薄目で見ていました。
呼ばれないワタシと、呼ばれる同期や諸先輩方、、、どうやらその違いはその「みてくれ」にあるようだ、と知るのにそう時間は掛かりませんでした。
我々「猫」を飼いたいというニンゲン達にとっての「みてくれ」は、彼らにとってそれが好ましいものであるか、そうでないかを振り分ける要素だということです。
わかりやすい白黒柄とか、わかりやすい縞模様とか、わかりやすい単色とか、わかりやすいキャッチー柄とか、、、そういう「みてくれ」で彼らは好きと嫌いの二手に分ける思考回路になっているようです。
それがニンゲン達の「好み」という感情のようです。
ワタシにはそれは良く分かりません。
話を戻します。
譲渡会は、大体朝10時頃から始まって、夕方4時位に終わります。
ケージにタオルをかけられて、また元の保護主の家に戻って終わりです。
その後、居なくなっていく同期、諸先輩方は、新しいお家で暮らすために去っていくようです。
一方、ワタシは、3〜4回参加した記憶がありますが、その後、どこかへ、、、という経験をしたことは無いです。
そして毎度保護主が「今日も見つからなかったね、帰ろうね」と寂しそうに呟いていたので、そういうことなんだとぼんやり思っていました。
そんな譲渡会、ワタシ以外は賑わっている中で、一人ワタシと似たようなちっぽけなニンゲンが肩を落として座っているのが見えました。
前脚のどこかの指に何かをグルグル巻きにして、痛そうにうつむいていました。体がもともと薄っぺらいニンゲンのようで、その感じが、更に情けなさを増幅させていました。どうやら、ワタシの同期に噛みつかれて怪我を負っているようでした。相当に落ち込んでいて、早くその場所から去りたいという雰囲気を出していました。
「意気消沈」?とでも言うのでしょうか、すっかり落ち込んでいるようです。
とは言え、ワタシには関係の無いことですし、同期が噛み付いたのも、どうせ、そのニンゲンが無知の極みで、我々のお尻を後ろから掴んだ、とか、どうせそういう事であろうと、まだ生まれて3ヶ月のワタシにも想像がつきました。
ただ、あまりに情けないその佇まいは、自分とも重なるような気がして、少し笑ってしまいました。
体が薄っぺらいそのニンゲンは、誰かが可哀想と思ったのか、せめてもと、大先輩の優しい大きな真っ黒先輩を膝に乗せてもらい、所在なく先輩の背中をうっすらと撫でているのが、ワタシのケージから見えていました。
先輩も特別な感情は出さず、ただただ、その薄っぺらいニンゲンに体を預けていましたので、何かこう、二人ともぼんやりとした感情の置き所を探している、と言った光景でした。
繰り返しになりますが、ワタシには関係のない事です。
と、思っていました。関係のない事だと思っていました。
体の薄っぺらいそのニンゲンは、一緒に来ていた連れに、会場をもう一周するようにと促されて、仕方の無いといった感じで、半ば強制的に、次々にタオルが掛けられ始めている終盤の会場をとぼとぼ歩いていました。
そしてワタシのケージの前に来ました、、、え?立ち止まってワタシに弱々しい視線を送ってきました。ワタシは正直「ナニよ」と思いました。ワタシには、黒先輩のような事は出来ないし「いや、ここで立ち止まられてもコワイです」「ノーノーノーサンキューだからね」とここ一番の睨みを利かせました。
保護主は、タオルを掛け始めていた手を止めて言いました。
「今日もこの子は新しいお家が見つかりませんでした。。。」
それを聞いた薄っぺらいニンゲンは、一呼吸置いてから「そうなんですか、、、」と小さな声で答えました。
前脚を噛まれてすっかり意気消沈のその状況と、ワタシの境遇を重ね合わせて、頼んでもいないのに勝手に
「いえ、その同情、結構です」ワタシはそう強く念じて、再び睨み返しました。
しかしながら、睨めば睨むほど、薄っぺらいニンゲンは、ワタシに優しい目を向けてくるので、焦りました。このようなやりとり(睨んでも、謎に優しく見つめ返してくる)が始めての体験だったので、この薄っぺらいニンゲンはいわゆる「ニンゲン」なのか?などと考えながら、睨みが緩まないように、うんと力を込めてケージの中で踏ん張っていました。
ワタシの嫌な予感は益々良からぬ方へ向かい、保護主はその薄っぺらに「抱っこしてみますか」と言い始めてしまいました。
薄っぺらは、少し躊躇した後に「はい」と聞こえるか聞こえないかの声で返していました。
「まじですか・・・」
保護主はワタシをヒョイと持ち上げて、薄っぺらの胸元付近に置きました。
薄っぺらは明らかに慣れていないようで、ぎこちない動きで固まっているその薄っぺらい体でワタシを抱くと、決まりの悪い表情を浮かべて、特に何も言わずにワタシのちっぽけな体を大事そうに抱えておりました。
「なんだか、不器用なニンゲンだな・・・」
これが、薄っぺらとの出会いでした、「出会い」と書くと、どうもドラマチックな綺麗事のようなニュアンスがあって具合がよろしくありません。
別の言葉を探してみたのですが、今のところぴったりと合点のゆく言葉が見つかりませんでしたので、ここは、せめて「薄っぺらとの遭遇」とかにしておきましょうか。
薄っぺらは、緊張したままワタシに聞きました。
「うちに来ますか?」
アタシは慌てました。ひとまず「無理無理!」と伝えるべく、後退りをして見せましたが、ただの遠慮だと思われて、「そうか、くるか」と勝手に納得し始めているようでした。
そして、勝手に決めてしまいました。
「うちに来る」という事を勝手に決めてしまったのです。
申し訳ないですが、どうせならば、自分とは逆の”どんと構えた安心感のある”ニンゲン、とやらと暮らしてみたかったと言うのが正直な思いでしたので、噛み付いたりしてお断りする事も出来たと思います。
しかしながら、「そうか、くるか」を小さな声で何度も繰り返している薄っぺらを見ていたら、なんだか少しだけ、ほんの少しだけ、オモシロそう、、、と、アタシは、生まれて始めての賭けに出てみようと思ったのでした。
1週間後に、薄っぺらの家に行く契約が結ばれました。
アタシは一番小さく生まれて、そのまま瀕死の状態で保護されたそうで、路上の辛い記憶がくっきりと残っています。ワタシが喉が乾いて沢山鳴くのでうるさかったのでしょうか、「みてくれ」が可愛くなかったからでしょうか、大きなニンゲンに蹴られました。外の記憶はただただコワイというものだけです。
夜が明けて昇ってくる朝日のキラキラとか、雨上がりの鳥達の歌声とか、新芽に溜まった朝露の味とか、仲間と陽だまりの元でのんびりとお昼寝をするとか、外の生活には、そんな自然の優しい側面もあるということを知らずに終わりました。外にあるものは全てオソロシイ、全てのニンゲンはワタシの敵である、絶対に心を開くもんでない、という教訓だけが残りました。
ですから薄っぺらも、敵です。心を許すわけにはいきません、絶対に。
まだ生まれて3ヶ月のワタシでしたが、すっかり「何かを信用する」という概念は消えて無くなっていました、睨みを利かせて生きていくのです。
その日の譲渡会は特に疲れました。薄っぺらと遭遇してしまいましたから。
タオルが掛かった暗いケージの中で、保護主の家に戻りながら、今の生活は特別楽しいことなどは無いけれど、このままで良いのです。
未知の世界、生活、変化など起こりませんように、、、どうか起こりませんように、と強く願いながらその日は眠りにつきました。
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