第17話 Rhapsody
揺蕩う傍らの人魚を見やるが、相も変わらず元の姿には戻ってくれない。まだ上手くきっかけを掴めないでいる様子だが、彼女は己の姿を熟知しようと全身をくまなく観察しているようだ。小柄な紅い人魚は心なしか不安そうな溜め息を漏らす。時折、肩や腕を擦る背中が目の端に引っ掛かり俺の思考を遮っていく。心細い様子で何処か儚げな雰囲気が漂う………………そんな彼女の傍らで俺は、
あの昼下がりのプールは人間の時間軸から外れていた…さながら、夏の午後を閉じ込めたアクアブルーの瓶詰め。形といい金魚鉢そのもの…気味の悪いくらい俺の勘は当たっている。彼女の思想があの紅玉に影響しているのは確かだ…このまま
金魚鉢を破って十数分足らず…未だ彼女に変化は見られないが油断はできない。
紅玉の行方を追うのに一番手っ取り早い方法…それは適合主が能力を発揮することだ。さっきの今で何が出来るか解らないが、一度試してみる価値はあるだろう。
…俺の能力と
天使は高く手を翳すと、月の雫をなぞり海風をを柔らかく掴んだ。彼の掌上に小さな気流が起こる。集めた光と風が実体を持ち、みるみると姿を変えてゆく。
「悪いが、少し水を借りるぞ。」
「えっ…」
戸惑う人魚に水の能力を使うよう命じる。使い方を間違える前に知識を与えておくことが先決だ。
「水を操りたいんだろ。簡単だぞ…目を閉じて手を上に
少し強引かもしれないが、力試しには丁度いいだろう。能力を使うという当たり前の行為を、彼女が躊躇わない内に出来るだけ覚えさせておかなければ…。
「…わかった。やってみる。」
「掌に力を込めながら水滴を浮かべるイメージで…徐々に力を強めるんだ。いいな?」
人魚は海面に高く手を翳す。
すると波間から気泡が沸き起こり、水の薄い膜に覆われながら徐々に大きく膨らみ始めた。
水の塊を浮かべるには…水滴に空気を含んだ泡…水の流れを止めずに空中へ…浮き上がる水の泡…まるで真空みたいに。
人魚は水の性質をよく理解しており、空気中で其がどう変化しどのように扱うべきかを心得ていた。感覚的な飲み込みも初心者の中ではずば抜けている。物質への基本的な知識を備えているようだ…間違いなくこの
「そうだ…お前上手いな。」
彼女の想像力と上達の早さに驚かされた。何しろ人魚になったばかりの少女だ…唖然としていまう。未知のことばかりで相当不安だろう…況してや酷く戸惑っている筈なのに、彼女の理解力は
「もう少し掌に力を込めてみてくれ。水を固めて浮かせるイメージで…もっと大きく。」
「…もっと大きく…わかった。水の塊を浮かすように…。」
スッ…と呼吸を整えて集中する。
瞼を閉じて水の流れを感じ取る。
掌に体温と気の流れを送るように…じんわりとと力を込めていく。少しずつ…少しずつ…小さく渦を巻きながら一ヶ所に水流を集め、回転を壊さぬように丸く丸く、大きく膨らます。水の気泡を風船のように膨らませると、先程よりも大きな水の球体を造り上げ、海面の上に浮かせている。
「其所からもう少し上に…
「ん…えっと…このくらい?」
彼女の造り上げた水風船は立派な卵型に成長し、丁度いい大きさの塊となった。
「ああ、いいぞ。丁度だ。」
そう言って俺も掌を翳す。
此処から先は風で仕上げていく。
勿論月の雫も少しばかり拝借して…丁寧に。
「ちょっと綺麗にしてみるか。」
水風船の中に気流を送り込み翼を型どる。まるで羽の生えた天使の卵のようだ。水でできた翼の先に月光のランプを灯し散りばめる。冬のイルミネーションを彷彿とさせる仕上がりに天使は満足した。
…能力を多用したのは本当に久方ぶりだが、我ながら悪くない出来栄えだと思う。
「…すごいっ…こんなこと出来るんだ。」
人魚は眼を見張る。
ちゃんとした魔法を目にするのは此が初めてなのだから無理もない。水と風の融合に加えて形を自在に変化させる。その上、今回は光も操って見せたのだから…驚くのも当然だろう。
「素体は水だから、君も干からびなくて済むだろ。勿論、飛べるぞ。飾りの羽じゃないからな。」
「えっ…そっか、ありがとう。こんな不思議なもの初めて見た…それと、貴方は風以外も使えるんだ?」
たどたどしく話しているものの、能力の範疇を尋ねてくる辺り彼女の観察眼は中々に鋭い。個人能力の使用可能な範囲について詳しくは知らないが、俺は風の扱いに慣れた頃から月の光も操れた。月夜に練習を兼ねて飛び回っていたせいだろうか…よくは覚えていないけれど。
「察しがいいな…君もその内使えるさ。水の扱いに慣れたら色々試してみるといい。」
確証はないけれど、同じ能力者であればきっと何かしら併用は出来る筈…力の種類は彼女の適性によるが、水と相性のいいものでなければ扱いは難しくなるだろう。
そもそもこの
一抹の不安を抱えながらも、
あとは…人魚の彼女次第。
紅玉に導かれている者ならば間違いなく辿り着ける。
そう…後は
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